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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」
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幕間.「魔王の城~寝室~」

 窓から差し込む月光。その光が天蓋付きの豪奢なベッドを青白く染め上げていた。


 サイドテーブルには陶磁の香炉が置かれており、寝室全体に甘い香りが漂っていた。光源は壁に取り付けられたささやかな永久魔力灯と、月光のみ。


 ダンスフロアや食堂、はたまた書斎と比較すると小規模で、どこか秘密めいた部屋である。


 魔王はベッドに腰かけて唇を尖らせていた。一方でニコルは書き物机に向かっている。羽ペンを絶えず動かし、羊皮紙に(つづ)っていく。


 魔王は退屈そうに足をばたばたと揺らした。真紅のナイトドレスの裾がひらひらと踊る。


「ニコルー。そんなもの後にして、わらわを構うのじゃー」


「もうじき終わるから待っていてくれ」


 ペン先が羊皮紙を()く小気味良い音が室内に響いていた。


「『夜会卿』への返事なら明日でも良いであろう。早くわらわを構えー」


 いよいよベッドに寝転んで、じたばたと暴れ出した魔王。


 そんな彼女にニコルは苦笑を送った。


「すまないね。せっかくシフォンが届けてくれた手紙なんだ。早いうちに片付けておきたいんだよ」


 窓際には一匹の蝙蝠が大人しく室内を覗き込んでいた。『夜会卿』の使者である。蝙蝠は返答が仕上がるのをじっと待っていた。


 やがてペンの音がやんだ。


 ニコルは立ち上がって羊皮紙を筒状に丸め、最後に紐で(くく)った。そして窓を開け放ち、蝙蝠に差し出す。


「これを『夜会卿』に。彼によろしく伝えておいてくれ」


 蝙蝠は羊皮紙を足で掴むと、すぐさま飛び去っていった。


「……愛想のない奴じゃ」


「まあまあ。使者なんてあんなものさ」


 言って、ニコルはベッドに腰を下ろす。それを待ち構えていたかのように、魔王は寝転んだまま彼の腰に手を回した。


「愛嬌のある使者はおらんかのう。黙ってお遣いをするだけなら子供でも出来る。……あの小娘も愛嬌がなくて嫌いじゃ」


「シフォンのことかな?」


 魔王は返事の代わりに、ニコルの膝に頭を乗せて頬を膨らませた。そしてただただ黙って彼を見つめる。思わずニコルは笑ってしまった。


「なにがおかしいのじゃ」


「いや、愛嬌のある仲間のことを思い出したのさ」


「誰のことじゃ。言ってみろ。勇者様一行のことならなんでも知っておる」


 ニコルは窓の外を見つめてニコニコと微笑んだ。「ルイーザは面白い子だったよ」


 ニコルの返答に、魔王は鼻で笑った。


「あれを面白いと言えるニコルは変わり者じゃ。あれは愛嬌があるのではない。性悪を振る舞いで誤魔化しているだけじゃ」


「それが面白いんだよ」


 魔王は大きなため息をついた。それから、膝枕の上で首を横に振る。ぱさりぱさりと髪が揺れた。


「ニコルはやっぱり変わり者じゃ。ときに、あの性悪魔女っ娘はどこにおるのじゃ?」


「さあ、僕にも分からない。ルイーザは自由な子だからね。気分屋で、なにを仕出かすやら。ただ、今のところは僕たちの味方だよ」


 魔王は疑り深い視線を向けた。それにさらされたニコルは身軽な笑い声を立てる。


「それにしても、ニコルの仲間は女が多いのう……。あんなことやこんなことをしておったんじゃなかろうな!」


 ニコルの脇腹をつつきながら、魔王は問い詰める。またもニコルは軽快に笑った。


「そんなことはしてないよ。それに、僕を除いたら男女半々だからバランスがいいと思うけど」


「ふん。男女半々とか、不埒(ふらち)じゃ」


「あはは……君は想像力豊かだ」


 魔王はむすっとした表情でベッドに潜り込んだ。そして不機嫌そうに「わらわはもう寝る! ニコルは意地悪じゃ」と呟いた。


 ニコルは苦笑して頭を掻いた。そしてベッドシーツからはみ出た魔王の頭を、取り繕うように撫でる。


「そうやって朝までずっと撫でているといい。わらわを馬鹿にした罰じゃ」


 気難しくて、我儘で、あまりに不器用な魔王を見つめた。その髪は滑らかで、少し冷えている。


 この幸せはいつまで続くのだろう、とニコルは考えた。


 もし終わりが来るとしたら、それを運んでくるのは誰だろうか、と。


 ニコルの脳裏には、クロエの姿は浮かばなかった。


 いつしか規則的な寝息が甘い香りと共に広がった。ニコルは立ち上がり、窓に備えつけられた分厚い遮光カーテンを引いた。


 ふと、シャツの裾が引かれたように感じて振り向いた。


 魔王は眠ったままに見えたが、その手は、きゅっ、とニコルのシャツを握っていた。


 ニコルは静かに微笑んで彼女の手をほどき、代わりに自分の指を握らせた。


 いつか、とニコルは思う。


 いつか、降り注ぐ太陽の下、よろめく彼女を支えながら歩くことが出来たら、と。


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