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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」
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78.「銅貨と舌戦」

 ドアを開けようとしたところでクルスに肩を掴まれた。それも、思いのほか強く。


 やはり、責任にがんじがらめにされているのだろうか。


「邪魔しないで」


「違う! ……違うんです」


 クルスは息を深く吸って、吐いた。いつの間にか表情には精悍さが戻っている。


「……クロエさんが本気なら私も止めません。出来ることなら信じたいくらいです。しかし、あなたはあくまでも旅人です。いざとなったら――逃げ出すことも出来る」


 なるほど。クルスの考えは分かった。確かに、わたしは無責任な浮草(うきくさ)だろう。中途半端に逃げ出す奴と思われても仕方がない。


 しかし、だ。


「わたしが手を出さなきゃ、状況は変わらないと思わない? もしあなたが心の底ではこの馬鹿げた風習を壊したいと願っていたのなら、こんな機会は二度と来ないかもしれない。……全部を信用しろとは言わないわ。疑いはあって当然だもの。ただ、わたしも考えなしに首を突っ込むわけじゃないわ。それに、あなたはなにもしなくていい」


 どのくらい沈黙が流れたか分からない。クルスはじっとわたしを見つめていた。


 いや、わたしを見ながら自分の内面と向き合っているのだろう。


 やがて彼はポケットから一枚の銅貨を取り出し、視線をそちらに移した。


 なんの変哲もないコインだ。


「親父は戦士でした。私が子供の頃に病気で亡くなりましたが、たくさんの教えを残してくれたものです。これも、そのひとつ」言って、クルスは銅貨を軽く振って見せた。「迷ったときは銅貨を(はじ)け、と」


 微かな金属音がして、銅貨は宙に弾かれた。


 くるくると回りながら、やがて落下をはじめる。


 クルスはそれを宙で掴み、ポケットにしまった。裏も表も確認せずに。


「親父は言いました。一回銅貨に委ねてから自分で決めろ」そしてドアを開け放つ。「クロエさん――いや、クロエ。あなたに協力させてくれ」


 クルスは晴れやかに微笑んだ。




 村長の家屋に着くと、先ほど同様、クルスは声を張り上げた。そして鐘の音がしてドアを通り抜ける。


 やはりドローレスが先導して応接間へと通した。彼女も相変わらずの憮然とした表情だ。


 彼女は応接間のドアの脇に立ち、ハンバートを待つ様子だった。どうやら、今回は飲み物はないらしい。


 クルスとの事前の打ち合わせを思い出す。


 それは実にシンプルだった。「自分は嘘をつくことが極端に下手だから、感じたままにクロエを援護する」とのことである。


 不器用過ぎて笑いそうにもなったが、それどころではない。村長を説得させるためにクルスの助力は必要不可欠だ。早朝の応接間でいちいち彼に確認していたハンバート。依存しているわけではないだろうが、ひとつの指針であることは確かだ。


 それに、協力者がいることで精神的にも楽だった。


 しばらくしてハンバートが姿を現した。(いま)だにローブ姿のまま、ふらりとソファに腰かけた。


「お約束通り、クロエさんを連れてきました」


 クルスの言葉に頷いて応えると、手でソファに座るよう促した。


「小娘。お前の処遇が決まった」


 わたしが座るや否や、ハンバートは淡々と切り出した。


 性急な男だ。態度も口調も大嫌いなタイプ。


「そう。わたしはどうなるのかしら?」


 あえて余裕たっぷりに返すと、ハンバートは露骨に顔を歪めた。


「旅人といえども禁を破った責任は負う必要がある。よって、小娘よ、お前には泉で身を清めてもらう」


 身を清める。なんて迂遠(うえん)で、馬鹿げた表現だ。笑ってしまう。


 現にわたしは声をあげて笑った。わざとらしくケラケラと。


「なにがおかしい。気でも違ったか?」


「いいえ、正気よ。なんだか笑えてきちゃって……。ねえ、村長さん。素直に『殺す』って言えばいいじゃない」


 ハンバートの顔に怒気が(みなぎ)るのがありありと見て取れた。分かり易い男だ。


 一方でドローレスは厳粛に無表情を守っている。


「小娘……口には気を付けたほうがいい」


「気を付けるもなにもないでしょう? どうせ処刑するんだから。まあ、わたしは殺される気なんてこれっぽっちもないけど」


 ハンバートの拳がきつく握られた。(あお)るのもこの辺でやめておいたほうがいいだろう。


「ところで村長さん。この村って随分と子供が少ないのね」


 老人から表情が消えた。冷厳な顔付きでクルスを睨む。「クルス。こいつになにを吹き込んだ?」


 クルスに口を開かせないよう、間髪入れずに言葉を(つむ)いだ。「クルスさんのことはいいじゃない、どうだって。今はわたしと話しているんでしょう? ねえ、村長さん。答えて頂戴。どうしてこの村には、こんなに子供が少ないの?」


 一応、はったりだった。


 子供の数なんてそもそも確認していない。ただ、ハンバートに供物のことが伝わればそれでいい。


「それはお前の知ったことではない」


「あの十字架、随分と立派だったわ。どんなに暴れても倒れそうにないくらい」


 ハンバートの目付きはみるみるうちに冷えていった。


「小娘……どこまで知っている?」


「さあ」と肩を(すく)める。「どこまでも知っているかもしれないし、でまかせを言ってるかもね」


 ハンバートは立ち上がり「クルス!!」と怒鳴った。


 クルスは真剣な表情でハンバートと視線を交わしていたが、首筋に滲んだ汗が余裕のなさを物語っていた。


「貴様、小娘に供物のことを話したな!!」


 クルスの口が開きかけたところで遮った。「ねえおじいさん! 供物ってなにかしら!? 子供が少ないことと関係しているの!?」


 じっとりと、粘ついた沈黙。


 ハンバートは答えない。クルスも口を開く様子はなかった。ドローレスは言わずもがな、沈黙を守っている。


 少し落ち着いて話をすべきだろう。


「村長さん、立ったままじゃ疲れるでしょう? おかけになったら? わたしが知ってることを全部教えてあげるから、理性的にお話ししましょう。お互い、ね」


 ハンバートはクルスを睨みつつ、渋々といった調子で腰を下ろした。それから視線をこちらに移す。


「小娘、知っていることを全て話せ」


 相変わらずの口調に呆れてしまう。全く、この老人はどこまでも自分が優位に立っていないと気が済まないのか。


「この村で語られている守り神のことは全部知っているわ」


「クルス」と言いかけたハンバートを手で遮る。


「だから、今はわたしとあなたのお話しでしょう? 横道に()れないでくれるかしら。あなたがそんな態度だと一向に前に進まないわ」


 ハンバートは憎々しげに顔を歪める。


 そうだ。わたしにだけ悪意を向ければいい。


「ところで村長さんは守り神の姿を見たことがあるらしいけれど、どうだった? ぜひ感想を聞きたいわ」


「そんな大昔のことは覚えていない」と開き直ったようにハンバートは答える。


 一歩前進した。とりあえず、わたしが風習について知っているかいないか。教えたのは誰か。その無意味な問答はもう展開されないだろう。


「大昔、ね。確かあなたは青年だったらしいわね。元村長が亡くなって、新米村長が誕生したばかりの頃に守り神が現れた。素晴らしい偶然ね。あなたには神様を呼び込む力があるのかしら?」


「小娘、口を慎め」


「慎まないわ。あなたに対して礼儀は尽くしたくない。……子供を生贄にするような人間にはね」


 ハンバートは目を見開いて大きく息を吐いた。


 もし彼に魔術が使えれば、間違いなく戦闘になっていただろう。それくらい不穏な雰囲気だった。


「生贄ではない」


「生贄よ」


「村を守るためだ」


 その言い分には本当にうんざりする。「正当化しないで。村を守るために子供を差し出すなんて狂っているわよ? 自覚はあるかしら?」


 ハンバートは小馬鹿にするように鼻で笑った。精一杯の強がりなのだろう。あるいは、自分が優位にいると思い込みたいのか。


「部外者が、ぬけぬけと」


「あら? もう当事者よ。だってこれからわたしを処刑するんでしょう? 掟を破った罪人として。立派に泉と関係を結んでいるじゃないの」


詭弁(きべん)だ。お前は旅人として処分される。当事者ではない」


「馬鹿馬鹿しい。なにが詭弁よ。……まあ、いいわ。とにかく、わたしが言いたいことはひとつよ」


 指を一本立てる。


 ハンバートはいかにも不機嫌な表情でそれを眺めていた。


「あんたらの風習を叩き壊すわ」


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