第二十九話 黒ノ纏ウ色筋―Ⅵ
二対一の試合が組まれることを聞かされ、ローテーションで順に回していく、というところまでを知らされる。
二人組の方にガネさんが加わる、という、俺たちにとっては緊張感しか高揚しない条件で、それは開始されることになった。もちろん、順番はガネさんの指名だ。口角を上げ、楽しそうに俺たちをじっくりと見回して、決定した組み合わせは。
「では、ラオ君と、ユラ君。じゃんけんで勝った方に、僕が入ります。前にどうぞ」
トップバッターは、名を挙げられたこの二人。二人とも表情が強張って、互いに向けあう拳は若干震えている。「負けたら一人」という圧は、流れていく冷や汗が表していた。
「ラオガ……オレが勝つから負けて」
「いくら俺でもじゃんけんだろうと譲れない……!」
「じゃんけんで本気出すなよ……控えてんだから」
傍からその様子を見る、一先ず見学組の俺を含む三人は、その心境に僅かに共感しながらも既に全力を見せかけている二人に、思わず突っ込んだ。
結局、じゃんけんの結果はラオの勝ち。日頃の行いがものをいうのだろうか。負けた手をそのままに、ユラはとんでもない絶望の顔を見せていた。
試合の内容は、日頃のものとほとんど変わらず、強いて言えば二人からの攻撃をユラが一人で裁く、という異例のスタイルがあっただけで、激しい攻防戦が繰り広げられて、終わった。
その結果は、言わずとも知れているだろうが、ユラの完全敗北だった。
ガネさん一人を相手にするだけでも手を焼くというのに、そこに優秀なラオが加われば、手も足も出ないだろう。組み合わせが決まった時点で、結果も見えていたようなものだ。
「オレしばらく竹剣見たくねえ……」
試合が終わっても、ユラは絶望したままだった。
こんな流れで、五人で全ての配役を回したところで、講技の試験は終わることになった。無論、ラオとユラのみならず、全員が、削られた体力を回復させられずに、床に転んでいた。この状況が、全てを物語っている。
「……君たち、僕相手にこれでどうするんですか」
「あんた、一体俺たちが、誰を相手にしたと思ってんだよ……っ!」
「いや、そんなの僕しかいないでしょ。僕と組んだ時と、相手になった時と、全員表情がころっと変わって面白かったですよ。ところでこのまま成績をお知らせしても?」
「座学はともかく、講技の結果もうあるんすか……まって、まだちょっと、聞けねえっす……」
うつ伏せで、籠る声で言うのは、チェインだ。疲弊した体は、言うことを聞かない。この場において、ガネさん以外は全員が同じ状態だ。にもかかわらず、ガネさんは「発表しまーす」と言って、チェインの言葉を流していた。
「えええ……何のために聞いたんすか……」
「僕が言うためです。はい、じゃあ座学の結果からいきますねー」
「鬼かよ……」
小声で聞こえたその言葉は、ガネさんには届いていなかったのか、はたまた敢えて流したのかはさておいて、ガネさんは一方的に話を進め始めた。
「座学ですが、みなさん今回よく頑張っていましたよ。特に、ザイ君は成績が上がっていました。良かったですね、やればできる子ですね、はい」
言葉はかなり嬉しいものだが、何せ体が言うことを聞かない。反応はうまく返せなかった。
「チェイン君とユラ君はまあ少し伸びていたくらいですね。結果五人の平均は正答率六割を超えています。今までの中では、かなり凄いですよ」
「あー良かった……ザイヴ君に貢献できてたね……おれいい仕事したよ……おやすみ……」
「シリス寝んなよ……いやお前体力ねーけど……寝んなよ」
満足げにそう言ったシリスは、その後こくりこくりと、頭が揺れ始めていた。試合の酷さが、相当キタと見える。
「じゃあ、シリス君が限界突破する前に、講技成績の平均をお知らせしますね。今回僕が入ったことで、みなさん現在ゾンビみたいになっていますが、実力的にはやはりクラスにあるグループの中では最高レベルですよ。僕との攻防、僕との連携、僕の動きを踏まえて動かなければならない変則的なルールでしたけど、まあ面白かったです。僕は」
「あんたが、な……つかゾンビみたいってなんだよ……作ったのあんただよ……」
ようやく上がった体は、壁に寄りかかって落ち着いた。一気に襲い掛かってくる睡魔に抗いながら、懸命にガネさんの話を耳に入れていく。
「……みなさんよく頑張りました。これで、補技訓練を終わります」
「……は? グループの試験って……言ってたっすよね……?」
「補技訓練なんて最初から言ってたら、絶対来ない人いるでしょ。ザイ君とかザイ君とか」
ガネさんの発言に、思わず思考が止まりかけるも、チェインの間髪入れない返しで、何とか話についていった。
「俺だけかよ、あーくそっ。しんどいと思ったらそういうことかよ……っ!」
「良かったですね、クリアです。今後も応用生として、励んでくださいね」
最後は、笑顔を作って見せていたガネさんに、これ以上ないくらいに力が抜けた俺たちだった。
結局、ガネさんが計画した補技訓練は、俺たちの疲労が目立つ状態で終了し、各々ふらつく足を懸命に脳で処理しながら、自室に戻っていった。
おそらく、全員が睡眠の時間を十分にとったことだろう。
解散は恒の四時にかかる前だったものの、その後すぐに体を休めた俺が自室で目を覚ましたのは、翌朝、初の一時だった。
応用クラスでの講技、座学には慣れてきたところだと思っていたが、特異なことになると、やはりレベルはぐんと上がる。俺たちのクラスをもっているのがガネさん、というだけで、その質はさらに上がっていくことになるだろう。
(……あ、すっかり忘れてたけど)
現在、俺は命がかかったある一件―敵の一味だった屋敷内の男によって、俺が苦手対象とする水中に沈められ、危うく生を手放すところだった、裏切り者の事件―があったことで、精神面でのケアを受けることになっている。俺が思う以上に体を動かしたことで、そのこと自体も忘れていた。
もしかして、このタイミングで補技訓練の時間を設けたのも、俺の意識を逸らすためだったりするのだろうか。
(考えすぎ、か……? でも、計算高い人だからなあ……)
思いもよらないところで、頭を回転させている人だということに変わりない。
「……あ、やばい。今日も座学がある……はああ……眠」
重い体を起こして身支度をし、座学室に向かう。疲れの取れない体に、脳に、俺が委ねるものは一つ。
「……何度目ですか、起きなさい」
「……顔を上げたらホラーが待ってるから俺はこのままでいることにしたよ」
必死で励んだ座学だったが、睡魔には敵わない。横で俺を見守っていたラオは、俺を起こしてはくれなかったらしい。
落ち着いた日常が、あと少しだけ戻ったままでいてくれたら良いのに、と淡い期待を抱いていたが。
どうやら、そううまく事は運ばないらしい。
そこまで時間が経たないうちに、ガネさんは、ソムさんと共に出かけていってしまった。
それをきっかけに、また、俺たちを待ち受ける現実は、俺たちをじわじわと引き寄せていた。




