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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」
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57.「フルーツパフェ~カエル男を添えて~」

 曇天のショーウインドウ。道行く人々の喧騒は豊かで、色とりどりの看板は街路に華やぎを添えている。この地域一番の商売どころ。買えないものはないとまで謳われる街、マルメロ。華美な装飾品は勿論、そうそう口に出来ない絶品料理もレストランで日常的に振る舞われている。


 先日まで物欲しげに通り過ぎるだけだった苦難の道が、今は両手を広げて出迎えてくれている。ああ、素晴らしきかな。財布の豊かさは心の彩りであると思わずにはいられない。


 どうにも小金持ちのいやらしさが出てしまっていけない。ともあれ、わたしは今、とっても幸せです。


「随分と旨そうに食べますなあ、お二人とも」


 わたしとノックスは並んでスイーツを食べていた。舌先にとろける甘さと冷たさを届けるアイスクリーム。その上には色彩豊かな果物が散らしてあり、更に上からチョコレートソースとたっぷりのクリーム。その『パフェ』と呼ばれるものを口にしたのははじめてだった。


 王都にもいわゆる甘味処はあったのだが、軽々(けいけい)に騎士が立ち寄れる場所ではなかった。その頃のわたしは自尊心と、騎士かくあるべしという堅苦しい心情のもとに過ごしていたので、人目につく場所でおおっぴらに贅を尽くすことは自らに禁じていたのだ。


 ああ、なんて禁欲的でつまらない日々を過ごしていたのだろう、と思わずにはいられない。『パフェ』の味を知らなかったなんて! まあ! と。


 スプーンでひと掬いずつ味わうわたしを、ヨハンは呆れたように眺めていた。「私は昨夜のフォンデュでいささか胃もたれして、どうも、見ているだけで食欲が減りますな」


「昨日わたし抜きで楽しい思いをした罰ね、きっと。世の中って公平だから」


「全く……」


 カフェは想像した通りだった。小洒落た内装に、ふうわり(・・・・)とした背もたれ付きの座席。給仕は品があり、飲み物やデザートもよりどりみどり。なかでも一番人気の『パフェ』は思わず脱力してしまうほど危険な美味しさだった。


「しかしまあ、小洒落た物を買いましたねぇ。道中、目立ちっぱなしですよ。旅人の装いじゃないですな」


 相変わらず呆れた口調のままである。


「別に構わないでしょ。こっちの趣味なんだから」


 前ボタンの深紅のロングシャツ。同系色のコルセットはところどころにバラのモチーフが施されており、背中側にはひときわ大きい一輪が取り付けられていた。華美な見た目に似合わず頑丈な造りになっており、下部にサーベル用のベルトを取り付けてもボロボロになる心配はなかった。シャツの内側には通気性のいい黒のインナー。同じく黒のぴったりとしたズボンは伸縮性に優れた素材が用いられており、激しい運動にも適している。足元はダークブラウンの短いブーツ。おまけにバラのモチーフのブレスレットとネックレスも衝動買いしてしまった。そして早速、一連の衣装を身に着けている。


 ダフニーで売ろうと考えていた瑪瑙石(めのうせき)の耳飾りに手を触れて、ほっとひと息つく。売らずに済んで良かった。なんだかんだ気に入っているのだ。


「それに、坊ちゃんも随分といいお召し物を買ってもらいましたね」


 ノックスはヨハンとわたしを交互に見上げてから『パフェ』をひと掬い口に入れた。


 ノックスには清潔な白の開襟シャツに、同じく清潔な白のインナー。身長に合った黒のズボン。それと仕立てのいいジャケットをひとつ。押し付けるようで悪いとも思ったが、良く似合っている。やはり無表情のままだったが。


 途中で寄った雑貨屋でノックスが眺めていた腕時計も購入した。それを腕につけたときの彼の不思議そうな表情が印象に残っている。それまでの無表情とは、少し趣が異なっていた。ノックスが内心でなにを感じているのかは分からないし、それを確かめるつもりもない。ただ、それが温かい感情であればなによりだ。


 ノックスの腕に光る時計は、金色の縁取りがされたシンプルなものだった。文字盤はあえてそうしているのかは分からないが、セピア色に()せていた。


「私も腕時計が欲しいですなぁ。いやはや羨ましい」


「あなたは自分のお金で買えるでしょ」


 ヨハンは肩を竦めて見せる。


 これでウォルターから貰った報酬は半分程度消費された。随分と贅沢をしているが、いずれにせよ本来は受け取るはずではなかったものだ。最低限必要な分を残せば、あとは自由に使ってしまうほうがいい。経済の循環については詳しくないが、懐で眠らせておくよりはザブザブと使うほうが性に合っている。


『パフェ』を食べ尽してしまうと、名残惜しさが胸に広がった。そろそろ出発しなければならないだろう。あとは禁欲的な道中だ。蹄鉄の音と砂埃。夜毎の戦闘と疲労。


 ノックスも食べ終わり、ひと息ついたところで沈黙が降りた。それを破るのはわたしの役目なのだろう。


「そろそろ出発しましょう」


「ええ。いい時間ですからね」


 カフェをあとにすると、曇天の切れ間から僅かな光が射していた。




 街路を歩いていると、ずっと先に妙な男が歩いているのが見えた。カエル型の薄ぼんやりとした魔力。


 思わず、あ、と声が出そうになった。一昨日見かけた奴である。なぜか街なかで変装魔術(メイクアップ)を使っている男。顔をひた隠しにする必要でもあるのだろう。


 なにかしら不穏な影を感じずにはいられない。


 そいつは片腕に紙袋を抱えていた。もう片方には、銀のアタッシュケース。


 ぴん、と神経が張りつめる。あのケースに魔物の気配は感じないが、どうも偶然で片付ける気にはなれない。微弱な気配と、唐突に現れたキュクロプス。白衣の男が持っていたアタッシュケースとそっくりに見えた。


 違和感が繋がりあって、今この瞬間、あのカエル頭の男に結実している。


 ヨハンを横目で見ると、彼もカエル男に視線を注いでなにやら険しい表情を浮かべていた。鋭い奴だ。もしかすると、彼にも他人の魔力を感知する能力があるのかもしれない。どこで訓練したのかは分からないが、やはり油断ならない男だ。


「気付いてる?」と小声で囁く。


「ええ」とヨハンも声量を抑えて返した。


「白衣の男の話、昨日の晩にしたわよね?」


「ええ、聞きました」


 わたしたちは視線をカエル男に向けたまま話す。


「あの銀のケース。白衣の男が持っていたものとそっくりに見える」


「偶然ではないんですか?」


「さあ、どうかしら。確かに今は、妙な魔物の気配は感じないわ。けれど、偶然で済ましていい問題かしら?」


「分かりました。(あと)をつけましょう」


 案外素直に承諾したので、おや、と思った。場合によっては旅程に影響を与えかねない要素であるのに。


 ヨハンへの警戒は一旦棚上げして、カエル男をそれとなく追った。彼は北東方向の街道――わたしたちと同じ行先――へと歩みを続けていた。やがて彼は街を出て、そのまま街道を直進していく。


「どうします? 馬で追いますか?」


「ええ、そうしましょう」


「それなら、追い越しざまに声をかけて、様子を確認しましょう。馬で跡をつけるのはあまりに不自然ですからねぇ」


 思わず首を傾げた。どうしてそんな迂闊な言葉がヨハンから出てくるのだろう、と。慎重に慎重を重ねて状況を固めてから動き出す性格だと思っていたのだが。


「もし彼がなにか企んでいるとしたら、わたしたちは警戒されるだけじゃないの?」


「まあ、確かにそうでしょうね。しかしこちらには騎士様がついている。なにが起ころうとも対処は容易ですよ。いざとなったら包囲してしまえばいい。それよりも、あの男の出方を窺っているうちに取り逃すほうがまずいです」


 ますます妙に思えてくる。一体ヨハンにはなにが見えているのだろうか。


「ねえ、ひとついいかしら。あいつの顔、どういうふうに見えているの?」


 ヨハンは訝しげにわたしを一瞥した。「ただのくたびれた中年男の顔ですよ」


 なにかがおかしい。ヨハンにカエル頭が見えていないとすると、一体なにが彼の気を引いたというのだろうか。「へえ。ならどうしてあの男に注目していたの?」


 ヨハンはしばし黙り込んで、じっと男の背を睨んでいた。


 やがて一言「勘ですよ」と返す。


 つまり、答える気がないのだろう。


「とにかく追いますよ。さあさ、お嬢さんも坊ちゃんも馬に乗ってください」


 ヨハンはそう残して、ひとりカエル男の跡を追っていった。街道の先、カエル頭は随分と遠のいていた。


 ノックスと同乗し、先走っていくヨハンを少し眺める。その横顔に一瞬、いかにも邪悪な笑みが広がった。


 曇天の下、また新たな面倒が持ち上がってきている予感が拭えない。はっきりとした暗雲(あんうん)は見えないが、嫌な感覚が背筋をじりじりと這い登ってくる。


 わたしは手綱を手に、ヨハンを追った。


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