第三話 柑子ノ香ト振ルウ腕―Ⅱ
「あ! ガネ来てくれた良かった!」
ソムの部屋に出向いてすぐに浴びた言葉は、これだった。
実は来なくても良かったとか言われても、僕の心は決まっている。ソムに、料理の見直しをしてもらうため。
「何で来ないかもって思ってるんだ」
「いやー結構急に頼んだからねー」
「その自覚があるなら、あんな強引に付き合えなんて言うな。それよりも昨日のアレ、どう作ったんだ? 久しぶりに胃に来てる」
手順を聞いても、僕もきっとそう作るだろうという答えが返ってくるだけで、特に目立って思い当たる箇所はない。
実際に作ってみてもらった方が分かりやすいだろう、という結論に至り、ソムの横で、様子を観察することになった。
「ガネ、今日の服って自前?」
ラフで、休日感のあるスタイル。仕事をしない日ほど、適当な服に身を包むものだ。
とは言っても、僕の場合はその上から和装を被せているけれど。
「ルノが屋敷を離れて行くときに貰ったものだけど」
「いいなー、私もルノに買ってもらおうかな」
「口じゃなくて手を動かせ。下ごしらえさえ失敗しそうで結構ハラハラしてるんだからな」
それでもソムの口元は時折動き、僕はその都度返しながら、料理に集中してもらうよう幾度となく促した。
下ごしらえが終わり、今から火を通していく。ここで僕は、あることに気づいた。
「……もしかして」
「え? 何?」
この下ごしらえをしている間のことを振り返って思ったことだが、ソムはその時々で考えてから、手を動かしていることが多かった。調味料に手を伸ばす時、炒めながら食材を切っている時など。つまり、火力はそのままで合間合間に時間がある。悪くいえば、もたついている。
「あ、火を通しながら返してくれ」
「確かに……。それで調整できなくなってるって?」
「確証はないけど、試しに僕が横で言ってみるか。素人助言にはなるけど」
ソムは僕の声に合わせて、具材を鍋の中に入れていく。その時も少しばたついたが、何となく分かったようで、完成間近のところでやっと僕の声に合うようになってきた。
「後は味の調節か。具材が焦げないうちにやってしまって。あとは火力下げて」
一応言っておくが、僕は料理が得意なわけでも、好きなわけでもない。先程の通り、素人の目で見た料理の状態から、提案をしているに過ぎない。
「わー。こんなにてきぱきやらないとだめなのねー」
あの頃からそうだ。僕に、初めて声をかけてきた時。あの時も、僕のことは構わず、自分のペースで話を進めていたほどのマイペースさをもっていた。
なんて、こんな時に思い出すのもおかしな話かもしれないが、何となく、ソムがもっているペースというものに、全てが飲み込まれていっているのかもしれないと、心の底で思う。
「料理の時は心を鬼にしたらいい」
「憎悪だらけの料理になっちゃうよ? 食べたい?」
「憎む対象がいるのか。食べたくない」
「正直すぎ!」
「いたっ」
ソムにとっては、叩きやすい位置にあるのだろうが、肩に思い切り痛みが走った。正直、痛くないわけはない。
「よーしできた! ガネ、食べてー」
「自分で食べてからだろ。毒味して」
「味見って言って! 香りがいいの、だから食べて!」
「それは理由にならない」
香りが良いだけで自信をもつところを見ると、なおさら自分で確認してから、僕に渡して欲しいものだ。しかし、ソム自身も手応えを感じていての表情だろう。普段より自信有りげだ。
この様子のソムに対して、それでも自分が先に食べろ、なんて言葉をかけるつもりもない。しぶしぶフォークを取り、ポークパタタを口に含む。いつもはここで口内がパニックになるが、今回は違った。
「あれ、最初はいい」
「最初だけ!?」
「……下ごしらえは僕も見ているだけだったし、後味はそこじゃないか? でも、いつもよりはおいしい」
そう伝えると、ソムは少し嬉しそうに、「私も」とフォークを手にした。感動したのか、食べながら僕を見て何かを訴えるような目をしていた。
「はいはい」
ソムはその後、僕よりも多くポークパタタを食べて満足そうにしていた。よほど嬉しかったのか、僕に甘さを控えた飲み物を持ってきて言った。
「ありがとう、少しコツが分かった。次は違うのを作るね」
「まだ僕に食べさせるつもりか……まあでも、このレベルなら食べてもいい。あと、気にはなってたけどトールに頼んで教えてもらわないのか? 食事を作るのはお手の物だろ。食堂に毎日立ってるし、声もかけやすいんじゃ」
「んー、トールとはそこまで仲良くなくて。だから頼みにくいの」
なるほど。そういう理由があって、いつも僕に持ってきていたというわけだ。
何はともあれ、とりあえず一時的には解決だ。
「じゃ、この後ザイ君と約束があるから。僕はこれで」
「ガネ、本当にありがとう!!」
ザイ君との約束の時間に、意外にも余裕をもてたことにわずかに感動を覚えた僕は、時間になるまでザイ君も来ないだろうと、彼の部屋を訪ねた。
「え、用事ってソムさんの料理に付き合ってたの?」
「ソムさんの料理ってたしか……あの」
ザイ君の部屋にはウィンさんとラオ君もいて、ちょうど三人でいろいろ話をしていたところだったようだ。ついでにと、三人で一緒に試合をしないかと誘うと、揃って承諾した。
「それにしても、ガネさんのそういう洋装ってほとんど見ないよな。たまーに夜でも和装着てない?」
「そうですね。あれ、結構落ち着くので。だから今は、違和感が仕事をしていますよ」
そのまま寝ている時にしわになることもしばしばあるが、それは仕方がないことだ。
「全部自前ですか?」
「いいえ、半分はルノからのもらい物です。自前の物もありますけどね。そういえば、僕から見てもウィンさんは女性らしくて、似合ってますよね」
ソムとはタイプが違う、それはかなり明るみに出ている部分だ。なかなか普段の屋敷生の様子を見ることもなく、新鮮さは感じている。
「ラオに選んでもらうことはあるけど、大体自分で買ってます」
「あぁ……ラオ君」
「ちょっと、ガネさん何でそんな含みある言い方?」
少し正直に感情が出てしまったらしい。
とはいえ、これまでの話が逸脱するのも、僕の今の服装を見れば無理はないかもしれない。僕が洋装でいることは、ほとんどないわけで。
僕が思うと同様に、彼らがこれを新鮮と見るのは自然だろう。
「話を戻しますけど、ソムの料理。少しはマシになりましたよ。さっき食べたポークパタタは結構美味しくできました」
「ガネさん何でもできるんだな……」
「いいえ、どっちかというと料理は嫌いです。面倒くさいので。でもいつも僕が試食をしているので、さすがに上達してもらわないと食べきれなくて」
そう聞くと、ウィンさんは何かを思いついたように指音を響かせた。
「ウィン、それできるんだ」
「できるできる。凄いでしょ」
「俺もできるよ。失敗率のほうが高いけど」
ウィンさんに話を聞くと、ソムと二人で何か料理を作って、みんなに振る舞おうという内容だった。
ウィンさんはデザートの類を作るのが得意なようで、ザイ君もラオ君も、それぞれ貰ったことがあるようだ。
「料理は貰ったこと無いんだけど、ウィンの腕は確かだと思う。貝海行った時の弁当美味しかったし」
「料理よりもおやつの方が面白くて。でも料理も嫌いじゃないから、ソムさんと一緒に作ったら楽しそうだなって」
「なるほど。ソムに言ってみたらどうです? また何か別の物を作ると言っていましたし」
ソムも、意欲をもって励んでいることだ。ウィンさんが手を貸せば、もう僕の手もいらなくなるかもしれない。そんな点も踏まえ、直接交渉することを勧めると、ウィンさんは「そうします」と、上機嫌になった。
「あ、そうだ。話がいろいろ行ったけど、試合だよな」
「そもそもザイ君が僕につけてきた約束なので、全うさせてもらいます。では、行きましょうか。いつもの広間で良いですね」
そんなウィンさんとソムの共同料理が発案されたところで、話は一度置いておく。
ザイ君がもってきた約束のために、一緒に広間に向かった。




