第一話 継ノ言ノ切―Ⅰ
本編のその後。後日談です。
本編後に読むことをお勧めします。
静まり返る屋敷内。騒然としていた、先日までの出来事が嘘のよう。和やかさすら感じさせるこの数日間は、彼らの心の隙間を、じわじわと広げていっていた。あるはずのものを、失った喪失感。それは、たった数日では取り返せないものだった。
「調子はどうじゃ」
最後の最後に手を貸しに来てくれた魔族の生贄は、毎日俺の顔を見るために部屋を訪ねてきてくれていた。それがもう、何日続いているのか。
「お前も大概暇だよな」
「何を言うか、当然暇じゃ」
偉そうに言う割に、発言は適当で。その、どうしようもなく平常通りの飄々とした振る舞いに、少しだけ救われているのは事実だった。
「……お前、あいつはいいの? シンマ」
「奴は今頃、青郡で貴様の友人と共にいることじゃろう」
「ギカ……か。……ルデ、ギカには、まだ、知らせないでいいから」
ギカにはまだ、伝わっていない。すべては終息しても、乗り越えるべきものが新たにできあがっていること。
俺が、過去に青郡を離れてまで追っていった友人の結末のこと。
「一応聞くが、何故じゃ?」
「ちゃんと、俺が伝えたい。でも、まだ俺が伝えられる状態じゃない。ラオのことは、……あいつは最後まで、自分を貫いていたんだ。俺が乗り越えてないのに、伝えるなんて、無理だよ」
「……まあ、そうじゃろうな。分かった、肝に銘じよう」
屋敷の機能は、日々回復を見せている。教育師たちの働きのおかげで、順調も順調だ。機能回復のために長期休暇を早めに取り入れたものの、教育師にとっては休暇どころではないだろう。現に、あれから数日間、俺たちの横でずっと戦ってくれていたガネさんの姿を、まるで見なかった。
ガネさんだけではない、ソムさんやオミ、ルノさんの姿も、全くと言っていい程に見ない。
屋敷内を走り回っているのだろう。
「ルデ、俺のことはもう大丈夫だから。お前も、本当に暇ってわけじゃないだろ」
「……ふん、可愛げのない。心配しているというのに、この吾が」
「お前を気にしてやってんだろ。俺だっていつまでもこのままじゃない。ガネさんにも言ったけど、ラオを背負うって決めたから」
俺は、あの日に決めた。俺が持つべきもの。俺が目を逸らしてはいけないもの。それがこの先で、どれだけ高い隔たりになろうとも。一度友人のために決めたのだから、全うするほかない。
「貴様は人の癖に、吾の思考の斜め上を行くのじゃな」
「人だからこそ、だろうね。……お前のその心遣いは、本当にありがたいよ。ウィンのことも気にしてくれてるらしいし? 昨日ウィンに会った時に、聞いたよ。あんな終わりがけに初めて話したのに、いろんな話をしてくれるって。お前案外人間味あるよな」
「……あの女、どこまで貴様に話した?」
「そりゃもう。ありとあらゆる話を楽しそうに。……お前が見てきた世界の話とか、今回の事件の話とか。それから、シンマの話もしたんだろ? ウィンも俺たちとの思い出話を聞かせたって言ってた。人とは関わらないなんて言ってたお前が、こんなにいろんな話を俺たちと共有してる」
不意に、ルデが手を伸ばした者のことを考える。もしかしたら、ルデがその者を取り戻せたことで、変えられたところもあるのではないか。
「……それって、シンマのおかげ?」
「はて……何のことじゃろうなぁ」
はぐらかすルデの表情は、満ち足りている。「肯定」の二文字が、俺の頭に浮かんでいた。
ここまで俺たちに付き合っている、人ならざる者の存在は、俺に怪異の存在をちらつかせる。彼らも、もうこの世界には現れない、難しい存在だ。
表裏一体なんて、そんなもの。俺が抱えるに至った経緯も、結局は“そう決められていた”と無理やり納得するしかできなかった膨大な能力。これもまた、難しい存在だ。
全てが終わったはずの今も、俺の奥底に眠りながら、表裏の世界を見る存在のない存在だ。
「それで? 貴様はこれからどうする」
「……そうだね。とりあえず、お前を見送ってやろうと思ってるよ」
数日間屋敷に留まり続けた部外者を、俺は自分の足で屋敷の外に導かなければならない。俺たちのことに巻き込まれておいて、魔族とは思えない気遣いを見せて。世話になったままでは終われない。
「ほう、わざわざ面倒を被ると?」
「……あの時さ。お前が、間一髪で俺を助けてくれた時。ちょっとかっこいいと思ったよ。まさか来ると思ってなかったお前が、あんなかっこつけて。でも、助かった。よく屋敷に入れたよね、一回来てるとはいえさ。屋敷からすれば、お前は部外者だし」
「ああ、あれは半分無理矢理入り込んだようなものじゃ。口ごもる、という異常は、吾くらい軽く通したぞ」
「……じゃあ、お前の顔くらい通しといても良いだろ? 今更断んなよ? 正直屋敷側から見れば、お前の助力があって事が収拾したも同然なんだから。ガネさんにでも相談するよ。それからお前を見送る」
ため息と、「勝手にしろ」という言葉が返ってくる。俺は、すぐさま足を部屋の外に向かわせた。照明のある場所ではしっかりと差が分かる、あれ以来僅かに違う両目の色は、目的に従って彼を探した。
その後ろには、しっかりとルデもついてきている。
教育師たちは四方八方に別れ、分担をスムーズに進めている。壊れた広間の修復を確認したり、地下の設備を整えたり、様々だ。
「あれ、ザイ。ビルデさんも一緒なんだね」
歩いていると、基本クラスが使う広間の前でウィンが立っているのを見つけた。彼女の方も俺たちの存在に気づいたようで、そう声をかけてくる。何を思っているのか、その目は、まっすぐだった。
「ウィン、何してんの?」
「……ううん、そういえばここ、一回壊れたなって。ラオが、変なのに憑かれてさ。私はクラスのみんなを避難させて、ザイはラオを助けるために戦って。ラオは少しの間、私たちが見えなかったよね」
思い出すと、遠い過去のようなその一件のことを、よく覚えている。鮮明に、脳裏から映像のように記憶が溢れてくる。
「そんなことも、あったね。あの時も、ラオはラオで、強かったよな」
「うん。ラオは、ずっと強かった。私たちのために、たくさんしてくれたもんね」
「……うん、本当に。あのさ、ウィン。ガネさんを探してるんだ。こいつを、ここに自由に出入りできるようにして、帰してやりたくて」
「その言い方は吾が迷い子のようではないか! それよりも女、ザイヴに吾との話を話したようじゃな」
「あ、聞きました? だってビルデさん優しかったから、つい。ザイも、色んな人に助けられてたんだなって思ったら、話しちゃいました。私もついて行きますよ、ガネ教育師を探します。探し物は、得意なんです」
元通りとまではいかなくても、ウィンの、朗らかな表情に、安堵した。
呆れた顔を見せるルデを背に、ウィンと並んで歩いた。何人もの教育師を横目に、特徴のある灰色を探して。
数十分歩いたところで、探していた人は、背後からその声を発した。
「……新鮮な組み合わせですね」
と。




