第十四話 灰ノ忘レヌ郷ノ魔―Ⅳ
「ちっ、少し遅かったか……! 穏慈くん、抑えておけ!」
「……っ! 何だよ、お前化物じゃねーか……!」
ダイスもその気に気押されたのか、少し後ずさって剣を構えていた。
穏慈が覚醒を解こうと、俺の動きを必死に抑えるが、俺の抵抗は止められない。人が人を見下して傷つけるのは、どうしても許せなかった。
「お前はあの時もいたやつだな。ザイヴ君があそこまで怒るのは自分のためじゃない、人のためだ。どういう話があったかは知らないが、お前はまた人を傷つけて繰り返す気か」
「森凱を守ろうとして何が悪い! 守ろうとしてやってることだ!」
「それが不必要な傷を残すとしてもか? だったら聞くが、ガネが出て行ったことで、大きく変わったことはなんだ? ガネにも罪はある。それでも更生して、徐々に気持ちや信頼を取り戻して、今人に教える立場にいるんだ。お前は、ただ目的のために盲目になっている部分もあるんじゃないのか!」
その言葉を聞いた俺は、少し落ち着きを取り戻し、その気を抑えた。
ルノさんのその言葉は、今の俺にも言えることかもしれない。怒りがために、自分が持つ異能を解放してしまうところだった。
『……ザイヴ、大丈夫か』
「び、びっくりするくらい怒った……」
『そのようだな』
ルノさんの言葉で、ダイスも少し落ち着いたようで、剣を持つ手を力なく下ろした。その方は、僅かに震えている。改めてダイスを見ると、その顔は、崩れていた。
今まで作り上げた守ろうとした力を、ぐちゃぐちゃにかき乱された本人の中で、俺たちが伝えたことを受け入れようとしているのだろうか。
「……何だ。守ろうとしてたのに、傷つけてただけだってのか」
「……お前たちにとって、あの頃はガネを悪者にしていても仕方なかったかもしれない。だが、変わらない魔物の出現を見て、どこかで気づいていたんじゃないのか」
「はっ、全部分かってるような言い方じゃねーかよ」
「俺は屋敷管理の本部長だ。世の動きも、大体把握してるに決まっている。……今からでも遅くない。守り方を変えるんだ。お前には、その力があると思う」
人に伝えることは、本当に難しい。人の誤解や思い込みを解消することも、本当に難しいことだ。それを、感情でどうにかしようなんて、悪い方向にいくばかりであることは明白で。
「くそっ……」
話が分かる相手だということは、話をする前の行動で察していた。話せば、理解できれば、そう受け入れてくれる。
きっと、これは。言葉は、人間にとって必要なものだから、難しいものなのだろう。
「ザイヴ君、平気か。全く、お前まで世話が焼けるとは」
「え?」
「……ザイヴ君がここに来るのは火に油だと言って、自分がフォローに行くって言ってな。まああいつの境遇を知ってる俺からしてみれば、先日起きたことを踏まえ、あいつがまた手を染めかねないと思って、無理矢理俺が出てきたわけだが。前から思っていたものの、お前らは似たところがあるんだな」
「はあ!? 何で俺とガネさんが似てんだよ! むしろ逆だろ!」
癪に障るとは能くいった言葉があるもので、その“似ている”という発言は聞き流せなかった。思わずルノさんに対して声を荒げてしまったが、その前にいるダイスは、ぐっと口元に力を入れていた。
「……こないだも感じた。あいつ、オレたち集団を前にしても、最大限力を抜いて、ガキだけじゃない、他人を守ろうとしてた。そう考えると、悪いことしたと思う。気づくのが、それを認めるのが、遅かった……そういうことだろ」
「機会があれば、あいつにも一言、言えたらいいな。ザイヴ君、穏慈くん、帰るぞ」
何とか一段落した今回の調査の結果が、ダイスを筆頭にした森凱の人たちの心の改心になってくれることを願って。
俺たちは、その全てを持って、屋敷に戻ろう。次に森凱に来る時に、何か一つでも変わっていたら良い。その動きが、俺たちの成果にもなる。
屋敷に戻った俺たちは、真っ先にガネさんのところに向かった。ルノさんはそんな必要はないと言っていたものの、俺たちを心配していたというその人の元には、どうしても先に行きたかった。
そんな俺たちと同じだったのか、気が気ではなかった様子のガネさんは俺たちが探すまでもなく、先にその目に姿を映して歩み寄ってきた。
「ザイ君! 無事ですか?」
「うん、無事だよ。それより、調査のことが分かった。あんたに掛けられてる誤解も解いてきた」
「え?」
ガネさんは、その言葉に動揺していた。本来持っていた目的を果たし、それ以上のことを持って帰って来ていることに驚いているようだ。
調査の結果と、森凱であったことをガネさんに伝えようと、個室で話をするために、ガネさんの部屋に移動した。
「……なるほど。そんな魔物もいるんですね。害をなさない魔物、とは言っても、僕にとっては害そのものでしたけどね」
「まあ、それはそれとして。害がないなら、別にいてもいいと思う。人に迷惑かけないように放置するには、その区域を保護するのが良いのかなって」
「ああ、なるほど。……というかお人好しですね」
ガネさんには事の全貌が伝り、その表情は僅かに安堵を見せていた。ルノさんが言っていたように、俺たちを心配していたことの荷が下りたのだろう。
「そこを森凱から脱させるか、それとも囲いを作るか。保護をしたいのなら、この二択ですね」
魔物の保護など、一般の人間からすれば反対かもしれないが、生憎俺はそんなに心が狭いわけでもない。害がないというのであれば、俺はそれを守りたいと思う。
「ザイ帰ってきたんだ。おかえり」
話をしていると、どこからか情報を得たラオが、ガネさんの部屋をノックし、入ってきた。俺が出ていたことを知っているだけあって、色々と情報を共有しやすいだろう。
「ただいま。ラオも話聞いて」
「ん? 何?」
ガネさんに伝えた通りのことを、ラオにも説明する。すると、真剣に聞いてくれたラオは、保護することに反対することなく、また真剣に考えてくれた。
もしものことを考えれば、森凱から切り離す方が自然だろう、ということも言ってくれた。
「俺に一任できることじゃないし、何とも言えないけどね」
「……ルノにも相談してみた方が良いですね」
「ダメ。だ」
ルノさんから返って来た言葉は意外すぎて、俺たちは一瞬停止した。まさか、速攻で拒否されるとは思っていなかった。
「というよりも簡単にできないんだよ。知ってるだろ、青郡と光郡のお前たちなら」
「あっ、そうか……」
一つの都市が二つに分かれるということは、どういう理由であれ大掛かりなことだ。今回の場合は森だが、それでも、一角であることに変わりはない。難しい問題の一つだ。
「とにかく、事情は事情だし、保護はできる限り行う。でも、限界はあるからな。森凱の人間に協力を仰いだ方がいいだろうな」
「嫌です」
「お前も頑固だよな」
ガネさんがそう言うのも無理はないけれど、多分、方法としては協力なくしては保護することは困難だろう。その地の者の理解というものは、必要だ。
「とにかく、次はガネも森凱に行っても大丈夫だろうし、行ってこい。実際に見た方が、もっといい方法が浮かぶかもしれないだろ?」
という言葉は、建前だろうか。森凱でダイスに、機会があれば一言、と言っていたところを考えたあたり、きっかけを作ろうとしている可能性もある。本部長というだけあって、発言に無意味なことはない。
だからこそ、怖いところもあるところは否めない。
「ちっ……」
「凄い、今までにないくらい盛大に真っ黒な舌打ちだよガネさん! 俺も行くから!」
「……仲良いよな、お前たち」
「よくねえ!」
とにかく、ガネさんも気は進まないようだが、調査の結果から改善に向かわせるのは大切なことだ。それに、ダイスに至っては話をきちんと分かって、後悔までしていたほどだ。例え鉢合わせても、先日のように殺気がぶつかることはないだろう。
俺とガネさんは、明日にでも森凱に向かうことになった。