第二十七話 黒ノ纏ウ色筋―Ⅳ
オミと出くわしてから間もなく、俺は座学室内へと足を運んでいた。俺の姿を捉えたラオは、体調を心配して顔色を窺っていた。
「……過保護め」
「心配してるんだよ。滅多にしないことしてるわけだし」
「大丈夫。さっきオミに会って、ちょっとだけ励ましてもらったから」
自身の書が置いてある席について、ラオとシリスに進捗を尋ねると、チェインとユラが追い付いてきたところだという。図らずとも、良いタイミングで戻って来たようだ。俺が書を開き始めたのを見てか、シリスはにこりと微笑んで、俺の前に座り直した。
「ちなみに、何て励まされたの? ザイヴ君が自分から書を開いてるくらいだし、凄いこと言われた?」
「んー? 正直よく分からないんだよ。でも、オミは優しいし、疲れてる俺に話しかけて頑張れって言ってくれたし、まあ、ネガティブにはなれないなって思って」
「ザイの苦手意識は何にも劣らないと思うしね。それで? 何でネガティブになってたの? 頑張っても自分が足を引っ張るかもって思った?」
「うわ、エスパーかよ……」
ラオの分析力には頭が上がらない。現に、その思考に押しつぶされそうで、この部屋を去ったところだったこともあって、ぐうの音も出ない。
「やっぱりねー、責任感はあるから、そんなところだろうって思ってた。でも、分かんないよ、これだけ頑張ってるから、ユラもチェインも抜いて健闘できるかもしれない」
「オレをバカにする流れじゃねーだろー!?」
「しょーがねえなー、今回はオレがビリで妥協してやるよー!」
「ユラのその妥協は何の意味もなさないからやめてくれる?」
シリスの普段より低音での発言も、ユラは笑って受け流している。お調子者のくせに、その性格に今だけは気持ちが安定していくような気がして、何も突っ込まなかった。
「さて、じゃああと少し頑張ろうか。明日は講技も座学もあるから、早めに休も」
ラオの呼びかけで、今度は五人全員が輪になるように頭を寄せ合い、勉学に勤しんだ。
その時間が解散されたのは、恒の一時を過ぎた頃だった。
昼食を取るべく、ラオと共に食堂に入ると、ガネさんの姿を見つけた。その目の前には、ソムさんもいる。傍から見ただけでも仲が良いことが分かる二人が、偶然にも揃ってこちらを見た。察し力は相変わらずのようだ。
「今から食事ですか?」
「うん、今まで座学室にいたから。あ、ちょうどいいや、これ、座学室の鍵」
ガネさんに許可を貰って開けていた座学室。その鍵は、もちろんその主であるガネさんに返すべきもので。ラオがまっすぐに腕を伸ばして、ガネさんに渡した。
「わざわざすみません。調子はいかがですか?」
「まあ、何とかなるかもしれないってところかな。ザイも頑張ってたし、今回は座学で下位とらないんじゃないかな」
俺のことを上げようと、フォローと共に肩を軽く叩いてくる。俺の扱いも、ガネさんの扱いも慣れた者ものだと言うように、うまく話を返した。
それぞれが選んだ食事を持って、四人がけの席に順に座っていく。最後に俺が座ろうとしたところで、ソムさんが話を続けた。
「でも凄いねザイヴ君! やればできるってことだね!」
「逆に何で僕の話を聞かないんでしょうかね……困ったものですよねえ」
「でも半分は聞いてることに気づいたから、集中力の問題だ……多分」
「なるほど。まあ、今度のグループ成績に反映されることを楽しみにしています。日程は急ですが、明後日にしましたので、頑張ってくださいね」
「また急だな……」
「いつまた、欠席しないといけなくなるか、分からないでしょ。君たちに合わせて設定しているんですよ」
そう言われてしまえば、反論もない。間違いなく、俺とラオは現在進行形で、〈暗黒者-デッド-〉としての役割を担っている身なのだから。
今はただ、設けられた明後日の時間が、普遍的に訪れてくれるように願うばかりだ。
「頑張る……」
「あれ、ザイ君珍しいですね。プリンは食べないんですか? 疲れた脳は甘味を欲しがるなんてありますけど」
「……不思議とそんな気分じゃないな。熱い汁ものだけで良い」
「もしかして疲れたら食欲がなくなるタイプだったりするの……?」
ソムさんのその時の驚愕の表情は、意味もなく俺の頭に焼きつくことになった。あまりにも衝撃を受けた顔を見せながらも、「羨ましい」と発言したことによって。
「疲れたら食べないと! 私いっぱい食べちゃうから!」
「あはは、でもソムさんあんまり疲れるように見えないから、そこまで食べる日もないんじゃないの?」
「……言われればそうだけど。ラオガ君、よく見てるよね」
「俺もさっきエスパー発揮されたところだから、ソムさんの言い分は凄い分かる。ラオは異常な分析者」
「異常な分析者」
俺の発言がツボだったのか。そう言ったソムさんは、口元を押さえながら必死に笑いをこらえていた。それを見たガネさんとラオは、見守るような目で食事を進めているのだった。




