第二十三話 黒ノ覚エノ途―Ⅲ
座学の時間が終了し、恒の四時を迎える頃には、俺たちは解散し、各々が自由な時間を過ごしていた。漏れなく俺たちもその自由な時間の真っただ中にいたのだが、先程のウィンの提案もあり、さっそく剣術の自主練をするために広間に来ていた。
「私、多分不器用だから。ザイの見てても全く分からないの」
「ええ……じゃあ俺が教える意味ある?」
「ないかもしれない! 一緒に練習する口実!」
驚くほど正直な発言でも、ウィンが相手だと何も言う気にならない。というよりも、ウィンが自分の欠点を分かっていて、それに対して真面目に向き合っていることを知っているから。
加え、前提に自分をマイナスにもってくる発言があり、俺はそこに対してつっこめない。
「ねえねえ、リカナって何であんな弱気なのに、ここに入ったのかな。何か、性格と全然合ってない気がしない? だから凄く気になって、友だちになったんだけど」
「ああ……それは確かに。でも人それぞれ理由があるものだと思うよ。俺とウィンなんか、ラオに会いたいがために入ってきたんだし」
「まあ、そうなんだけどね。……よし、ザイ! 勝負だ!」
話を切り替えたウィンは、竹剣を手に俺の前に立つ。長期休暇中にはよく一緒にここで自主練をしていたものだが、座学が入った以上、俺の頭は疲労困憊だった。
「……勝負すんの?」
「あっ、もしかして疲れてる? そっか、休暇前もそうだったもんね! 座学に弱いなあザイはー」
「分かってんじゃん……まあ、試合はしないにしても、ウィンの自主練には付き合うよ」
何だかんだと言いつつも、ウィンの懸命さには負けてしまう。一人で自主練なんて、素振りをするほかないのに、俺の言葉に対して笑顔を向けてくれた。
「じゃあ、ザイは今だけ教育師だね!」
「うわ、すげープレッシャー感じた。……いいよ、気になるところは言う」
「よろしく~」
俺たちの自由時間は、こうして過ぎていく。こんな日々が続く中で、何度か、ウィンは剣術屋敷に来る必要はなかったのではないかと感じることもあるけれど、三人でいての平穏だと思うと、一緒に来ることができて良かったと思う。
ここにいる限り、やるべきことは定まっている。それならば、少しでもその力になることができれば良いと、この時は思っていた。
―数年先の未来で、俺の異能に巻き込まれてしまうことなんて。想像もしていなかったから。
日が傾き、外の明かりが失われてくる。ラオが俺たちと合流して、良い時間になったと、食堂に赴き夕食をとる。思った以上に疲れが見えていたが、それが応用クラスなのだと、言わずもがな、実感した。
「へえ、じゃあずっと二人で広間にいたんだ。部屋にいないわけだ」
「あ、部屋に来た? ごめん」
今日の一日の中であったことを、食事をとりながら話し合う。笑い話から、俺がバカにされた話まで。ホゼ教育師に対しての俺の対応が、ラオにとっては信じられないと、口元を押さえて絶句していた。
「……ザイは度胸あるよね。本当、尊敬するなあ」
「ん? もしかしてバカにしてる?」
「え、いやそこまでは」
「そこまでは!?」
食後の、俺の好物のプリンを前に、ラオからの一言が突き刺さる。ウィンが横から宥めてくるものの、結局は、そういうことだった。
「だって教育師だよ? 俺らなんかより数十倍強いし頭良い人たちだよ?」
「だからってバカにされたくはないだろ。ていうか座学がつまんねーのが悪いね!」
「本嫌いもそうだけど……本当に勉強が苦手だよね……」
人には得意も不得意もある。中でもそれが顕著なのが、俺のような人間のことだろう。
「あ、そうそう。そういえばこの前ラオからもらってた古着、作り替えたけどいる?」
「えっ、何作ったの」
「本のカバー? みたいなやつ?」
「何でそうやって裁縫は得意なの……その女子力ちょうだい……」
「ウィンはお菓子作りできるんだから女子力あるだろ。ていうか女子力でも何でもねーよ!」
そう、もう一つの得意といえば、簡単な裁縫だ。使い古したものを作り替えることは、これまでもいくつもこなしてきた。その度に、ラオやウィンに渡している。
「じゃあありがたく貰うよ。後で取りに行く」
「うん」
目の前の皿は、全て空になる。席を立った俺たちは、食堂の奥でせっせと料理を作っている調理員に、その皿を渡して扉の先に進む。
ラオが応用クラスに上がって、一緒にいる時間は減ったけれど。これが、俺たちの今ある日常となった。翌日からも、講技や座学で教育師から多くを学び、糧にし、実力へ結び付けていく日々が続く。
ゆくゆくは、俺たち自身がどうなるか。その先の未来まで、考えることになる日も近いだろう。
そして、その二年後。
事は、大きく傾いていく。




