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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」
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60.「やさぐれヨハン」

 その晩ヨハンは、明日はランタナより先には進まないと告げた。それ以上の説明はせず、追求しようにも「私用です」とだけ返されてしまった。もやもやとした感情を抱えつつも、そう突っぱねられてしまったら引き下がるほかない。


 深夜、ノックスの寝息が聴こえてきた頃にリビングへ戻ると、ヨハンは案の定起きていた。ソファで腕を組んでひたすら沈黙している。向かい側に腰を下ろすと、ちらとわたしを見ただけで視線を床に落とした。


 じっと彼の顔を見つめる。相変わらずの骸骨顔だが、どうも思案に暮れているような雰囲気だ。


「ねえ」と声をかけると、どろりとした目がこちらに向いた。怯まずに続ける。「あなたが今、なにを企んでいるのかは知らない。わたしの道中に影響が出ないのなら邪魔をする気はないわ。ただ、そう隠されると気になって仕方がないの」


 ヨハンは押し黙っている。


「教えてくれとは言わないわ。ただ、道中助け合う契約でしょう? 助けになれることがあったら言って頂戴」


 わたしが言い切るのを待ってヨハンは大きなため息をついた。それから諦めたように首を横に振る。「お嬢さんもしつこい人ですね」


「ええ。わたしは内緒や秘密が嫌いなの。きっとあなたが考えていることって、昼間のカエル男のことでしょう?」


 ヨハンは仰向いた。視線を交わすことの放棄。そのように見えた。「あー……。そうですよ。あのカエルくんのことで、色々と頭が痛くてね」


「その頭痛、わたしにも分けてくれないかしら?」


「お断りです」きっぱりとヨハンは言った。相変わらず仰向いたままだ。


 この強情張りをどうすれば籠絡(ろうらく)できるだろうかと考えたが、どうにも上手い方法が思い浮かばなかった。そもそも、騙し合いや言葉の上でのやり取りならわたしはこの男に大きく(おく)れを取っている。


「……分かったわ。じゃあ、わたしは明日好きなように行動させてもらう。勿論、邪魔はしない。あなたの跡をつけるだけだもの、邪魔にはならないでしょう?」


 仰向いた骸骨からため息が漏れ出した。「なんでそれが邪魔しないことになるんですか。……全く論理的じゃないですよ」


 立ち上がり、ヨハンの顔を覗き込む。怪訝な表情をする彼に、ニッコリと笑いかけた。「お生憎(あいにく)様。わたしは論理で生きていないのよ。それじゃ、おやすみなさい」


 寝室の扉に手をかけたところで、振り返った。ヨハンもこちらを向いていた。「言い忘れていたけど、もし先にどこか(・・・)へ出発しようものなら、全力で邪魔しちゃうから」


 寝室に戻ると、リビングから今までにない巨大なため息が聴こえてきた。無根拠な脅しや空言(くうげん)はわたしの領分だ。


 ベッドに潜り込んで、明日の起床時刻について考えを巡らす。日の出までにヨハンが動くことはないだろう。彼の実力から考えれば、夜間に行動を起こしたからといって大きな問題はないはずだし、襲い来るグールを倒すことなど造作もないことだ。それでも彼は動かない(・・・・・・・・・・)


 ひとつの可能性が頭の隅に(きざ)していた。


 昼間の執着と、牛の大群から逃げおおせたあとの態度、そして突然の日程変更。彼はなにかを発見したのだろう。それも、カエル男に関して。


 ヨハンとその男の関係性は不明だったが、理由はあるはずだ。それがわたしにも無関係であるとどうして言えようか。あの銀のアタッシュケースに感じた不穏な予感は簡単に拭い去れるものではない。


 そんなあれこれをぐるぐると考えていると、様々な思考が途切れては繋がり、また、繋がっては途切れた。そうして思考の脈絡は絶えていき、薄く膜がかかったように不明瞭になっていった。脳の訴えに素直に従い、まどろみに身を任せた。




 翌朝、寝室から出るとヨハンはひとりでサンドイッチを摂っていた。律儀なことに、ノックスとわたしの分もきっちり用意されている。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 ヨハンは昨晩の追及の余波を感じさせないくらい普段通りだった。いつもの少し嫌味な口調。


「ええ、おかげさまでぐっすり」


「そりゃよかった。どうぞ、ごゆっくり朝食を召し上がってくださいな。私はひと仕事済ませてきますから」


 そう言って立ち上がりかけたヨハンの肩を掴む。「待ちなさいよ。ひとりで食事を摂るのって寂しいのよ?」


「ノックスがいるでしょう?」


「ノックス。ええ、そうね。ところで坊ちゃん呼び(・・・・・・)はやめたのかしら?」


 ヨハンは頭を掻いて唸った。「わーーーーーっかりましたよ。好きにするといい。ただし! ただし、ですよ。お嬢さんがどうなっても私の知ったことじゃないですからねぇ」


「自分の身くらい自分で守れるわ。それに、ノックスもちゃんと守ってみせる。悪く思わないでね」


 ヨハンは「へえへえ」と不貞腐れたように返事をする。


 これで、とりあえず一歩前進したはず。彼とカエル男の因果については今後確かめればいい。いずれにせよ、ヨハンをひとりにして妙な動きをされては困る。そんなことを考えながらも、奥底ではヨハンを屈服させた優越感が溢れていた。小唄のひとつでも歌ってやりたい気分。


 寝室の扉が開き、ノックスが姿を現した。


 わたしが今日ヨハンと共に行動することを告げると、彼はやはり無表情に頷いた。寝起きでも彼の感情は読み取れない。


 朝食を摂るべくテーブルに座るや否や、ノックスは寝室へと戻っていった。それからすぐリビングに戻った彼の左腕には、例の腕時計が光っていた。表情こそなかったが、その姿を微笑ましく感じてしまう。あえてそのことには触れずに朝食を摂った。


 ヨハンは諦めたように、わたしたちが食事を終えるのを待ってから行き先を告げた。


「はいはいはい、お食事はもう終わりですかぁ? 終わりですねぇ? よろしい、実によろしい。それじゃ、本日の予定を発表と行きましょう。いいですかぁ? これから私たちは馬に乗って、昨日辿った道を戻ります。勿論全部じゃないですが、かなり(・・・)戻ります。そして横道へ逸れて、とある廃墟へ行くことになります。ええ、そうです、廃墟ですよ、廃墟。元は街だった場所です。今や建造物の墓場とも言えましょうねぇ。で、そこでなにをするか。クロエお嬢さん、どうぞあなたの予想をぶちまけてごらんなさいな」


 よほどヨハンは不機嫌と見える。その捲し立てかたも、演技じみた口調も、雑な感じだった。投げやりになっているのだろう。まるで子供じみている。


「どうせ、カエル男がそこにいるって言うんでしょう?」


 予想したまま答えるや否や、ヨハンはぱちぱちぱちと雑な拍手を繰り出す。「ご名答! 騎士様に金貨一枚! そう、我々、いや、私はカエル男を追います。坊ちゃんには気の毒だが、どーーーーーーしてもクロエお嬢さんが私の跡をつけたいようで、坊ちゃんをひとりきりにしておくのも忍びないですから、ご同行願いますよぉ」


 ノックスはまたも小さく頷く。状況を理解しているのかいないのか不明だ。


 ともあれ、本日の予定は決まった。ヨハンも渋々ながら同行を許している。やっと、あの妙なカエル男の正体を知ることができるかもしれない。加えて、ヨハンがそいつにこだわる理由も。


 わたしたちは食後の休憩もそこそこに町をあとにした。


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