第二話 継ノ言ノ切―Ⅱ
背後に現れたガネさんに用件があることを伝え、事の運びを説明すると、今は屋敷長がそれどころではない、という答えが返って来た。そうなると、頼る先はもう一つの方。
「……ルノに、動いてもらいましょうか。君の実力は買ってくれると思いますよ。何かあった時の助けにもなれるでしょうし」
「何じゃ、意外にもすんなり受け入れるのじゃな。貴様吾を好いてはおらんじゃろう?」
「まあそれはそうですよ。未遂とはいえ最初は殺しにかかってきたわけですし。ただ、その実力は認めざるを得ませんし、助けられたのは事実です。癪ですけど」
ルデがどうこうというよりも、互いに協力し合える関係性だからとその旨を了承し、俺たちの間を通るように前方に向かい始めた。迷いなく進むところを見ると、やはりしっかりと役割分担がなされているらしく、ルノさんがいるだろう方向を示してくれた。
「え、今からでいいのか? 仕事は?」
「自分の仕事が終わっているから、こうして君たちに話しかけたんですよ。ルデ君がいるあたり、関わると面倒じゃないですか。まあ、他にもやることはありますけれど、一応、ルノや屋敷長から君たちのことであればそちらに関与するように言われていますので、大丈夫です」
一応教育師は、職務に追われている最中だ。気にしておかなければ、ガネさんの立場だってあるだろう。と、迷いのない相手に遠慮をしていると、その迷いのない答えは間髪入れずに返ってきた。
「しれっと吾を貶したな?」
「貶すほど貶していませんよ」
「何そのパワーワード。……まあいいや、ウィンもこのまま来る?」
「うん、行く。本部長さんに、ちゃんとお礼言えてないし。……うん」
ガネさんもルデも、そのやりきれない表情に気づくものの、それ以上には踏み込まず、歩みを進めた。その後ろを、俺もウィンも黙って追った。
簡単に立ち直れるはずもない。普段通りに振舞おうとしていても、やはり限界はあるものだ。俺だって、ガネさんからラオの意志の話を聞いていなかったら、今でも閉じこもってしまっていたかもしれない。
思いがけず、彼の言葉の大きさと、存在の大きさを、知らしめられていた。
「ねえウィン、ラオの話を聞いて、ラオらしいって思って、……その後、どう感じた?」
「え? ……あ、ごめん。顔に出てた?」
前方の二人を見つめ、ウィンはまた申し訳なさそうに「ごめん」と呟いた。
「俺さ、確かに気づいたよ。あいつが、俺たちにとってどれだけ大きい存在だったか。わざわざ屋敷まで追って来たっていうのに、今更かって感じだけど」
「……本当、今更だよね。“特別”じゃなくて、“当然”だったんだもん。私も同じだよ」
「過保護で、フレコンで、俺たちに甘かった。でも、ラオは言ってた。俺たちに救われていたって。ラオの昔話を聞いた時はびっくりしたけど。何気なくした俺たちの行動がラオを助けてて、それがきっかけであの性格を作ったんだとしたら、ラオの覚悟とか、全部引き継いでやらないともったいないじゃん。命懸けて守りたいものがその信念、俺とウィンだったなら、尚更」
俺の話を聞いて、ウィンの瞳は潤んでいく。その思考には、納得できるようで、何度も頷いていた。
彼女の後悔の部分は、分かっている。「手が届き切らなかった」ということ。自身の能力を伸ばしながら、俺たちへの協力を買って出て、最後に、間に合わなかった。
それは、ウィンを苦しめている現実だった。
「俺もラオも、根の部分は同じだったんだと思うよ。俺たちに巻き込まれに来たウィンのこと、守らないとって。ウィンが弱かったなんて思ってない、必死にサポートしてくれてたのを知ってる。だから、あんまり自分を責めないでほしい」
「……守られるばかりで、何もできないの、悔しかったから。それが結果、こんなことになって、もっと悔しくて。なかなかうまくいかないよね。……でも、ラオの信念の話、本当にラオそのものだって思った。ラオはずっとそれを心の中に飼っていて、行動して、最後にはその思いを貫いて、遠くに行っちゃった」
―二人に何かあるようなら、俺は迷えない。
そう、ガネさんに伝えたラオの強さ。俺にはきっと真似できない。ただ、俺が決めたことは、ラオの気持ちを追いかけられるはずだ。
「ラオが俺たちに託したこと。……いや、俺が託されたと思ってるだけかもしれないけど。それを継がないといけない。俺はそこに向かおうと思ってるよ。ウィンは、どうする?」
「……もう、あの時は力になれないって言って、たくさん泣いてたのに。立ち直ってないのに、私のこと励ましてくれてる。……ザイがそうするって決めたなら、私は応援するだけだよ。今でも、私は二人の支えになりたいって思ってるから、私の目標も決まったね」
話し込んでいた俺たちをよそに、ガネさんとルデは、その視界に探していた人物を留めたようで、歩みを止めた。
それに気づいた俺たちもまた、前方をまっすぐに見る。
ガネさんの呼びかけで、仕事をしていたルノさんは腰を上げ、こちらに向き直った。
「どうした?」
「頼みがあります。屋敷長はきっと忙しいと思って、ルノを探していました」
「俺も大概忙しいんだけどな? ま、ちょうど飽きてきたところだ。息抜きにはなるか。……それで?」
「本部長の癖に、仕事に飽きるのが早いですよ、全く。……ルデ君のことです」
横にいるルデを指で示して、用件をルノさんに知らせると、快い了承が返って来た。寧ろ、「そのつもりだった」と付け加えて。
ルノさん曰く、ルデの存在は稀で、且つ類を見ない人間味を持っていることで、頼っても良いだろう、という判断だった。相互に関与できるだけの実力は、相互に認めている。ということらしい。
「何だ、ルノがそう思っているなら頼みに来るだけ無駄でしたね?」
「逆にお前に確認を取ろうと思っていたくらいだ。……ビルデ君も、それで良いか?」
「ふん、本部長の立場ということは、貴様が発する言というものは大きな力であろう。……自由に出入りができるのであれば、吾の行動範囲も広がって都合が良い。無論、反する意見もない」
あまりにもスムーズな交渉に、少し拍子抜けをしたところで、ルノさんは俺たちを見た。じっと、俺とウィンを、交互に。
「……どうやら、思ったよりも調子は良いようだな。何かあったか?」
「んー、何もないけど……止まってられないだろ」
「なるほどな。お前はどうだ、ウィン」
「私……あっ! あの、それよりも先に、お礼を言わせてください。たくさん力になってもらって、碌にお礼も言ってなかったので……ありがとうございました」
「ああ、気にするな。俺の仕事の内だ。……その言葉が出るってことは、ザイヴ君と何か話せたか?」
それらしい発言は何もなかったのに、ルノさんは確信をもっている様子で、そう投げかけてきた。驚いて言葉が出ないウィンの肩を軽く叩くと、反射的に振り返って俺を見た。俺と合ったオレンジ色の目は、いつもより少しだけ明るく見えた。
「当たり、みたいだな。それなら俺たちが出る幕はない。二人はこれから、まだまだ強くなれるはずだ。期待している」
ガネさんもルデも、俺たちを見て少しだけ口角を上げている。この場にいる大人たちは、俺たちを導いてくれるはずだ。
その道を辿れるように、俺たちはその一歩を強く踏みしめよう。
「……はい」
そう答えるウィンは、あの日を境にした数日の中で、一番素直に笑っていた。




