第十一話 灰ノ忘レヌ郷ノ魔―Ⅰ
二ノ章-灰-は、本編 三:過去ノ章過去編を読んでいると、より話が分かります。
―灰色の髪、灰色の目。そして、何よりも特徴的な形の、魔に類似しているという眼をもって生まれた男。疎まれ続けながらも、十六年間年過ごした場所、森凱で、ここ最近魔物がうろつき始めたという。
もともと、灰色の男が生まれた頃に、魔物の存在は近辺で確認されていたことはあるものの、気づけば魔物の動きは沈静化していた。そんな場所で、魔物を遠ざけるべく、森凱に住む者たちは武器を手に、人への危害がないように警戒を高めている状態に陥っていた。
そんな話を聞いた僕は、恩師であり、自らを屋敷に導いてくれた、現在屋敷を管理する本部のトップを務めているルノの勧めで、調査を兼ね、一度故郷の姿を見に戻ってみることになった。
決められた用事がある分の妥協をすることはできたものの、正直この足で森凱に行くことは気が重い。あの場所自体に、良い思い出など欠片もないのだから。
それに加え、どういうわけか、付き添いのようにやや後方をついてくる少年の姿もあった。
「……黙認していた僕も僕ですが、何でついて来ているんですか」
「成り行き。俺森凱に行ったことないし、ラオには適当に誤魔化してガネさんについて行くって言って出てきたから、いいだろ?」
「ザイ君にはあまりついてきてほしくはありませんでしたけどね。森凱にいる輩で、僕のことを知る人間は数多くいます。まあ、話をしたザイ君には言わずとも分かるでしょうけど、忌み嫌う方で、です。あまり感情的になると、痛い目を見るかもしれませんよ」
「……やっぱり、まだ残ってんのかな。その……」
「嫌な思い出というのは、どんな記憶よりも鮮明に残っているものです。あの人たちにとってみれば、僕の存在自体が強く根付いているはずです。時間が解決することもある、何て言いますけど、この件はきっと、解決なんてされないと思います」
ザイ君はその点に繊細で、それ以上触れてこなくなった。大人しく、僕の後ろをついてくる。 普段の少年として相応の姿とは違って、少しだけ申し訳なくなった。
「言うだけ言いましたが、場所としては良い場所です。森が多いので、空気は良い方ですよ」
「そうなんだ」
「僕たちの目的は調査ですが、森の空気に触れておくのも、悪くないですね」
しばらく歩き続けて、懐かしい景色を体で感じながら目の当たりにする、森凱の姿。 変わらない木々の数、変わらない人の数。時が止まっていたかのような、そんな森凱。
僕への視線も、やはり思っていた通りの様子が見えた。
「ガネさん……」
僕の後ろで足を止めたザイ君は、神妙な面持ちで俯いていた。どこか落ち着きがない。それもそうかもしれない、何せ、僕自身も気持ちが悪い。
「後……つけられてる」
「……そうみたいですね」
僕に気づいてなのか、来訪者だからかは定かではないが、ザイ君の不安そうな表情を蔑ろにはできない。幸い、屋敷で聞いた情報から、用のある場所は明白だ。ならば、とる行動は一つ。
「ザイ君、僕についてきてください。少し走りましょう」
その言葉を聞いたザイ君は、駆け足になる僕の後ろをしっかりとついてきた。僕が目標とする場所は、ルノと出会った場所でもある、鈴屑の丘。幼少の頃は特に気にならなかったものの、この近辺は昔から変わらない空気があった。
「……はあ、は……ここ……?」
「この場所の周りだけ、少し違うと思いませんか? もしかしたら、その理由が何か手がかりにならないかと思って」
今更どうこう思うつもりもないが、僕が魔物を呼んでいると言われていたのも、それが原因かもしれない。実際に、時期が重なってしまっただけのことを巧みに使った、粗探しだっただろう。
「じゃあ、この辺りに出る魔物を調べて、その先を追求するってことか」
「そういうことですね。追っ手が来ないうちに進めましょう」
そうして、僕とザイ君の二人で、周辺の探索を始めた。追手が来ないうちに、とは言ったものの、既に違和感はある。ただ、手を出してこない限り、相手にする必要もないだろう。
そう考えて、個人的にそちらへの意識を向けながら、魔物を探していった。
丘から少し離れると、森が広がっているこの場所。小さな魔物を見つけながら少しずつ奥へ進んでいくうちに、その分ザイ君と距離が離れていっていた。互いに動いているわけで、それも仕方ないことではあるが、僕が今感じているのは一種の敵意だ。ザイ君を探して、少し時間を空けた方が賢明だろう。
(全く……動きにくいったらないな)
大きなため息を吐いて、少し離れた場所にも届く程度の声量でザイ君を探す。数歩歩くと、ガサガサと茂みを走ってくるような音が聞こえてきた。
恐らくザイ君のものだろうが、慌てて足を動かしているような音に、僅かに警戒をする。
「ガネさん!!!」
姿を見せたザイ君の息は上がっていて、後方をやたらと気にしている。その様子から察するに、僕が感じている敵意を持つ者と遭遇したのだろう。
「早く、離れた方が……っ!」
―その敵意は、殺気に変わった。
悪いものであることには変わりない。人の殺気だが、確実にそれを超えているようだった。ザイ君の手を引いて、森の奥に走る。入り組んでいる場所で、そう早くは追いつかれないだろう。
「……この辺りまでくれば、時間は稼げそうですね……」
追っ手の気配が遠くなったことを確認してから、ザイ君を座らせた。
「何か、されましたか?」
「あいつ、ガネさんのこと知ってて……っ。連れならって」
「殺されそうになったんですか」
「すぐガネさんに伝えないとって思って逃げたら、凄い形相で追って……」
怪異との対峙も経験しているザイ君だが、やはり少年は少年だ。慣れない状況で、見知らぬものから一方的に殺傷されかけたのなら、息も上がれば声量も上がるだろう。
「しっ、……とにかく出直しましょう。この状態だと、少し不利です。森凱を抜けた先に、ひとつ小さな集落があります。その方向へ行きます」
僕一人であれば、いつでも相手になれるが、ザイ君が一緒にいる。こんな場所で穏慈くんを呼ぶわけにもいかないことを考えれば、不本意だが、一度引くべきだ。
しかし、すぐそこまで人の気配が迫っている。簡単には、動けないかもしれない。
「どこ行くって、ガネ=イッド」
「あっ……!」
「やっぱ連れだったのか、お前、剣術屋敷とやらの先公になってたんだってなあ? そいつは教え子か?」
その人物を前に、咄嗟に立ち上がって剣の柄に手を添える。相手がこちらを威嚇するのであれば、こちらも同様に返しても非を浴びることはない。
ザイ君は僕の後ろを動かず、強張った顔で目の前の男を見ていた。このまま戦闘になることは、避けなければならない。
「……生憎、僕の用があるのはこの森と鈴屑の丘です。お前たちじゃない、退きなさい」
「口調まで変わっちまってんのか。はははっ、目は相変わらずみてーだな」
「相手にする気はありません。僕もここに長居するのはご免なんです。もう一度言います、退きなさい」
ザイ君が、その言葉を発した僕に力を加えた。心境的に、咄嗟に衣服を引っ張っているのだろうが。その時に、僕も察した。
―囲まれている、その事実を。