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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」
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83.「疑似餌」

 ぞわぞわと背筋に悪寒が広がる。ヨハンの頭には邪悪で功利的な作戦が詰まっているに違いない。それらが彼の口調や表情に滲み出している。悲劇の(にお)いが鼻につく。


「一日って、どういうこと?」


 恐る恐る訊ねた。


「言葉通りですよ」


「説明して頂戴」


「よろしい」とヨハンは頷き、それからまた指を一本立てた。「ただ、その前に要求について話しておきましょう」


 嫌な予感がしてならない。


 彼は先ほどの笑みとは打って変わって真剣な表情をしている。そこには、なにがなんでも思惑通りに動かしてやろうという意思が表れている気がした。


「なによ、要求って」


「大したことではありませんよ。お嬢さんには今晩、死力を尽くして戦っていただきたいだけです」


 なあんだ、そんなことなら全然オーケーよ。任せて頂戴! ……と、そんな楽観的な気持ちになることは出来なかった。


 ヨハンが『死力』と言うからには、それは文字通り死の一歩手前、崖際で汗を散らしながら戦う必要があるということだ。


 わたしが言葉を返す前にヨハンは続けた。「それと、クルスさん。自警団は今晩、村の外には出ないでください。心配なら村の中を警備するといいです」


 クルスは怪訝(けげん)そうに首を傾げた。「なぜです」


「犠牲を出さないためです。あなたたちを軽視しているわけではありませんが、今晩の戦闘は苛酷なものになるでしょうからなぁ。あなたがたを守っている余裕はない。ご理解いただけますでしょう? 自分の身は自分で守れると口走るほどあなたは愚かではないはずです。これは余計な血を流さないための要求です」


 ヨハンにしては珍しい。てっきり使えるものはなんでも利用する男だと思っていた。


 クルスは憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべていた。


「なるほど。確かにヨハンさんやクロエさんほどの実力者は自警団にいません。しかし、これは村の問題です。我々が引っ込んでいることは出来ません」


 ヨハンになにか言わせる前に口を開いた。「ねえクルスさん。あなたの言う通り、これは村の問題よ。だけど、明日からの警護だって重要だと思わないかしら? もし今晩、自警団のメンバーが軒並み倒れてしまったら……。たとえ泉の魔物を討伐出来たとしても村は壊滅すると思わない?」


 風が吹き、わたしの髪がさらさらと踊る。


 思いは伝わったろうか。そうであってくれ、と願った。


 クルスは口元を苦々しく歪め、額に手を当てた。「しかし、なにもかも任せきりというのは……」


「なら代わりに約束して。あの村長が今回の『供物』のように妙なことをはじめようとしたときは、自警団が全力で阻止して頂戴。村長だからとか関係ないわ。あなたたちは自分の正義を信じて頂戴」


 いつの間にか曇天の切れ間は随分と広がっていた。今晩は晴れるかもしれない。月は出ないだろうけど、ささやかな星明りは見られるだろう。


 暫し黙考していたが、やがてクルスは重々しく頷いた。「……分かった。今夜はあなたたちに任せよう。なにか必要な助力があれば遠慮なく言ってくれ」


 ほっと胸を撫で下ろす。ヨハンがどういった思惑で自警団を待機させようとしたのかは分からないが、流れる血を減らす要求なら歓迎すべきだ。たとえ戦闘が苛酷になろうとも。


「それで、どうやって今夜だけで全部終わらせるつもりなの?」


 訊くと、ヨハンはニヤリと笑った。「ラーミアを引きずり出すんです」


「だから、どうやって?」


 全てを話さない限り承知しないつもりだった。作戦の全貌を知らないまま戦うのは二度とごめんだ。


 ごつごつとした崖が頭に浮かぶ。それを這い登ってくる子鬼の群も。


『関所』での戦闘では、確かに最小限の犠牲で済んだ。しかし、今回も同じとは限らない。なにより、戦いのさなかにヨハンによって想定外の物事が起きるのは避けたかった。あの悪趣味でえげつないサプライズを何度も味わっていたら身が持たない。


 ヨハンは相変わらずニヤニヤと薄気味悪く笑いながら「『関所』のときと同じ方法です」と答えた。


「やっぱり。聞いておいてよかったわ。――その方法は呑めない」


『関所』に溢れる子鬼どもを全てわたしが相手にすることになったら、と想定する。間違いなく朝を迎えることは出来ないだろう。一晩中神経を尖らせてサーベルを振るい続けることに加え、本来のラーミア討伐もある。


 とてもじゃないが許容範囲を大きく逸脱(いつだつ)している。


「なぁに、『関所』ほど寄ってくることはありません。これは約束出来ます。あのときは大量に引き寄せるために長らく魔術を使っていましたが、今回は事情が違います。ラーミアさえ引きずり出せればいい」


 確かに話の筋は通っていた。


 ラーミアを出現させるために魔物を引き寄せる魔術を行使する。現れてしまえば引き寄せを解除すればいい。上手くいっても魔物の数は増えるだろうが、すんなりラーミアが出てくれば問題はないだろう。


 ただ、ヨハンのやり方が気になった。それはわたしの知っている魔術だろうか。聞いたこともないような未知の魔術だった場合、信用するのは少々危険だ。


「魔術、って具体的になにかしら」


「大したものではありません。お嬢さんに疑似餌(アトラクタント)をかけるだけです」


 疑似餌(アトラクタント)については知っていた。使用する場面が少ないため、あまり目にすることはなかったが魔物誘引(ゆういん)魔術の一種である。任意のタイミングで発動させ、同じく任意に終わらせることも可能だったはずだ。


 特徴としては媒体(ばいたい)が必要であることくらいである。特定の人物を文字通り疑似餌として扱い、魔物を引き寄せるのだ。今回、その媒体はわたしということだろう。ヨハンの魔術を身に受けることは不快だったが、妥当な手段である。


疑似餌(アトラクタント)ね。……分かったわ」


 クルスはきょとんとした顔でわたしたちを交互に見ていた。魔術に関しては疎いのだろうか。


 しかし、説明を加える気にはなれなかった。余計な心配をさせるだけだ。


 問題は疑似餌(アトラクタント)で素直にラーミアが現れてくれるかである。戦術として妥当であっても、結果が伴わなければ意味がない。疑似餌(アトラクタント)自体は魔物の本能に訴えかける魔術ではあるが、目下研究中の分野でもあるはず。すべての魔物に有効だと、はっきり明言した書物は目にしたことがない。


 けれど、やるしかないだろう。


 一週間の滞在期間を一日に短縮出来るなら言うことはない。ニコルと魔王の邪悪な思惑は、きっと今も着々と進行しているに違いない。もしかすると、既に王都は彼らの侵略を受けているのではないか、とときどき思うことがあった。それを耳に入れないようにする目的でわたしを『最果て』に転移させたのではないか、と。


『もしも』について考えても仕方がない。結局は時間を浪費し、嫌な気分になるだけだ。今は目の前にある物事をひとつひとつ乗り越えていく。まずは今晩、目的を遂行し生き残る。とりあえずはそれだけ考えればいい。


「決まりですね。自警団は一旦待機、お嬢さんは疑似餌(アトラクタント)で了承。あとは目的を果たせるか否か、です。さてさて……少し休みましょう」


 ヨハンは大きなあくびをした。きっと彼も寝ていないのだ。わたしが村の掟に足を踏み入れていくのをずっと見ていたに違いない。


 そこまで考えて、急に腹立たしくなった。


「ねえ、ちょっといいかしら」


「なんです?」


「村長の家で交信魔術を使ったでしょ?」


「ええ。どうも無謀なことをしようとしていましたから」


「ということは、わたしの状況を掴んでいたわけね? 細大漏らさず」


 ヨハンは、いかにも困惑したように中途半端な微笑みを浮かべて頭を掻いた。そして黙っている。


「最低! 変態!」


 よほど平手打ちでもしてやろうかと思った。


「ちょ、ちょっと待ってください。勘弁してくださいよぉ、私は普段からそんなことはしてやしません。今朝の様子が妙に思えたから、念のためです」


「念のため、盗み見ていたわけね。気付かれないように、こっそり魔術をかけて」


 現に、ヨハンに魔術をかけられたことは全く気付かなかった。


 二重歩行者(ドッペルゲンガー)のときもそうだったが、彼が魔術を行使するときは察知出来ないことが(ほとん)どだ。卓越した大魔術師なら自分の魔力や魔術を隠蔽(いんぺい)することも出来るだろうが、ヨハンにそれだけの能力があるとは思えない。おおかた、隠蔽能力をひたすら尖らせていったのだろう。


卑劣。


「クルスさん、酷いと思わない!? うら若い乙女のプライベートを覗き見するなんて」


「うら若い乙女、って……自分で言うことじゃないですよ。それにお嬢さんのプライベートに興味ありませんよ」


 責めるわたしと飄々(ひょうひょう)とかわすヨハンを、困ったようにクルスが見つめるばかりだった。


発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。


・『『関所』での戦闘』→具体的には『31.「作戦外作戦」』付近参照

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