第三十一話 黒ノ定ノ路―Ⅱ
座学が始まる数十分前。昼食も三人で済ませた俺たちは、既にその室内に座っていた。
ほとんどの屋敷生は、まだ昼食の時間を満喫しているだろう。俺たちを含めても、七人しか室内にはいなかった。
「やだなぁ……今日は何時まで?」
「教育師室の前と、この部屋の外に貼りだされてるの見てない? 恒の三時までだよ」
「二時間ってことは途中三十分くらいは休憩あるね。……あはは、ザイ不貞腐れてる。そんなに嫌なの?」
もちろん、としか言いようがない。俺にとっては本当に苦の時間なのだから。
座学の内容は幅広い。基礎知識から、少し学術的なこと、体術をかじることもある。それが講技にも反映され、剣術の幅も広げていく。
実戦ともなれば、相手との駆け引き、計算、空間の把握など、様々な環境をもろに吸収する必要がある。ここに、座学と講技がそれぞれ生かされていく、というわけだ。
しかしながら、型に沿った勉強は堅苦しくて集中できない。体を動かして覚える方が、俺には合っている、と思っている。
「まーザイは頭で考えて動くっていうより、その時の状況で動く、って感じだからね。ほんと、入ってきてすぐ伸びたのも、反撃というか反射というか、その反応が良いからだし」
「いいなぁ、私も何かないかなぁ」
「地道に頑張ろうね。そもそもウィン、何でザイにくっついて一緒に来たんだよ、剣術屋敷だよ?」
「そんなのラオに会いたかったから以外にないよ?」
「そのために剣術やるってのもなんかなぁ……」
「ねえラオ、すっごいにやけてる。気持ち悪い」
これが、隠しきれていないラオの姿だ。
・・・・・・
座学が始まって、一時間が経とうとしていた頃。俺はホゼと睨み合いをする状態になっていた。とは言っても、ホゼの方は楽しそうにニヤニヤとしているだけだ。力んだ顔をしているのは俺だけだ。
「なーんーだー? そんなふざけた顔してもだめだぜー? お前は座学全然聞かねえからなあ?」
「おー、ふざけた顔してんのはあんたの方だー」
「おー? 言うねーこのガキはー。講技ばっちりでもそれじゃだめだろー?」
「あんたの話がつまんないからじゃないのかー?」
完全に面白がっているようにしか見えないが、これはれっきとした座学の一部だった。“挑発”という、至ってふざけているとしか思えないものだ。
そんな中身のない挑発の割に、徐々に本気で苛つきを覚えていっていた俺は、それに比例して表情が変わっていた。
「ザイ……そろそろ切り上げた方が……みんなひやひやしてるよ……」
ラオの小声もすっと通り抜けていく。それどころではない。
「お前はあれだなー? そうやって大人に強気でいられんだから楽しいんだろうなー?」
「何が楽しいってー? 座学はつまんねーって言ってんだろー」
「そんな奴は補技訓練コースだぞー」
「俺に補技訓練させるなら講技で落とせー」
「っあーーーー! 全っ然折れねえなお前! めんどくせーわ!」
痺れを切らしたのはホゼの方。時間が勿体無い、と言いながら、次の相手に振っていた。
「勝った」
「私も少しヒヤッとしてたよ……」
「え、そう? あいつが挑発しあってみろとか言うからつい途中から本気になってただけだけど」
「俺の心臓にも悪かった……」
「何でラオにダメージ行ってんの? 意味分かんないよ」
「十三歳ってえぐい……」
「ラオも通ってきたはずだよ」
俺への目線を逸らし、両手で顔を覆うラオを横に、俺は普段と違う座学に何となく違和感を覚えていた。
先日から、どこか違う。何だろう、ホゼが遊んでいるだけなのか、必要だと感じて指導内容を見直したのか。
「あー、お前は折れたかー。……よし、切りいいから休憩挟むか。いつも通りの時間でいいぞー」
その言葉を皮切りに、一気に屋敷生は捌けていく。教育師との挑発対決は、一応の区切りがついたらしい。こんな内容で、何になるのか。
「あ。お前ら、あーっと、……ザイヴたちだ、お前ら三人。ちょーっと話さねえか?」
「えっ? 何でですか?」
「お前らずっと三人でいんだろ。他の屋敷生と絡むのなんて私が試合を組んだときくれーだ。何かあんのか?」
「今更じゃん」
「今まで見てきた屋敷生とはちょっとタイプ違うんだよなぁ。組み合わせと言い、何と言い」
「面談ですか?」
ホゼの発言に咄嗟に反応したのは、ウィンだった。少し首を傾げていて、ラオ同様に少し驚いているようだ。
「あー、面談……ちょーどいいや、ウィン。お前に色々聞かなきゃなんねーの」
「私?」
「まーまーお前ら掛けろよ。……ラオガとザイヴに至っては、別に心配してねーんだよ。ザイヴの座学はともかく、実力は確かだ。時期が来たら上がれるだろ。ただウィン、お前は少し特殊系な気がしてな。剣術が……まー全くだめとは言わねーけどよ、伸び悩むとは思ってねーか?」
一度立った俺たちは、ホゼの言葉に従ってその近くの席に腰を下ろす。その中で、焦点が当たったのはウィンだ。
「えっと……はい、頑張ってるんですけど……向き不向きって、やっぱりあるんですね」
「いやほんとその通りなんだよ。特技ってのは誰にでもある、お前はそれを身につけてねーだけだ。何となく分かる、けどまだ実態は分かんねー。ただ、特殊クラスにちょっと稀な奴がいてな。参考までに私も少し見る機会を増やそうとは思ってる。お前の特技っての、私も探してやる」
「!! ほんとですか! ありがとうございます!」
「ただ本人の力は影響がでけーし、努力だけは惜しむなよ」
「はい!」
一瞬にしてオーラの変わったウィンを見ていると、少し羨ましい。師から褒めてもらえる素質を持っているかもしれないと、可能性を示してもらえて、それが何なのかを知る。目標にもなるだろう。
「で、本題なんだけどよ」
「今のは本題じゃねえのか」
「まーそんな堅い話は休み時間にするもんじゃねーしな。お前ら二人が屋敷に来たときに少し聞いてはいたけど、お前らの関係性って何だ?」
「関係性……は、友人です。昔からの。俺、この二人がいなかったらどうなってたか分からない。凄く大事な、守らないといけない二人です」
そう言うラオの目はまっすぐで、揺らがない。人が変わったようだった。
「へえ……ザイヴとウィンは、どうだ?」
「私も同じです。一緒にいないと楽しくない。一緒にいたいから、頑張ろうって思ってます」
「……俺は、何だろう。一緒にいないといけない、そんな気がして、ずっといる。今までもずっと一緒だったし、今更ばらばらになれないと思う」
一通りの答えを聞いた師は、何となく納得した、というように軽く笑ってみせた。
「聞いてたよりずっと強ぇ絆、だな。お前らは、それがあってこそ、強くなれると思うぜ。三人だけの世界、三人だけが分かる想い、いいじゃねーの。孤立してるってわけじゃねーならいい。止めて悪かったな、休んでこいよ」
「あんたが一番休んだ方がいいんじゃ……」
「は?」
「いや何か……少し前に見かけたんだけど、あんたすげー忙しそうにうろうろしてるから。何してんの?」
「……うろうろ、か。いや、別に。お前らを応用に上げるには私も色々考えなきゃなんねーんだよ。大人の事情だ、気にすんな。つーかお前に言われるとはなー? いつ見てんだよそんなの」
一瞬、表情が翳った気がした。
それでも、すぐに嫌味が飛んできて、気のせいかとその言葉に食いついた。
「知らねえよあんたの事情なんか。見かけたもんは見かけたんだよ、夜だったり、朝だったり、とにかく忙しそうだからいつ休んでんのか気になっただけ」
「余計なお世話だ。おら、行け行け」
「ほら行こ、ザイなんか休憩しないと後半絶対もたないんだからー」
「何でみんなそんなに馬鹿にしてくんのー?」
ほらほら、とラオは俺とウィンを連れて、部屋を出る。
少し短くなってしまった休憩時間を、ぎりぎりまで堪能するしかないと、頭が切り替わった俺たちは、すぐさま近くの空室に入った。




