第三十話 黒ノ定ノ路―Ⅰ
時々思い返されることがある。俺が屋敷に来てからのこと。そもそも、俺が剣術屋敷に行きたいと言った動機は、友人のラオの存在だった。
五歳の頃に出会い、ラオを介して出会ったウィンも一緒に、俺の故郷である青郡と、ラオとウィンの故郷である光郡で、三人で仲良く遊んでいた。
その日々は、ラオの全身の怪我をきっかけに、一度隔たれることになった。その隙間を埋めたくて、俺はウィンと一緒に、剣術屋敷に入った。
思えば、あの頃はラオに会いたいがために大きく行動をとったものの、今となっては、それが必然的に誘導されたのではないかと、僅かに疑わざるを得ない。
これほどに掻き乱されて、今までの「普通」がひっくり返ってしまうなんて。
だからこそ、ゆっくりとあの頃を思い出す時間が、俺を癒やすのかもしれない――――
・・・・・・
―四年前。
「ザイー、ご飯食べに行こ」
屋敷に入ってすぐの頃から、三人仲良く基本クラスで、ホゼ=ジートと名乗る師の指導を毎日のように受けていた。今では慣れたもので、各々のもつ技術で剣を振るっている。
基本クラスの上のレベルにある応用クラスは、基本クラスの屋敷生の目標だ。そのクラスに在籍できるよう、俺たちも励んでいるところだ。
「あれ……ウィンは?」
朝食をと、俺に充てられている個部屋に誘いに来たラオは、普段ウィンを一緒に連れて来る。今日に限っては、ラオ一人だった。
「昨日の講技、かなり疲れたみたいでね。シャワー浴びずに寝ちゃったんだって。今から浴びるから先に食堂行ってて、だって」
「ふーん、そっか。あ、俺は俺で珍しく早起きだよ」
「十三歳でこの生活リズムじゃ先行き不安だけどね……。これでもザイが起きてる可能性あるなって思って来たんだよ」
「今何時?」
「初の三時」※
その兄のような性格をしているラオは、やたらと俺たちのことを気にかけていて、優しい。どれくらい優しいのかと聞かれたら、間違いなく“気持ち悪いレベル”だ。
「なんだ、まだ起きて三十分も経ってない」
「もー何時に寝てんのー?」
仕方がないなぁ、と言わんばかりの顔で、俺が部屋を出るのを待っている。部屋の扉が開かれたままのお陰で、その周囲は室内に比べて明るみが増していた。
照明を消して、扉をくぐってから、「お待たせ」と言えば、ラオはにこりとして食堂へと歩を進め始めた。
「待ってラオ、鍵」
屋敷内では、個室の管理はここに任されている。鍵を託され、外側からでも内側からでも、鍵を挿して施錠、解錠をしている。
用心深いラオから、釘を刺されるように鍵の管理を言われていて、三年も経てばその習慣は嫌でも身についていた。
「もうすっかり慣れたね。剣術の腕もかなりの早さで伸びたし。ザイは才能あるなぁ」
「そんなこと言って、ラオの方が強いじゃん」
「それはだって、俺の方が経験長いわけだし、年齢差の分体の作りも違うよ。でも、ザイはそんな隙間埋めてきそうだよ」
「……ちなみにウィンがダウンした昨日の講技、どうだった?」
「あれはなぁ……ホゼ教育師がちょっと意地悪だったんだよ。だって背後が壁とか、追い込まれた状態から一瞬で出ろ、なんて。基本クラスにはちょっと難しいんじゃない? 相手が教育師なら尚更」
そう。昨日の講技は、危機回避の動きを身につける、というものだった。普段の講技では、一対一の試合の中で取り入れて、何度も繰り返しながら習得に繋げていく。しかし異例なことに、教育師を相手に、抑え込まれた状態から抜け出せ、という指導。俺も驚いたものだ。
幸い、俺のフットワークは軽く、そんな危機に面した、という設定でも、相手の動きを見て軽く避けた。
「ラオはすぐにでも応用クラスに行けそうだね。座学でも成績良いし」
「うーん、そう簡単じゃないと思うけど。噂では教育師の厳しさも比じゃないって聞いたし、覚悟いるよー?」
応用クラスに上がる条件。それは詳しくは聞いていないが、教育師がその力を認めること、総合的評価が高いこと、この辺りが重要になってくるという。
ただ俺は、まだ応用クラスに行かなくてもいい、と思っている。何せ、三人でいる時間、というのは、俺にとって重要だったから。
その理由は、はっきりとはわからないものの、幼い頃からの付き合いだ。その時間が欠けてしまうのは、どうしてももったいなかった。
話をしながら食堂の戸口をくぐり、トールという名の食堂主に食事を頼む。一人でやりくりしているわけではないが、対応はこの人がしているところしか見たことがない。
俺が頼んだのはもちろん、好物のデザート。と、いきたいのは山々だが、ラオが横から自身と同じものを、俺と、ウィンの分も追加した。
食事ができるまで、近くの四人掛けテーブルに腰を下ろして、話をして待つ。何となく、この時間もゆったりしていて好きだったりする。
「プリンが好きなのは重々分かってるけど、まだまだ栄養とって力つけないといけないからね? 分かってる?」
「母さんでもそんなこと言わないよ……?」
「ザイの母さん優しかったもんなぁ。ま、そんなに会ったことないけど……いや、これ以上はやめとこう。……思い出すでしょ?」
ラオがその点を気にかける理由は、俺が屋敷に入ってそれほど時も経っていない頃に遡る。母さんは、方舟と呼ばれる巨大な物を造り、しかもそれに侵食されて、結果的に殺された。あの時のことは、三年経っても夢に見る。
「……大丈夫。それより……あ、できたみたい」
「俺が取ってくる」
真っ先に立つラオは、落ち着いた足取りで三人分の朝食を受け取りに行った。その後ろ姿を見ながら、不意に大きな背中をじっと見つめていた。
「お待たせ! ……あれ、まだ食べてなかったの?」
「あ、ウィンおはよう。昨日の講技疲れたよね」
「ラオから聞いた? えへへ、だってあの威圧凄いんだもん。あれだけで全部もっていかれちゃった」
「ウィンおはよ。みんな一緒のサンドウィッチにしたけど、良かった?」
「おはよーラオ。もちろんいいよ! お腹空いたー!」
ウィンも合流したことで、三人で席について朝食の時間を過ごす。もちろんこの間も、話は尽きない。
講技の話から始まり、遊びに行く話や、好物の話。本当に様々な話題で、毎日盛り上がる。
「そうだ、今度応用クラスの講技を見せてもらえることになったって、ホゼ教育師が言ってたじゃん? 俺ちょっと楽しみなんだよね」
「うん、ザイは興味もつだろうなって思ったよ。ウィンには刺激が強いかな」
「でもやるなら頑張りたいから、しっかり見るよ。こんな機会あんまりないよね、急にどうしたのかなぁ」
昨日の講技終了後、ホゼ教育師からは、再度異例の発言が飛び出ていた。合同講技が行われることは稀にあったものの、見学、という形は今までになかった。
「何で合同じゃなくて、見るだけなのかな。ラオ何か知らない?」
「うーん。……合同講技って、括りとしてはそれぞれのクラスを一人の教育師が同時に見る、みたいな感じだから、そこの違いじゃない?」
応用クラスの動きを、見ることに集中できる。そういう講技内容なのだろう。
「なるほどー。じゃあそれ見て少し勉強しろってことだな。プリン食ーべよ」
「プリン食べたくて仕方なかったの……? ちょっとザイ待って、何で二個あるの?」
「手でピースしてたの見てくれたんだな、さすがトールさん」
「もー! そういうとこだよ! ちゃっかりしてんな!」
今日の朝はのんびりと、暇を感じる瞬間さえありそうな心地良さだ。
しかし、恒の一時からは座学が待っている。俺の苦手な、とても苦手な時間だ。
※初の三時 = 午前九時




