第十三話 灰ノ忘レヌ郷ノ魔―Ⅲ
調査を進めていく中で、ほとんど進展のない俺をよそに、穏慈は俺に声をかけてきた。どうやら掴んだようで、人の姿をとった穏慈は俺に手招きをした。
『この先だな。臭いが強い』
穏慈の鼻、というよりも、怪異の嗅覚はやはり並外れているようだ。気配以前に、物のにおいだけで判別がついているところを見れば、文句もない。魔物が出やすい原因まで行きつけるかどうかは別問題だが、この分であれば解決するに至れるのではないかと過信してしまう。
「穏慈は、このことどう思う?」
『……空気だな。我も森に入った時に感じたが、この周辺だけ妖気が強い。その中心に、何かありそうだ。しかも、これは短期間でできたものではない。徐々に魔物の出が増えていたのも、長期に渡って成長した妖気に誘われた可能性がある』
妖気が強いとか、可能性があるとか、最もらしい意見を返された俺の出る幕はなさそうだ。穏慈がいることで、先日辿り着かなかった部分をいとも簡単に引き当てることができてしまったのだから。
穏慈の言う“中心”に向かうと、そこには確かに小さな魔物がわらわらと動き回っていて、俺たちが来たことに対して驚いているように見えた。
その小物たちに対し、穏慈は今の状況を知るべく意思を通わせると言い、黙った。それは確かに行われているようで、小物たちは次第に動きを落ち着かせていった。
『……そういうことか』
「え?」
『この妖気の中心にいるのは、この小物らの親玉だそうだ。この種は、小物らに妖気を与えるために、地に潜り、何年もかけて、妖気を増大させる。土にある養分が餌だそうだから、死にはしないようだ。この妖気の強さであれば恐らく、ガネがここにいた頃には、既に潜っていただろうな』
俺の想像を超えたところまで聞き出してくれた穏慈には、有能さしか感じない。俺の活躍の場はなかったが、魔物が増えている原因が分かったことで、ガネさんに非はないことが証明されている。
その親玉がここを選んだ理由までは見当もつかないが、俺にとってもここの自然は心地良い。魔物も、それに釣られたのではないかと、そう自分を納得させた。
「人間に危害を加えることはないんだな?」
『どうやらそのようだ。人間が勝手に怯えて、勝手に始末しようとしているだけだ。虫と同等の扱いだな?』
「……そうだな」
「おい、そこにいる奴ら。何してる……って、こないだのガキじゃねーか」
調査を進めている中で、気づいたときには遅かった。振り返るまでもない。
その声で、すぐに背筋が凍った。俺を殺そうとした、ダイスという男。彼がそこまできていたのだから。
俺の様子を見た穏慈の察しの良さに、感心する。すかさず俺の前に立つ穏慈もまた、殺気立っていた。
目の前のダイスは、以前と変わらない目で俺たちを見ていた。ガネさんに代わって穏慈がいることに違和感を覚えたようで、すぐに剣を構えてた。
『……手を出せば命はないぞ』
「あ? ガネ=イッドはいねーのかよつまんねーな」
昔から変わっていないというだけあって、ガネさんを標的にしているのは間違いないらしい。しかし、その考えはひっくり返すことができる。それを、事情を把握した俺たちは彼に説明するべきだ。どうにか理解してもらわなければ、この人たちもずっと解放されないだろう。
「聞いて欲しいことがある」
そう切り出すと、話は分かるようですぐに剣を下ろした。
しかし、その切っ先は若干斜めを指している。力は入っているのだろう。
「ここの魔物のこと、あんたたちはどう考えてんの」
「そりゃーあいつの仕業だろうよ。あの頃から出始めたんだ。そう思うだろ」
「じゃあ、それを覆す真実があったら、それを受け入れるのか?」
「……何が言いたい、ガキが。オレに」
穏慈は横にいてくれているが、一度向けられた恐怖を覚えている俺は、その威圧に押されかけた。ただ、口だけは、動かそうと必死で、さっき分かったことを詳しく、話した。ところどころで穏慈が口を挟み、どうにか伝わってほしいと、そう願って。
「なるほど。お前らはそれを調べに来てただけってか。確かに話は合ってる。時期が重なっただけで、あいつがいなくなった今でも魔物が増え続けている事実も分かってやる」
「……分かって、くれるのか」
「でもそれだけだ。森凱の人間を殺傷したことは変わらねえ。どうせ昔から飛びぬけて強かったんだろ、理由に乗せて剣振り回す危険人物じゃねーか」
俺はその瞬間、ぞくぞくと頭に血が上った。話を聞いて、理解してくれたのはありがたい。しかし、ガネさんが起こした事実の思い、苦しさは、まるで自分には関係ないという口調で、汲み取ろうとしない。
悪いのはガネさんだけだと言われているようで、思わず歯軋りをしていた。
「その原因を作ったのは、魔物でも何でもねえ、あんたたちだろ! ガネさんの身にあったこと、本人やルノさんから全部聞いてんだ、隠せると思うな!!」
「ちっ、あいつもいんのかよ……。でもそれで? どうしたってんだ?」
「勝手な決め付けで人の心を壊しといて、その責任は何もないってのかよ! あの眼だから、お前らからすればそりゃあ都合の良い理由作れただろうな! そのせいでどんだけガネさんが苦しかったか分かんのかよ! 傷つけて追い出そうとして殺そうとして! 責める前にお前らがしたこと考えたことあんのかよ!!」
『……ザイヴ、落ち着け。そのまま暴走する気か?』
冷静なその言葉で、俺は我に帰った。過去を知っている分、感情的になってしまったが、俺の心に反応して能力が出てくる時がある。こんなところで、それを出すわけにはいかない。
「知ったことかよ、害があんなら排除しようとするもんだろ!?」
『ザイヴ、気が暗い。抑えるんだ、覚醒するぞ』
腹が立つ。ガネさんは、人を見捨てるようなことはしない人だし、何より、人をよく見ている。良いところはたくさんあるのに、人間そのものを見ずにそんな風に吐き捨てて、自分たちがしたことを棚に上げる。事情が分かった今、自身にも非があったことを認めるくらい大人になっていても良いところで、意地を張って自分が悪者にならないように必死で。
「クズだな……」
俺の中の恐怖は、完全に怒りに変わっていた。もしもこの場で能力が出てきたとしても、俺は構わない。自分の勝手で人を巻き込む奴に、ろくな者はいない。
「……何て言った?」
『! 待てザイヴ、抑えろ!』
「聞こえねえなんて言わせないからな……クズだって、言ったんだよ!」
「そこまでだ!」
ルノさんの声が耳に入ったところまでは、何となく分かった。しかし、俺を纏う空気は、既に〈暗黒者-デッド-〉のものに変化していた。それも、俺なりに分かっていた。