73.「疑似家族と夜の入り口~あるいは煮豆戦争~」
夜が深くなったら迎えに来ると言い残してクルスは去っていった。自警団での打ち合わせがあるのだそうだ。
ご丁寧に煮豆と干し肉と丸パン、更にはゆで卵を籠に盛ってから出かけていった。自由に食べていい、報酬にしては少な過ぎるくらいだ、との言葉を残して。
三人で食事を摂りながら、今晩のことを考える。
以前ヨハンが訪れたときは、普段以上に魔物が出現したと言っていた。そこにノックスが加わるわけだから、数としては増加するだろう。
出来ることならノックスをつきっきりで守ってやりたかったが、そうなると彼を戦場に連れ出さなくてはならない。勿論そうであっても守り切る自信はあったが、万が一強力な魔物が現れたらその限りではない。加えて、彼に魔物の群を見せること自体避けたかった。
彼には平穏にこの旅を終えて欲しい。
将来ハルキゲニアで魔術を会得して前線に出るかどうかはノックス次第だ。
今、ノックスは庇護すべき非力な少年である。わたしに防御魔術が使えれば問題ないのだが、そうでない以上、無暗に連れ出すべきではない。クルスも警備をつけてくれると言ってくれた。どの程度まで守れるのかは定かではないが、現状はベストな判断だろう。
わたしが前線に参加せずノックスを夜通し守る選択肢もあるだろうが、さすがに不安だった。ヨハンが相手に出来る魔物の数は限界があるし、自警団のメンバーも同様だろう。世話になっている以上、前線に立たず犠牲を出してしまうことは耐えられない。
ぼんやり考えていたら、いつの間にか煮豆が消えていた。ヨハンが丁度最後の一粒を旨そうに呑み込んだところだった。
「ちょ! 煮豆……」
「残念でしたね。騎士様も我々の速度には追いつけなかったようですなぁ」とヨハンはニヤニヤ笑いながらノックスと顔を見合わせた。
ノックスはきょとんとした表情のまま、とりあえずの返事、といった調子で「うん」と呟いた。
思わず噴き出してしまった。それから、堪えずに笑う。ヨハンもからからと声を立てた。ノックスは不思議そうにわたしたちを交互に見ている。
なんだか、おかしくって仕方がない。そして、胸がじんわりと温かくなった。
それからはヨハンがゆで卵を丸呑みしたり、といった横暴が続いた。そこにわたしとノックスも参戦し、あっという間に皿は綺麗になった。
ヨハンは「食べ過ぎましたぁ」と腹をさすっている。
「食事をなんだと思ってるのよ」と半笑いで返す。
「食うことは戦いです」なんてふざけた調子でヨハンは笑う。
ノックスもぼそりと「戦い」だとか「満腹」だとか呟いている。
ふと、ミイナたちのことを思い出した。ミイナとジンと『親爺』。そしてアカツキ盗賊団。息の合った、幸福な疑似家族。
たくさんの足りないものを補い合って生きている彼らを懐かしく思った。
『親爺』は元気だろうか。ミイナはきっと気力も体力もあり余っているに違いない。そんな彼女をジンがそれとなく軌道修正する。全く、いい関係性だ。悪党じみた側面は同感できないが、なんだかんだ彼らのことは好きなのかもしれない。
そういえば、と思い出す。
「ミイナたちのことなんだけど」と切り出すと、ヨハンは腕組みをして首を傾げた。
「なんです? 突然」
「いえ、あなたがダフニーの警護を頼んでいたじゃない? もうハルと会ってるのかな、って」
ハルとネロ。ミイナとジン。もし会っているのだとしたら、無事和解しているだろうか。
「どうでしょうねぇ。まあ、再会していても不思議ではないでしょう」
「上手くいってるかしら」
「その辺はジンさんが手綱を握ってくれていますよ、きっと。団長さんだけなら少し危うい気もしますが」
確かに、その通りだ。「同感ね」
なかなか素直になれないからなあ、ミイナは。ハルをハルとして受け入れるのに少し時間がかかるだろう。それでも、きっと上手くやっていけるはずだ。
夜が更けてノックスがうつらうつらとし始めた頃に、クルスが現れた。
「そろそろ時間ですが、準備は大丈夫ですか?」
「ええ、いつでも大丈夫よ」
「ヨハンさんもよろしいですか?」
「勿論です」
ノックスの傍に寄り、彼の目を見つめた。「朝には戻って来るから、眠っててね。もしなにかあったら、逃げて。自分の安全を最優先してね」
ノックスは目を擦りながら小さく頷いた。この子をいじらしく思ってしまうのは、情が移っている証拠だろうか。
きっと、そうなんだろう。であっても、そのときが来れば毅然と別れるしかないのだ。
ノックスのために。そして、自分自身の使命のために。
戸外は薄っすらと靄がかかっていた。そのせいか、どことなく陰鬱な雰囲気だ。
門を抜けると、そこには既に自警団らしき男たちが各々武器を手に佇んでいた。
クルスがわたしたちを紹介すると、ヨハンのことは知られていたためか男たちに安堵の表情や喜びの声が広がった。
一方でわたしを危ぶむ声がぽつぽつと聴こえる。
「大丈夫か?」「まだ若いじゃないか」だとか口々に交わしている。
「クロエさんはヨハンさんも認めるくらい強いんだそうだ」
クルスの言葉を聞いても、男たちはどことなく不安そうな表情だった。
「お嬢さん、危なくなったら助けますからね」「遠慮なく頼ってください」なんて言われたが、どうも複雑な気持ちで「ありがとう」と返すほかなかった。
やがて門が閉まり、閂がかけられる重い音が響いた。
クルスはてきぱきと部下に指示を与え、それぞれが持ち場へと駆けていった。ヨハンは門前、わたしとクルスは南側の防衛である。
南へぐるりと回りながら、クルスの指示について考えた。東にあたる門前にヨハンと数人の男。南はわたしとクルスに加え、これまた数人の男。その他のメンバーはハルキゲニア側の門の防衛を指示されていた。
これでは北側が全くカバーされていないことになる。
南側へと歩きつつ、クルスに訊ねた。
「クルスさん。ちょっといいかしら?」
「なんでしょう?」
「なぜ村の北には警備を送らないの?」
クルスはこちらを一瞥した。「北は問題ありません。お嬢さん、ご心配なく」
深堀りしようかと思ったが、ヨハンの言葉が蘇る。立ち入るべきではないのかもしれない。北部は特別な造りになっているのだろうか。それとも、魔物を退ける仕掛けがあるのだろうか。
ヨハンは事前情報として、この村には『魔物除けの風習』があると言っていた。具体的なことについては教えてくれなかったが、その風習とやらが関係しているとみて間違いないだろう。
クルスはそれきり黙っていた。やはり、詳しくは話してもらえないだろう。
彼の機嫌を損ねることは得策ではないとヨハンは言ったが、野宿を強いるような人には見えない。ヨハンが過剰に歯止めを利かせようとしたのかもしれない。
南側に到着すると、魔物の気配が四方八方、あらゆる場所からぽつぽつと感じられた。気配から察するに、どれもグールだ。
「クロエさん。辛くなりそうだったら早めに声をかけてくださいね。私でもいいし、他の団員でも構いません」
律儀な男だ。不器用で、誠実。わたしの評価に関する彼の誤解を正してあげたほうがよさそうだ。
前方にグールが一体。ふらふらと歩を進めてくる。
団員たちはまだ動きそうにない。充分に引き寄せてから、全員で確実に倒す戦術なのだろう。
なるほど、手堅い。長い夜を乗り切るには妥当な方法だ。
けれど、わたしのやり方にはそぐわない。
呼吸を整えて駆ける。まだサーベルは抜かない。
グールの数メートル手前で一気に速度を上げ、真横を駆け抜けると同時にサーベルを抜き放った。
確かな手応え。
両手で抜刀するのは慣れないが、問題にはならない。
振り向くと、真っ二つになったグールが崩れ落ち、蒸発しつつあった。
その先で、男たちの丸く見開かれた目が見えた。クルスでさえ、口をぽかんと開けている。
そんなに凄いことをしたわけではないのだが……。
ニッコリ笑って手を振ると、クルスは顔を綻ばせた。
「確かに、ヨハンさんの言う通りだ。クロエさんは強い」そんな言葉が微かに聴こえて、なんだか恥ずかしいやら誇らしいやら、複雑な気持ちになった。こうも直球で感心されるのは珍しい。警戒や疑問を浮べるのが普通なのだ。
二体目、三体目の姿も前方に見えた。
さて、夜は長い。存分に働こう。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・「幸福な疑似家族」→アカツキ盗賊団の雰囲気を指してクロエは表現している。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』にて
・「ダフニーの警護」→アカツキ盗賊団の拠点である『関所』を奪還した報酬としてヨハンが要求したこと。詳細は『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて




