第十八話 魔ノ赦シト共ニ―Ⅱ
体の自由が効き、魔物を使って行動を始めた吾々は、手始めに青郡に行くことにし、のんびりとその道中にいた。
空を行く魔物、地中を行く魔物、姿を見せぬ魔物、様々な魔物を使い、多くの情報を得るためにできる限り遠回りをした。結果、何時間という時間を使い、青郡の外れに到着した。
そこは、吾々がここを去った時とほとんど変わりなく、住民がわらわらと動き回っていた。あれから、青郡自体が立て直したのだろうが、短期間で活気が見られる場所になっていた。
「ふむ、これは凄いのぅ」
「おいルデ、あんまり堂々と歩くのは……」
「ああそうじゃな。……のぅシンマ、貴様はあの魔石、どう思う」
あの時、ザイヴたちが騒ぎに巻き込まれていた中心の物。ホゼが狙っていたと思われる、宝石のような輝きを持つ物。あれは、ホゼが狙うに値し、ザイヴらが守るに値するものなのか。その点から気になったが、アレは、ただの魔石とは思えない妖気だ。
「……オレは気持ちわりぃよ。何であんなもん、ここの人間が守ってんのか分かんねえ」
「吾も同じようなものじゃな。まあ、だからこそザイヴが守っているといったところか。あれはそこそこの特異を持っておるようじゃしなあ」
「あいつらは、〈暗黒者-デッド-〉って言ってたな。それが何かも分かんねえけど」
「……ほう。もしや、あの獣を調べれば分かるやもしれんのう。吾の魔物が使えそうじゃ……おい」
一体の魔物を呼び寄せ、ザイヴやラオガについていた怪異とやらを調べるよう指示を出す。平然と魔物に調査をさせているが、魔物のすべてがこういった頭の良い動きができるわけではない。それなりの高貴な魔物でなければ、意思疎通もそう簡単には行えぬもの。
「あいつは使える魔物か」
「ああ、人の言葉を発する稀有なものじゃ。ああいう魔物は、魔物族にとってはかなり信用でき、使えるものじゃ。……さて、どうする。堂々と動き回るわけにはいかんが……吾とて考えなしにここへ来たわけではない。一つだけ手立てを知っておる」
「は? 何で?」
「……ギカという名の、ザイヴの友人。顔を合わせたことがある。吾が敵でないことも分かっておるはずの人間じゃ。少しは頼りにしてもよかろう」
「……お前変わったな。自分から人間に関わるなんて、昔はしなかったじゃねーの」
「ここまで来たら、変わるしかあるまい。既にザイヴらを使ってしまっておる、今更人に頼らぬなどせん。……奴の居場所まではさすがに分からぬが……まあ待てばそのうち相まみえることじゃろう」
そうして、目的の人物が現れるのを気長に待つことになったが、一人で待つわけではない。魔物にも仕事を頼んであることを考えても、その報告が随時来ても構わないよう、陰ながら青郡の様子を窺った。
ひっそりと木陰で座っている時間。数体の魔物が吾の元に集まってきた。吾に群がる魔物を見て、シンマは「慣れない」と言いながら、距離をとった。
しかし、戻ってきた魔物たちが寄越した情報は、その距離を詰めることになる。
「……なるほどのう。シンマ、どうじゃ?」
「すげえな……これ本当に魔物が集めてきたのかよ」
「ふん、優秀じゃろう。吾ほどになるとこのレベルの魔物くらい軽く扱ってやれるわ。……話をまとめるぞシンマ。貴様を誘導し、使っていたホゼという男。あれが狙っていた魔石は、青精珀という名で、青郡を守護するものじゃ」
「ああ、らしいな。その詳しいとこは、ギカっていうガキに聞くんだろ?」
その通り。さすがにレベルの高い魔物とあっても、詳しい事情にまでは介入できぬというもの。吾々ができるのは、薄っぺらく俄かにそれを知る程度。後のことは自ら首を突っ込むほかない。
「……怪異、か。ふん、世の裏側とは興味深い。なるほど、その特異であれば、あいつが狙うのも致し方ないのやもしれんなあ。いやしかし、そんなものに吾は関わったか」
「人間の癖にそんな変なもん持ってるとなれば……まあ、巻き込まれるわな」
魔物の収集力の甲斐あって、吾々が絡めとられた薄い表面的な部分が露わになった。ここから先は、ギカを捕まえて聞き出すに限る。
あとどれだけの時間待つことになるか、と魔物を帰し、前方に目を向けた時だ。何という良いタイミングか、目的の人間が視界に入った。
「……出てくる」
「あ? いたのか」
見つけたものを流す程暇ではない。すぐにでも話を聞こうと、シンマを置いて吾一人で、声をかけに行った。振り返ったその顔は、驚きと、焦りで、強張った。
「すまん、怖がらせる気は毛頭ない。……話を、聞かせてくれぬか」
「お前……! ザイヴの話だと……すげえ怪我だって……」
どうやら、あの一件で吾々に起きたことは、ザイヴの口から伝わっていたらしい。あの時は関わっておらぬ人間に、そうして話が行くなど想定外だったが、それはそれで話が進めやすい。
「あれから何日経ったと思っておるのじゃ。まあそれは良い、今や吾が貴様らと敵対する理由はない。貴様が知る、あの魔石のことを話せ。このままでは引き下がれぬ、貴様らの力となってやる」
「……はっ、本気で言ってんの? 一度はオレたちを襲っといて? 信用できねえよ。……って言いたいところだ」
その顔は、一度俯き、黙る吾の顔を再度見上げて、拳に力を入れていた。
「だけど、ザイヴはお前たちのことを本気で心配してた。力があるなら、貸してくれ。あいつらに……!」
その目は、口元は、真剣そのもので。この人間が言った通り、この手で手に掛けようとしていたのに。目の前の人間は、吾が思う以上の力で、土を踏んでいた。
「人が好すぎんだよ、あいつら……! それでいて、世界を背負ってるなんて、オレだったら耐えられねえ! あいつに手を貸せるなら、頼む……!」
自分では、彼らの場では力になれない。それが分かっているという。何と賢く、何と非力で、縋ることしかできない人間だろう。しかし、その心情には、同意せざるを得ない。
「……良かろう。吾の力をもってして、使われてやる。何にせよそのつもりで話をしに来たのじゃ。そこまで言ったからには、話すじゃろう? シンマも近くにおる。吾といるところを見られては貴様も気が気でなかろう。茂みで良ければじっくり話せる。……時間を取れるか」
「……もちろんだ」
―ああ、人間は。情が深い。あの少年がそれだけの器ということかもしれないが、ここまでとは。それならば、吾は応えねばなるまい。
吾の都合に巻き込まれ、怪我を負ってまで協力をしてくれた彼らに。今、立ち向かうべき相手に。
吾が返すことのできる最大限で。