第四話 柑子ノ香ト振ルウ腕―Ⅲ
鍛錬の時は、もちろん竹剣を使用する。これは正しく扱えば怪我をしない、講技にはもってこいの武器だ。
「鎌もこれくらい扱いやすかったらいいのに」
「そうだな。鋼槍も重いから、投げるとぶれる時があるし」
「あっ、ノームさん呼んでくればよかったかも!」
そうか。ウィンさんは自然魔使い、自然魔の中でも風を扱うことができ、それぞれの素質を判別できるノームにも声をかけるべきだったか。と、思いはしたものの、たまには剣術を磨くことも必要だ。
「とりあえず、四人いるので半分に分かれて、一対一をしましょう。くじで良いですか?」
「そこは適当なんだな」
そんなこんな、予定通り鍛錬をし、夜には自室に戻れるようタイムスケジュールを組んで、一人一人に指導をした。
「お疲れ様でした」
鍛錬に時間を割き、やっと休日の夜が来た。明日はまた講技があるのに、普通に仕事をしたような気分だ。三人も外に出たことを確認し、広間の扉を閉める。明日のために体を休めるように言うが、ザイ君はそれに対して目を逸らし、何か言いたげな顔をした。
「ザイ君?」
「あ、いや。……うーん、……ラオとウィンは先に戻ってて。ちょっと話してから戻る」
その表情は、やはり予想通りのものだった。しかし、珍しくザイ君から相談事を持ちかけてくるとは。ここで明日に回しても良いところだが、その珍しさに免じて、その話を聞くことにした。
「立ち話も何ですから、食堂にでも行きましょうか」
ついでに夕食をと、食事を頼み、手元に来たところでザイ君は話し始めた。
「で、何ですか珍しい」
「……今日やってて思ったんだけど。俺さ、使う武具が両鎌じゃん。剣はもちろん扱えるけど。ああいう武具を普段から扱えるようにした方がいいのかなって」
「なるほど、結構振れていると思いますけどね。それにあれは、〈暗黒者-デッド-〉の本質が操れるんでしょう? だったら剣の腕を磨いて、更に応用的に鎌を使うくらいが良いんじゃないですか?」
ザイ君にしては、稀に見る真面目な意見だ。確かに、〈暗黒者-デッド-〉の力であの鎌を持つことができているのだとしても、振るのはザイ君の腕になる。剣と鎌では、扱いも違ってくることは事実だ。
「そうなんだけどさ……」
「あ、分かりました。筋力つけましょう。今も以前と比べれば良い体つきになってますけど、ザイ君が気にしてるのはそこでしょう?」
目の前にあるスープを口に運び、少しの温かさを口に広げる。その熱が喉を通った時、ソムが汁物を作って持ってくることはない。そのことに気づいた。
「分かってんなら最初から言えよ」
「ちょっと待ってください、もしかして……」
「えっ、何。何か……」
「ソムは汁物が極端にまずいのか、それともその逆なのか……どっちでしょう」
「俺が知るかよ! 何だよ! ちょっと聞く耳持ったのに!」
僕の中では、完全に話が切り替わっていたこともあって、ザイ君を惑わせてしまった様子。ただ、僕がザイ君のためにひらめいたと言ったわけでもない。勝手に振り回されただけのことだろう。と、勝手に都合よく解釈をする。
「いえ、これ結構な問題でして」
「知らねえって……あ、ソムさんの料理に付き合ってたのって、もしかしてうまくなって貰うため?」
「いつも僕が食べてるんですよ? 毎回口に合わないと、ちょっと問題でしょう」
本当に、こればかりはどうにかしなければならないと、僕だけがひっそりと思っている。今のところ、僕だけが試食をしているようだ。他にも巻き込めるなら巻き込んで、協力してもらっても良いかもしれない。
「ガネさんなら捨ててもおかしくはないのに。でも、見てたらあんたとソムさんって思った以上に仲良いよな」
「長い付き合いですしね。そうだ、さっきウィンさんが言っていたもの、実際に行うならソムに汁物を作っていただきたいですね。彼女、スープ類は持ってきたことないんですよ」
「あ、そうなの? でもそれでまずいの出てきたら」
「スープ類は得意だから試食を頼まないのっ!」
いつの間にかソムも食堂に来ていたようで、どこから聞いていたのかはともかく、その思わず口を挟んでしまったと言わんばかりの口調でそう言った。
「……びっくりした。じゃあ、ガネさんに作ってみてよ」
「だから。なんで僕なんですか」
ソムも喜んで作ると、僕たちに笑顔を向ける。どんな味かはさておき、ソムが自分で得意だと言っているのであれば、心配するだけ無駄というものだ。どんなスープが出てくるのか、少し期待をもった。
翌日。講技も終わった夜に、ソムは初めて、野菜のスープを持ってきた。ソムいわく、自信作らしい。半信半疑でスープを口に入れてみると、今までの料理は何だったんだというような美味しさだ。
「何でこれを初めから持ってこないんだ。これなら何度でも食べるのに」
「上手になりたいから、できないものを持ってきてるんじゃない」
それは最もな理由になるだろうが、僕が食べるということは考慮されているのだろうか。
ソムの料理でも、スープ類は別枠だ。たまにはスープを持ってきてもらうことを条件に、引き続きソムの料理の腕の向上のために付き合うことになった。
「それはそうと、今度ウィンちゃんと一緒に食事を作ることにしたから。みんなで集まってね、パーティーみたいにするから!」
「ああ、本当にすることになったのか」
あの後、ウィンさんが提案しに行ったのだろう。ソムの目は絶対食べてくれと、爛々としている。行かなかったら、後でどうなるか分からない。
「そう! ウィンちゃんってお菓子作り得意なのねー。ウィンちゃんらしい。羨ましいなー」
「作ればいいだろ。僕でもできるんだし」
「え? ガネがお菓子? 似合わないね」
「……これがソムじゃなかったらどうなっていたか」
「ごめん! いや、何か想像できなかったから!」
公にはしていないが、恩師であるルノには、彼の好物であるシュークリームを作ったことがある。それきりだし、それ以上に何かを作ることもないが。屋敷生としてここにいた頃は、僕も気が向くままに作ったのだろう。
「……試しに僕も作るか」
「えっ、まだ話終わってないけど」
ソムに触発された、と言えば聞こえはいいかもしれない。作ることは好きではないが、素人ながらにソムに教えた手前、一度は味を見せてもいいかもしれないと、何となく気が向いた。
「終わらせる」
「強制終了じゃないの! できたら私にもちょうだい」
「それはぜひ。多分、ソムよりはできるはず」
「悔しいけど認めざるを得ないのかもしれない……でも食べる」
明日も講技はあるのに、僕は何をしているのだろうか。何て、少しばかり自分に呆れながらも、僕の足は止まらなかった。
ソムは、楽しみにしてる、と一言置いて、部屋を出て行った。




