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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」
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79.「ハイペリカムの真実」

 ハンバートは顔色を変えなかった。クルスも同様だ。少し驚いたのは、ドローレスが僅かに目を見開いたことだった。


 その初老の女性も確かにわたしたちのやり取りを耳にしていたのだろうが、内面まで響くことはないと勝手に思い込んでいた。


 常に厳格な顔付きで沈黙を守る召使い。そんなイメージが染みついていたのだ。


 とはいえ変化はそれだけだった。ドローレスは沈黙を守り続けている。


 口を開いたのは、やはりハンバートだった。


「……風習を壊す? 馬鹿な妄想だ」


「いいえ、現実よ。わたしは守り神を自称する奴を討伐(・・)する」


 ハンバートは怪訝そうに眉を動かした。「討伐だと?」


 首肯して続ける。「そう、討伐よ。あなたたちが守り神と崇めてやまないソレは、夜を闊歩(かっぽ)する化け物――魔物でしょう?」


 クルスはわたしを見つめてあからさまな動揺を見せた。口元は緩み、瞳は震えている。


 なるほど、彼はそれについては知らなかったわけか。本当に『守り神』と信じて、供物を正当化していたのだろう。


「魔物か……。なんの証拠があってそんな馬鹿げた妄想を垂れ流すんだ」


「昨晩見たフードの人型魔物。あいつは明らかに異質だった。おそらく、奴が守り神だとわたしは見ているわ」


 でなければ、大剣でグールを討伐していた理由がつかない。村との契約のため、ほかの魔物を殺して回っているのだ。奴がその大剣で殲滅しているから、自警団は魔物との遭遇自体が非常に少ない。そういう理屈だろう。


 くつくつと、地の底から響くような不快極まりない音が部屋に流れた。軽視と高慢が手を取り合って口から這い出たような、そんな笑い声。ハンバートは暫くその笑いを止めなかった。


 やがて不愉快な音は鳴り止み、ハンバートは勝ち誇ったように言った。「やはり小娘だ。自分の視野でしか物事を把握出来ていない」


「なにが間違っているというの?」


「私はフードの魔物など知らん。結局お前は見誤ったままそれを真実だと思い込んでいる。馬鹿者だ」


 思わずムッとした。


 ああ、腹が立つ。どうしてこいつはこのような物言いしか出来ないんだろう。


「なら真実を教えて頂戴。守り神が魔物ってことは間違いないんだから」


 そうでないと、あの十字架と供物の意味が説明出来ない。


 しかし、ハンバートは見下すような目付きを投げかけるばかりだった。


 間違いなく、こいつは知っている。わたしが倒すべき敵について。


 思わず拳を握って立ち上がった。


「わたしはこの馬鹿げた風習を終わらせて犠牲を減らしたいのよ!」


「なんのために?」


「自分の正義のためよ」


 ハンバートは酷く冷たい目線をこちらに注いでいた。


 蔑視。はなからなにも期待していない、そんな思いが表れている。


「あなたは……子供が犠牲になることについてなにも感じないの?」


「何度も言わせるな。それで村が存続出来るなら私はそれでいい」


「子供を犠牲にせず、村を存続出来るとしたら? 条件はそちらのほうがいいように思えるけど? それとも、子供を生贄に捧げたくて堪らないのかしら?」


 ハンバートは歯を剥き、怒気を顕わにした。立ち上がり、わたしを睨む。「そんな奴はどこにもいない。私を(あざけ)っているのか? 馬鹿娘が」


「なら、わたしに任せなさいよ。あなたは信じてくれないけれど、あなたが信頼するクルスさんはわたしの腕を認めているわよ? 泉の魔物を倒す絶好の機会だと思わなくって?」


「だとしても、そのあとはどうなる? 泉の魔物が死んだあと、大量に襲い来る魔物は誰が殺す? お前が永久にこの村の面倒を見るのか?」


 ようやく守り神が魔物であることを認めたので、話は更に分かりやすくなった。


 しかし、ハンバートの言い分はもっともである。魔物が増えない保証はない。


 不意にクルスが立ち上がった。


「魔物は我々自警団が討伐します。そのために、これまで力を蓄えてきました。いつかこんな日が来たときのために」


 滑らかな口調。真剣な表情と、固く握られた拳。その言葉には、あまりにも誠実な力が(こも)っていた。


 実力はともかくとして、クルスがそのために自警団の研鑚(けんさん)を続けていたのは事実だろう。説得力がどうこうというよりも、彼が嘘をつけるような人間とは思えなかった。


 それはハンバートにも同様と見える。彼は苛立ちながら、それでもクルスを一喝することは出来ないようだった。


「……決まりね。村は自警団が守る。わたしは泉の魔物を討伐する。それでいいでしょう?」


 ハンバートは「しかし……」と口籠(くちごも)った。


「なにが問題だって言うのよ?」


 ハンバートはゆっくりとソファに身を落とした。「小娘。お前の実力で討ち取れる相手だろうか?」


「討ち取るわ。約束する」


「信じられん」


「あなたに信じてもらおうとは思わないわ。ただ、クルスはそうじゃない」


 クルスは頷く。「私はクロエさんを信じています。彼女は確かな実力を持っていますから」


 直後、意外なことが起きた。


 ハンバートが頭を抱えて俯いたのだ。いよいよ、彼にも逡巡(しゅんじゅん)が生まれているのかもしれない。


「ねえ、村長さん。信じてくれなくても構わないけど、わたしは魔物については随分(・・)詳しいの。少しでもいいから、敵について教えてくれないかしら?」


 (うなが)してもハンバートは沈黙していた。ここまできて黙られると、いささか困る。


 と、ドローレスが一歩足を踏み出した。相変わらず険しく整った無表情で。


 彼女の口がゆっくりと開かれるのが見えた。


「話しなさい、ハンバート」


 その声に、ハンバートはぎょっと面を上げた。「ドローレス? お前なにを……」


「全て、包み隠さず話しなさい」


 ハンバートは狼狽していたが、やがて諦めたように、大きなため息をひとつ吐いた。それから目を閉じる。


 それは追憶するような語りだった。




 青年ハンバートはその日、森へ出かけていた。山菜やキノコを採るためだ。採集に夢中になっているうちに辺りはすっかり日が暮れていた。


 そろそろ蛇が出る時間であることに気がついて、青年は村へ急いだ。近頃、夜の浅い時間帯に魔物が出るようになったのである。小さな蛇型魔物だったが牙には毒があるらしく、噛まれた戦士は毒の回り次第では患部を切り落とさなければならなかった。


 なぜ蛇が出るようになったのかは知らなかったが、どうもそいつらは北の森からやって来るようだった。青年がその日採集をしていたのは南側の森だったから、この時間帯でも問題はなかった。けれども恐ろしさは身体にまとわりついて離れない。


 ようやく村に帰りつくと、青年は目を疑った。


 破壊された家屋。地に倒れた戦士。恐怖のあまり動けなくなっている村人。そして、巨大な魔物とそれを取り巻く蛇たち。そいつの上半身は人間の女で、下半身は蛇の姿をしていた。その魔物は、長い尻尾でひとりの男を捕まえていた。


 青年は恐怖のあまり声を出すことが出来なかった。捕らえられているのは自分の父であり、村の長だった。


 蛇の魔物はゆっくりと尻尾を持ち上げて、丁度頭上で止めた。それから、異様に大きく口を開く。


 青年は目を覆うことすら出来なかった。父が締め上げられ、(ほとばし)る鮮血を魔物が旨そうに飲んでいる姿も、全て目にしてしまった。


 蛇は潰れた死体を放り捨てて、よく通る声で言った。「ああ、不味い不味い。子供の血が飲みたい」


 運の悪いことに、小屋の影で抱き合って震える姉妹が蛇に発見された。尻尾が伸び、姉妹の片方を捕まえる。青年は崩れ落ちそうになる膝を叱咤して駆けた。そして蛇に呼びかけたのである。「やめろ」と。


 興が削がれたように蛇は青年を見下ろす。


 青年は、娘を助けてくれるならどんなことでもすると叫んだ。なぜなら蛇に捕らえられた娘は、青年の初恋の相手だったからだ。


 蛇は青年に「お前になにが出来る」と脅した。


 青年は怯まず、必死で頭を回して、ようやく浮かんだことをそのまま口に出した。


「これから先……半年に一度、子供をお前にやるからどうか帰ってくれ。そして二度と蛇を村に送らないでくれ」と。


 蛇はニヤリと笑って答えた。「願ってもない」


 蛇は更に泉のほとりには近付かぬよう要求した。それを破った場合は、泉に生贄を投げ込め、と。


 青年に拒絶する力はなかった。彼女さえ解放されればと、そればかり考えていたのだ。


 青年の承諾を聞くと、蛇は「約束しよう」と答えた。


 それから「では、最初のご馳走を頂こう」と言って嬉々として娘を丸呑みにした。


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