第二十五話 黒ノ纏ウ色筋―Ⅱ
あの後、すぐに座学室から出た俺とラオは、何気なく日常に身を寄せていた。〈暗黒〉を知る以前のように、何ら変わりない“普通”を。
怪異を知って、怪異と共に多くの戦いに身を投じてきたわけだが、この何事もない日々が、とてもつまらなくも思える。大変な思いをしていることに間違いはないが、それはそれで、俺たちの充実なのかもしれない。
俺たちを直接支えてくれている怪異たちは、現在も〈暗黒〉で自由に過ごしていることだろう。
夕食をとり、各々の部屋で一日の疲れをとるべく、この日はすぐに眠りについた。
薄暗い部屋で目が覚めたのは、翌、初の一時のことだった。
俺にしては早い寝起きで、着替えを済ませてすぐに部屋を出る。
昨日約束していた例の集まりは、初の四時からと聞いている。頭が痛くなる時間がやってくる前にと、ラオを誘って広間にやってきた。
「まさかこの時間にお誘いされるとは思ってなかったよ。緊張してる?」
「緊張っていうか、んん……嫌……」
「あはは、正直だなあ。まあ、みんな寛容だし、分かんないところはみんなで教えるから」
そんな話をしたところで、竹剣を手に取り向かい合う。時間があればこうしてラオと試合をしているが、実力が均衡状態にあるためか、毎回決着はつかない。初めは慣らしで振っている腕も、徐々に互いに本気を見せていく。
いつものことながら、この時間の後は呼吸が乱れて仕方がない。
今この時も、ラオの振る竹剣を凌ぎながら隙をついてやろうと窺うが、簡単にはいかない。
「はあ、っおらあ!」
「取らせるか!」
俺がラオの動きを抑えるのと同様に、ラオも同じく俺を追う。こんな決着のつかないものでも、俺としては満足だった。
竹剣がぶつかり合い、互いが精一杯の力をかける。どう動けば意表を突くことができるか、体勢を崩せるのか。そんな意識で捕らわれている。
と、そこに、聞き覚えのある声を持つ者が現れ、意識は移動した。
「あれ、君たちここにいたんだ」
穏やかな声色のその言葉で、俺たちは力を抜いて竹剣を下ろす。向けた視線の先にいるのは、シリスとチェインの二人だ。
「待てなかったの?」
「簡単に言えば、ザイの現実逃避かな」
「ああなるほど、居たたまれなかったわけだ」
ラオとシリスは悪気のない様子で話している。それに対して突っ込む気力も起きず、横に来たチェインに広間に来た理由を尋ねた。もちろん、ここに来るということは本来の目的は試合だろうが、何度も言うように初の四時からはグループで集まる約束がある。確認すると、まだ初の三時を過ぎたばかりだ。
「別に大した理由はねーよ。時間まで暇だし、どうせなら体解すかって話になって来ただけだ。ユラはいねーんだな」
「俺がユラを誘うと思う……?」
「いや一ミリも思わねえ。誘われても行かねえと思う」
その言葉を発するチェインの顔といったら。スッと真顔を見せ、正論をずばりと言った。彼らに至っては、ユラのことが苦手というわけでもなさそうだが、俺を対象とすればそうなるのだろう。
「さすがだ、その通り。ユラは一人で来るだろ」
「オレの名前が聞こえたなー! 何々? 呼んだ?」
「早速現れたところ悪いけど、ザイ君は呼んでないみたいだよ。ユラは早いね、何で来たの?」
「え!? シリスそれどういう……いやいいや。何となくここにいるかなーっていう適当だけど。何だ、揃ったじゃん。もう今からやろうぜ」
思いの外暇を持て余していたいたらしく、約束より早い時間から、座学の内容に取り掛かることとなった。俺とラオはある程度体を動かしていたこともあり、俺の気持ち的には、特に否定的にはならなかった。
所変わって、座学室。揃って朝食をとってから、ガネさんに頼んで部屋を開けてもらい、たった五人で席について書を広げる。改めて見ると、びっしりと多くの分類で記載があるものだ。基本クラスの時にもまともに見ることはなかったが、分量的には恐らく、増えている。
「ザイ君はどれくらい聞いてる?」
「どうかな……興味ないと丸々聞いてないこともある……昨日のは前半は聞いてた」
「わあ……これは大変だ。チェイン自分でやっといて。おれザイ君に教えてあげる」
「ああ? オレの心配してんなよ。こん中の最下位間違いなくザイヴだろ」
全く、返す言葉もない。しかしユラよりも下ということは、どうあっても俺自身許せない。気に喰わない相手よりも下、というのは、きっと誰でも不快だろう。
「それ言われたら終わりだ……見てろ、ユラだけは越す」
「えっ、基準オレ!? オレも割とバカなんだけど!」
「てめえそれは俺をバカにしてるのと同じだ! お前なんか一人で書でも読んでろ!」
「ザイちゃんをバカにしたつもりはないけど……まあバカにしたかもなあ」
「黙れよ」
本当に、癪に障る男だ。関わっていると苛つきが溜まっていく、と俺から話を区切って、シリスとラオの話を真剣に聞いた。




