幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」
二曲踊り終えて、魔王は上階へ続く階段の上に腰かけた。ニコルは「そこは椅子じゃないんだけどな」と呟きながら、彼女に手を引かれるままに腰を下ろした。
「お堅いことを言うでない。わらわの夫なのだから、もう少し寛容にならんと身がもたぬぞ」
「あはは……充分寛容なつもりなんだけどね」
ダンスフロアはシャンデリアの灯りを照り返して煌めいている。
「二人きりで踊るには随分と広い空間だね。昔は賑わっていたんだろうね。毎日のように……」
ニコルはフロアをぐるりと見渡した。
魔王は誇らしげに返す。「ひと昔前は、血族を招いてダンスパーティをやったものじゃ。この場所を埋め尽くすくらいにな。わらわは人望があるのじゃ」
ニコルは薄く笑い、それから遠い目をした。
「もっと昔はどうだった?」
「……意地悪は嫌いじゃ」
魔王は呟いて顔を逸らす。ニコルは苦笑して彼女の頭を撫でた。艶やかな黒髪が豪奢な灯りを反射している。
「なでなでするでないー。わらわは大人じゃー」と魔王は棒読みで返す。
「じゃあ、やめようか?」
「やめるでないー」
あはは、とニコルは笑う。
「それにしても、ニコルは奇妙な魔術を使うのう。頭の中に音楽を鳴らすなんて」
魔王は上目遣いにじっとニコルを見つめる。
「反響する小部屋。大した魔術ではないよ」
「それで何人の女を口説いたのじゃー」
「君だけだよ」とニコルは臆面なく囁いた。魔王は俯いて頬を染める。紫の肌に紅が混じる。
二人が甘い時間を過ごしていると、ダンスフロアの扉が開き、ひとりの女性が現れた。簡素な鎧が光を反射して煌めく。背には身の丈以上の細く長い剣。腰には短剣。銀の髪はやや外側にはねている。深い蒼の瞳。細い眉。目鼻立ちははっきりしているが、表情らしい表情はなかった。
凍りついた無表情。
彼女はつかつかと二人に歩み寄る。そして、二メートル前で足を止めた。
「やあ、シフォン」とニコルは微笑んだ。
魔王はむすっと顔をしかめている。二人の時間を邪魔されたのが気に食わないように。シフォンが現れた瞬間、魔王の頭からニコルの手が離れたのである。
「なんの用じゃ。わらわの邪魔をしに来たのか。大人の時間を邪魔するでない、小娘」
シフォンはまるでなにも耳に入っていないように、無表情のままだった。
「報告に上がりました」
凛とした声。ともすれば呟きとも取られかねない声量だった。
「うん、聞こう」
ニコルは微笑んだまま先を促す。魔王は不機嫌そうに黙っていた。
「『夜会卿』が全面協力を約束しました。手紙を預かっています」
シフォンから筒状の手紙を受け取ると、ニコルは黙読した。横から覗き込んだ魔王が鼻で笑う。「相変わらず仰々しい奴じゃ」
ニコルはざっと目を通し、手紙をくるくると巻き直した。「ありがとう」
シフォンは無言のまま直立していた。ニコルの感謝に返事は不要、と判断しているかのように。
「引き続き、血族との交渉を頼むよ」
シフォンは小さく頷いて踵を返した。そして再びつかつかとダンスフロアを出て行く。
扉が閉まったのを確認して、魔王は大きなため息をついた。
「あの小娘は苦手じゃ。なにを考えているのか分からぬ」
「あはは……。君に言わせると、僕の仲間は皆苦手になってしまうね」
魔王は口を尖らせる。「当たり前じゃ。どいつもこいつも信用ならん。信じられるのはニコルだけじゃ」
言って、彼女はニコルの膝に頭を乗せる。そして「早くなでなでするのじゃ」と命じた。
「はいはい、お姫様」
撫でながら、ニコルはこれからのことを考えた。
準備は着々と進んでいる。戦力は整いつつあり、戦略も手落ちはない。あとは然るべきタイミングで事が起こればいい。導火線は既に着火されている。
ニコルは満足気に、魔王の髪を撫で続けた。
【改稿】
・2017/12/17 魔族→血族




