第十二話 灰ノ忘レヌ郷ノ魔―Ⅱ
「あれ? どうした、剣なんか取っちゃって。相手にはしないんじゃなかったのか?」
「状況が変わりました。強行突破します」
「気づいたのか」
あの時の二の舞にならないように、鞘ごと剣を持ち、姿勢を低く構える。状況的に、ザイ君にも手伝ってもらわなければならなくなった。
「ザイ君、殺さなければ何でもいいです。ここを抜けますよ!」
「えっ、わ、分かった」
ザイ君には、確実に僕の後ろをついてくるように言うと、まず目の前にいる男を払い飛ばし、走った。殺気の割には、手応えがない。
「ザイ君ついてきてますか!?」
「大丈夫!」
森の周囲に控えていた森凱の人間にも脅しをかけ、一気に森を抜けた。
「武器はもういいでしょう、今日は」
「待ってガネさん!」
「! ちっ」
声を聞いて振り返ると、ザイ君の後ろには、手に持つ剣でザイ君を刺そうと腕を振り上げる一人の男がいた。ザイ君も振り向きざまに鎌で対応していたが、体勢が良くない。針術を使い、その男性の動きを止めた。
「……は、ありがと」
「いえ、無理をさせました。とりあえず今日の成果だけでも持って帰りましょう」
「うん」
「へえ、針の術か。おもしれーもん使うじゃねーの」
「……いい加減諦めたらどうですか。長居はしたくない、と言ったでしょう。……ダイス」
次は自らザイ君の前に立ち、ザイ君の腕を確実に掴む。森凱の中で、教え子に何かされたらたまらない。
「へー、名前は覚えてんだ。おいガキ。てめーもよくこんな化物と一緒にいられるよな。てめーはハメられてる、こんな奴といたら、てめーも化物になっちまうぜ」
「! お前……!」
感情的にならないように、なんてザイ君には言ったが、この言葉は聞き捨てならない。僕のことだけならまだしも、ザイ君に向かって言うことは、許せない。
「ガネさん! 俺はいいから!」
無意識に力が入っていたようで、ザイ君が自らの腕を引こうと後方に力を入れていた。武器を持つ片手にも、これでもかという程の力が込められていた。ザイ君が止めなければ、恐らく……。
「それに……」
その声が聞こえた時。ザイ君が何をしようとしているのか、何となく分かってしまった。
“化物になる”、その言葉は、ザイ君にとって何の痛手でもないようで、持っている能力の気を前面に出していた。
「!? な、なんだてめー…...!」
「ガネさんが咎められる理由は、どこにもない! 俺は、それを証明できる!」
「ザイ君、抑えなさい」
「……っ」
ザイ君もザイ君で、頭に血が昇っていたようだ。僕の現状を見たからだろう。本当に、ザイ君の持つ器というものは、大きいようだ。
「何だよ、今の気……! てめー何を……!」
「人は捉え方を間違えると、その視点に固執して、多くの情報を無いものとしてしまうものです」
「な、何が言いてえんだよ!」
「バカですか? お前は僕を化物だと言って、僕に敵意しか向けてきませんでした。つまり、思い込みで人は全てを疑うことができると言っているんです。その隣に倒れている彼も、もしかしたらなんて」
「ふざけんな!!」
「ああ、お前がさっき言っていたこと、しっかり説明しておきましょう。僕は、剣術屋敷、応用剣術担当教育師。経験からも、僕の方がはるかに格上です。それでも死に急ぎたいのなら、いつでも相手になりますよ」
言葉に詰まった男を放り、僕はザイ君と共に森凱を後にした。
こんな差別的な思考しかもたない人間を相手に、思いがけずに言ったその言葉。僕は、それを同時に自分に言い聞かせていた。
―不毛な争いには、手を染めなくて良いように。
......
あれから二日が経った日。間違いなく強い衝撃を受けていた俺だったが、調査の件もあり、ガネさんを引き継ぐ形で森凱に行くことにした。
顔を見られていることもあり、一人で行くのは危ないことも分かっていた為、穏慈に同行を頼んだ。森凱にいた人の様子を見る限り、俺が思い立って向かうことに、ガネさんについてきてもらうのも悪い。
それに、あの人間たちが言う“化物”は、俺だ。
『いつになく元気がないな。屋敷を出るまでは行く気満々だったではないか』
「そうなんだけど。話した通りだから、怖いんだよ。調査が目的だから、ルノさんに許可は取ってる。だからガネさんにも伝わると思うけど、やっぱり、森凱の人たちの疑いの目は深刻だった」
あの時に感じた恐怖はまだ体に残っている。でも、間を空けてしまうのは、二日前の調査に支障が出るかもしれないと、空いている俺が行こうという形になったのだ。
『ラオガを連れてこなかったのはなぜだ?』
「……ほら、俺は構わないんだけど。あいつは俺に何かあったら感情的になるだろ。俺に限った事じゃないけどさ」
『言われてみればそうだな。なるほど、我もそれは変わらんが?』
言われてみれば、そうだった。
森凱に到着し、以前とは違う、丘の近くから入ることにして、穏慈には遠回りをしてもらった。
森に入ると、先日に比べると明らかに目につく魔物が数体うろついていた。本当に、ここは魔物が出やすいようだ。
『ふむ、なるほど。ザイヴ、長居はしない方がいいんだろう?』
「まあ、そうだね。魔物の出所の調査と原因がまだなんだ。多い方に向かえば、分かると思うけど」
『その類であれば、我の方が適任かもな』
穏慈は怪異の中でも能力が高い。魔には魔で対応することが最適であることは、説明するまでもない。とりあえず、俺は周囲を見ながら地道に進めることにし、穏慈とは別行動になった。
―ルノが僕に事の流れを伝えに来たのは、ザイ君と穏慈くんが屋敷を出た直後のことだった。
「はっ!? ザイ君と穏慈くんを森凱に行かせたんですか!?」
「ザイヴ君が行くと言っていたからな。たった今出かけたところだ。調査は引き継がせる状態のほうがいい。危険は分かってはいるが、怪異が一緒だ」
「火に油を注いでどうするんですか! 特に、あのダイスに見つかったら……」
出くわしたら、何の躊躇もなくザイ君を傷つけるかもしれない。僕に黙って行ったところを考えれば、彼なりに僕に気を遣ったのかもしれないが、僕が気にかかっている理由は、あの場所だからだ。
「奴らは、未だにお前をその類だと思っているんだろう? だったら第三者が行った方が多少冷静にもなれるだろ」
「そうかもしれないけど、僕はともかく、ザイ君は本当に目の敵にされるかもしれないんですよ! 僕が嫌なのはそこです、今からでも……!」
「だったら、俺が行く」
「は……!?」
ルノの真剣な目を見て、うまく言葉が出なかった。口答えを許さない、そんな威圧にも感じられた。
「俺は、ガネを守ってきた一人だ。もちろん、ザイヴ君たちをそう思っていないわけじゃないが、俺は、お前がまた同じ傷を負うのを見たくない。それだけだ」
「でも……」
「ガネが、そうやって人を護れるようになっていることは認める。でも、そのために自分を傷つけることは話が違う。本当は、お前の針術だって、封じたいくらいだ。【無の針】は教えていないはずだしな」
それは、体内に影響する能力を、針術を自らに刺して発動することで無理矢理無効化する、いわば自己犠牲の針術。確かに、自分で調べて習得したものだ。ルノの手によって教えられてはいない。
ルノがもつ「護る」という意識は、僕とは違っている。
「分かってもらえると、嬉しいんだけどな。お前がそこまで言っているんだから、俺も動かないことはない。今日に限っては、俺が行動させてもらう」
「……わ、かり……ました」
反発しようと思えばできるのに、この時僕は、頷くことしかできなかった。