第二話 柑子ノ香ト振ルウ腕―Ⅰ
─時に、僕たちにとっての日常が崩れながらも訪れた、ある落ち着いた日のこと。
オミの実力は確かなもので、ザイ君が彼と試合をすることができたこと自体は、向上心として評価ができる。一息つくことのできる今だからこそ、今日は何をするべきかと、そう考えていた時のことだった。
もう、何年の付き合いになるだろうか。僕が屋敷生だった時に、直接剣術を教えたたった一人の人、ソム=ネロは、今では教育師仲間として気の置けない間柄になっている。
ただ、そんな付き合いの中、何年掛けても伸び悩んでいるものがある。
「はい、作ってみたから食べて」
たまに僕の部屋に個人的にやってくるソムは、時折料理を持ってくる。その度に、「またか」と思いたくもなる、その問題というのも。
「……ソム、これは一体」
「出して早々聞くのもあれだけど、何で失敗するのかな」
毎回のことだ。味付け、焼き加減、見た目、香り。回を追うごとに違う部分でこけてしまっているのが現状で、完璧に仕上げられたのは、ほんの数回。
もちろん、その料理は素直においしいと思えるが、やはりこうも繰り返されると、どういうことかと呆れてしまうものだ。
「僕の知ったことではないけど、常に一定なのはどういう了見だ」
「でも、今まで失敗したところはクリアしてるよ?」
同じ失敗はしないソムは、前回とは違うところで失敗してくる。むしろ器用とも言えるかもしれない。
全てにおいて失敗すれば完成するとしても、それに毎回付き合う僕の身にもなって欲しい。
「別にそこは責めてない。というか、僕以外にも試食を頼めばいい。僕の意見しか聞かないのも原因かも知れないだろ」
「……悔しいけど、ガネの方が上手だから、何かつい。あ、そうだ。明日休みでしょ? 料理付き合ってよ」
「めんどくさい」
「即答しないで! 私の悩みに付き合って!」
努力は認めるけれど、正直、僕は哀れまれても良いのではないだろうか。
せっかく作って持ってきているという好意を受け止めて、これでも全部食べているから、褒めてくれても良いほどだ。
「はあ、次は僕が食べたいものをよろしく」
「ガネが食べたいものの話はしてないでしょー!」
「そんなこと言われ……分かった分かった、近づいてくるな。明日付き合うから」
そんな経緯があって、僕は明日の貴重な時間を、ソムのために費やすことになった。どうなることやら、不安しか感じない。
ソムが部屋を出てから、料理は一度目に届かない場所に置いた。
「何だ、ガネさん用事あるのか」
日が暮れ、再の一時にザイ君が僕を訪ねてきた。その理由は、明日ラオ君との試合に付き合って欲しい、というもの。
残念ながらソムとの約束が先に取り付けられているため、丁重に断りを入れることになった。
僕としても、試合の方に顔を出したいのだが、あのソムの感じだと、優先した方が良いだろう。
「すみません、早く終われば付き合いますよ」
ザイ君にはそれで承諾して貰い、時間が許せば、という条件で、恒の三時以降に時間を作る。遅れることが前提での約束、ということで、ザイ君には予定通りラオ君と試合をして待っているように伝えた。
「ガネさんって休みの時何してんのかと思ってたけど、割と普通なんだな」
「逆に、どんなことをしてると思ってたんですか」
「いや別に、何ってことはないけど。そんな感じだから、難しい本読んでたり針とか剣の管理したりしててもおかしくないなって」
「そんな職業病みたいに言わないでください。至って普通ですよ。じゃあ、明日はそういうことで」
きっと屋敷生にとって、僕の講技はレベルが高いだろう。教育師や屋敷生の声を聞けば、そのくらいの自覚は出る。それでいてのその想像であれば、僕は意見する理由もない。
「うん、じゃあまた明日」
そう言って、静かな足音で部屋を出て行くザイ君を見届け、ソムから受け取っていた料理を再度机に持ってくる。
置いていったこの料理、どうにか頑張って食べるとしよう。
お世辞にもおいしいと思えないものを、自ら目の前に持ってきて、覚悟を決めてまで食べる僕は、お人好しだろうか。
(……はあ。僕も僕か。素直に置いておけばいいのに)
一口、口に運んだ後にじんわりとくる後味に、衝撃を感じながらも、飲み物と一緒に流し込んだ。
その後は、優れなくなった気分を誤魔化すように、すぐに体を休めた。
○ ● ○ ●
翌日。朝早くに起きた僕は、昨晩食べたソムの料理について考えていた。よくよく考えてみれば、あれはポークパタタの見た目だった。そのポークパタタから来る後味とは思えない味が残ったことは、不思議でしかない。
このまま上達しないのであれば、直してもらわなければ、本人もずっと悩むことになるだろう。こうして時折前に出される僕も、いつかは拒否することになる。
あれだけ自然魔の能力は著しく、器用な一面もあるのに、料理だけは不器用らしい。
(……いや本当、気分が悪くなるのは目に見えているのに……食べなければいいものを……)
すっきりと目が覚めたはずの僕の顔は、鏡に映すと疲労の色を見せていた。講技で疲れたわけでもないし、血を流したわけでもない僕の顔色とは思えない。
そのうち胃でも悪くしてしまうのではないかと、多少の不安を覚える。流す程度に受け入れたソムとの約束だが、教えるのであれば、僕も本気で教えなければ。そんな使命感に駆られることになった。
しかし、何度思い返してみても不思議にしか思えない。何故、ポークパタタという料理から、後味として生のセルリのような苦みがくるのだろうか。
謎は謎しか呼ばなかった。
ポークパタタ=肉じゃが
セルリ=セロリ




