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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」
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68.「そして全てがスローになる」

 沈黙が続いていた。


 いつしか扉の先ではブーツで床を叩く音が聴こえ出した。アリスの苛立ちが手に取るように分かる。


 ヨハンはあえて沈黙しているのだろうか。もしかすると我慢の限界を狙っているのかもしれない。しかし、それはあまりに博打が過ぎる。苛立ったアリスがどう動くかまで読めているとは思えない。


 ブーツのリズムが速くなっていく。痺れを切らしているのだろう。


 ケロくんは焦ったようにヨハンに呼びかけた。「よ、ヨハンさん、でしたケロ? は、早くなんとか言ったらどうケロ?」


「クロエお嬢ちゃんがそこにいるのは分かっているのよ! 早く一対一でやり合いましょうよお」と、扉の先から声が溢れた。


 それはやぶさかではないが、一旦はヨハンにこの場を仕切らせるほうが賢明だろう。わたしには思いつけない突破口があるかもしれない。


 ヨハンを見つめつつ神経を尖らせる。


 暫くしてヨハンはようやく口を開いた。「もしクロエお嬢さんに戦意がないと分かったら、あなたはどうしますか?」


「殺すわ」


 低い声。強者に対する執着や、戦闘に関してのこだわりから考えても充分説得力を持った答えだった。もはや交渉の余地があるとは思えない。


 しかし、ヨハンはすぐさま返事をした。「アリスさん、あなたにクロエお嬢さんは殺せません」


 扉の先に静寂が広がる。明らかに気分を害されたゆえの沈黙だ。


「……ヨハンだっけえ? まずあんたから撃ち抜いてあげようかあ?」


「どうぞ。私はカエルくんの目を塞いでいますから、位置は簡単に特定できるでしょう?」


 ヨハンの狙いが読み取れなかった。弾数を消費させる目論見としても、あまりにリスクが高い。


 固唾を飲んで、次の動きを待つ。


「あんた、あたしが撃たないと思ってるわけ?」


「撃つと思ってますよ。だからこそ、こうして煽っているんです。それとも、身構えの出来ている相手を撃つ勇気はないんですか?」


 明確な挑発。こうなると、アリスは撃たないと自尊心を傷付けることになる。


 しかし、だ。


 彼女の慎重さは実際に戦ったわたしが身に染みて分かっている。あくまでもアリスは適切なタイミングを見計らって、必要なだけの弾数を消費する。安い挑発は本来通用しない。


 ただ、状況は『関所』とは異なっている。わたしたちはアリスの姿をまだ確認出来ていないのだ。それに、どこから撃ったのか分からない初撃。


 アリスの未知の部分は、わたしが考えているよりもずっと多い。それをヨハンがどこまで予想しているのか。


「フフフ。撃つ勇気? 馬鹿なことを言うんじゃないよ! あんたを蜂の巣にして、あたしはクロエお嬢ちゃんと正々堂々愉しむことにするわあ」


 その言葉の直後だった。ヨハンはケロくんの目を塞いでいた片方の手を窓に向け、代わりにもう片方の腕全体でケロくんの目を覆う。


 発砲音はまだしない。アリスに撃つ気はないのだろう。


 刹那、窓の外から三発分の魔力の弾丸が接近してきた。


 あ、と思ったときには、その三発はそれぞれヨハンの頭、胸、腹を貫く寸前だった。


 そして全てがスローになる。過集中、なのだろうか。彼はおそらく、次の瞬間にはそれぞれの急所を貫かれて絶命する。


 そうなれば契約は解消だろう。今後わたしは独力でハルキゲニアまで、ひいては王都まで進まなければならない。加えて、この直後に現れるであろうアリスを倒さなければ。


 わたしは自分ひとりでケロくんの反響する小部屋(エコーチェンバー)を打ち破れるだろうか。そして、ノックスを守り切ることが出来るのだろうか。


 なんて情けなくて弱い存在だろう。結局ヨハンに頼り切りになっている。彼に、なにひとつ返すことが出来ていない。今日だって無理にわたしが同行しなければ、ケロくんの魔術の標的になることも、アリスと戦闘になることもなかったはずだ。


 お荷物。それに違いない。


 弾丸はスローでヨハンに向かう。死の間際、周囲の時間が引き伸ばされたかのように感じるという話は聞いたことがある。全てがゆっくりとやってくるごとく。


 自分のことではないのに今この瞬間がスローに見えてしまうのは、それだけ彼に寄りかかっていた証明なのではないだろうか。やはり、騎士失格だ。


 と、奇妙なことが起きた。


 ヨハンはニヤリと笑みを浮かべ、唇の前で指を立てた。そして、わたしを一瞥。


 目と目が合い、彼の意思がなんとなく伝わった。


 頷きを返すと、ヨハンは身体をぐらつかせ、ケロくんごと横転した。そして床に倒れ込む。その際に彼は、ケロくんの頭を床に押し付けて視界の遮断を維持した。


 次の瞬間、アリスが扉を蹴破って侵入してきた。「アッハッハッハ! ハ?」


 アリスの目には、倒れ込んで自分を見つめるヨハンと、宙でゆっくりと動く魔弾三発が映ったことだろう。


 彼女は勝利を確信しただろうか。事前に撃った三発の弾丸をなんらかの魔術で停滞させておき、ヨハン相手に贅沢にも全弾使用した。不意打ちには違いなく、よほど鋭敏な人間でなければその三発に対処出来ることはない。


 だからこそ、だろう。アリスの笑いは凍り付き、その身は固まった。


 そして次の動きが起こる前に、ヨハンは彼女に笑いかけた。「残念、アリスさぁん。あんたも甘い」


 瞬間、三発の弾丸が元の速度を取り戻し、本来ヨハンを撃ち抜くはずだった場所を通り抜けて入り口――すなわちアリス自身へと撃ち込まれた。


 頬をかすり、肩を貫き、腹の脇を引き裂く。血が舞って、アリスは悲鳴をあげた。


「アリスさぁん! 交渉再開だ。これでどちらが上手(うわて)か理解出来たでしょう? 私と、クロエお嬢さん。たとえカエルくんと組んだからといって我々に勝てると思いますか? 即席の共闘でどうにかなると?」


 アリスは傷を押さえて、ヨハンを睨み続けていた。その目に浮かんでいるのは、明らかな屈辱だった。


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