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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」
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61.「カエル男を追って~魔物の巣~」

 馬で二時間ほど街道を逆戻りした頃だろうか。ヨハンは街道を逸れて平原を進行した。わたしとノックスもそれに続く。


 道なき道、というわけではなかった。下草こそ生い茂っていたが、周囲のそれと比較するとまばらで、地面もやや削れているように見えた。元は馬車一台くらい通ることの出来た幅の道であろう。それが平原の先の林までずっと続いていた。往来の途絶えて久しい様相ではあったが、街道の半分程度の道幅であることから察するに、それなりの規模の街が道の先にあったのだろう。


 馬の速度を上げ、ヨハンに隣り合う。「この先に廃墟があるのね?」


「ええ。林を越えたところに広がっています。というよりも、周囲を林に覆われているような立地でしょうね。木々を切り拓いて造られた街です」


「やけに詳しいのね」


「地理や歴史を調べるのが趣味なもので」


 図書館で地史を開くヨハンを思い浮かべる。書物の(ページ)を凝視する骸骨男。悪だくみしているような風情だ。


「で、そこにカエル男がいるのね?」


「仰る通り」


 ヨハンは隠すことをすっかり諦めたのか、素っ気なく白状した。


 やがて林に到達すると、その先にも薄っすらと道が確認できた。それを辿って進んでいく。


 林は幹の太い木がまばらに生えていた。空の高みで葉を広げており、そのために随分薄暗く感じた。道はやや蛇行しつつも、概ね真っ直ぐ延びている。遥か先、木々の合間にぼんやりとした光が見えた。


 林を越えると、飛び込んできたのは背の高い建造物が建ち並ぶ街路だった。なかでもひときわ高い建造物がひとつ。おそらく、時計塔だろう。文字盤が下半分だけ残り、それより上は不自然に崩れてしまっている。現役時代はさぞ目を惹いたろう。


 ヨハンは近くの木に馬を繋いだ。わたしたちもそれに(なら)って馬から降り、手綱を木に繋ぐ。


「疲れてない? 平気?」


 訊ねると、ノックスは頷いて「平気」とだけ答えた。いつも変わらない返答に少し不安になる。連れ回しているのはこちらだが、本当に負担になってはいないだろうか。


「疲れたらちゃんと言うのよ。休憩くらいいくらでも取れるんだから」


 やはりノックスは頷くのみだった。


 ヨハンは街路を睨みつつ、じっと佇んでいた。


「どうしたの? 進まないの?」


 訊ねるわたしを一瞥し、ヨハンは唇の前で指一本立てて黙っていた。


 静かに待て。そう言いたいのだろう。今も彼は妙な作戦を進めているに違いない。


 ややあって、ヨハンは口元を緩めた。そしてこちらを向く。


「行きましょう。頃合いです」


「頃合いねえ」と呟きながら、物騒なことになりはしないだろうかと少し心配になる。昨日、カエル男は妙な魔術で大量の牛を操って見せた。また同じように出し抜かれることがあってはならない。


 ともあれ、それほど深刻に思っていたわけではなかった。ヨハンの様子はいかにも余裕たっぷりであり、それは既に手が打たれていることを示していた。


 僅かな間隔で建ち並ぶ建造物はところどころ崩れ落ちていたが、現役時代の繁栄具合を想像するのは容易(たやす)かった。マルメロほどではないが、それに近いくらい栄えていたのだろう。


 それがなぜ、このような廃墟群に変わってしまったのか。


 そこに魔物の影を感じずにはいられなかった。


 いかに立派な街であろうとも警備が行き届いていなかったり、戦力以上の強力な魔物に襲われてしまえば一夜で街だった場所(・・・・・・)になる。そして、一度滅ぼされた街に住もうと考える人間はいない。どこかのならず者が根城にすることはあっても、だ。


 街に人の気配はなかった。押し殺された気配すらも感じない。すると、浮浪者やタソガレ以外の盗賊ですら避けているのだろう。


 余程のことがなければ、まだまだ使えそうな建物群を放っておくことはしない。きっと、それなりの理由があるのだ。


「誰も住み着いていないのね」


「ええ、廃墟ですから」


「そうじゃなくて、アウトローな連中が拠点にしても良さそうなものじゃない?」


「ああ、そういう意味でしたか。お嬢さんの仰る通り、普通なら溜まり場になりますね」


「ってことは普通じゃないんでしょう?」


 ヨハンは頷く。「ええ。魔物の巣として有名な場所ですから。特殊な存在以外は近寄ろうと思いません」


 特殊な存在とはカエル男のことだろう。


「魔物の巣、ねえ」それにしては奴らの気配が少しもない。


 昼間でも魔物が姿を消さないことがある。それが常に起き続けている場所を『魔物の巣』と呼ぶことがあった。明確に定義付けはされていないので、あらゆる種が雑多に入り混じっていたり、ひとつの種か特定の種が牛耳っている場合もある。ひと口に魔物の巣と言ってもそれが指すパターンは様々だ。


 この場合。どの意味においての『魔物の巣』なのだろう。


「さて」とヨハンは呟いて建物のひとつを指し示した。「中に入りましょう」


 ドアを開き、階段を登る。踊り場で折り返し、廊下へと出た。


 タソガレ盗賊団の次期ボス決定の前日、ウォルターが潜んでいた建物と造りが酷似していた。この街はマルメロの影響を受けたのか、あるいは、マルメロがこの街の影響を受けたのか。それとも、この地域一帯で言う『街』の一般的な内部構造なのだろうか。


 廊下の奥にドアがひとつ付いている。ヨハンは躊躇いなくそれを開け放って進んだ。


 部屋は小奇麗に整っていた。ソファ、書き物机、本棚、そして酒瓶の入ったラックまである。


 ソファではカエル男が丁度あくびをして起き上がったところだった。


 彼はわたしたちを見ると目を丸くして、瞬時に身構えた。そして叫ぼうとしたのだろう、大きく息を吸ったところでその口は手で塞がれた。


 カエル男の背後で、彼の首にナイフを押し当てる卑怯な男の姿があった。


「……あなたのやり口って変わらないのね。すっごく卑怯」


「そりゃどうも」と二人のヨハンが同時に答えた。


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