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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」
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55.「さながらブラックジョークのような想像」

 寝室はふたつ、ベッドは三台あったのでわたしとノックスでひと部屋、ヨハンがひと部屋といった具合に分かれた。


 目を瞑り、ふっと意識が消えたと思ったら目を覚ましていた。時計を見ると一時間しか経っておらず、また目を閉じる。しかし、外で現れては消えていく魔物の気配を感じながらではなかなか眠れない。それに、キュクロプスの異常さが頭の隅で警告を出し続けていた。なにひとつ終わっていない、と。


 何度寝返りを打ったか分からない。そうやって悶々と寝苦しさに耐えていることが馬鹿馬鹿しくなった。


 居間に戻ると、ひやりとした風を感じた。バルコニーへの扉が開け放たれている。


 バルコニーに出ると、柵に腕をかけて佇んでいるヨハンがいた。彼はわたしに気付いたのか振り返り、力なく笑った。


「夜更かしは身体に毒ですよ、お嬢さん」


「どの口が言うのよ」


 ヨハンの隣に立ち、街並みを見下ろす。「いい景色ね。なんでこんないい宿を取ったのよ」


「折角の旅ですから、少しはいい思いをしたいじゃないですか」


「楽観的ね」


 ため息をつきつつも、彼の気まぐれな考えが羨ましく思えた。騎士時代の規律や習慣は、今でもわたしを締めつけている気がしてならない。それ自体は必要なものだろうけど、ときどき疲れてしまう。


「訊きたいことがあります」とヨハンは改まった口調で呟いた。


「なに?」


「夕暮れ時を過ぎた頃でしょうか、地震が何度かあったんですよ。立て続けに、ね。この地域一帯では珍しいことです。地震なんて一年に一度、小さいのがあるかないかだ。それが立て続けに起こるなんて不思議ですねぇ」


「不思議ね」


 言って、夜闇を見つめた。森の中心。キュクロプス。呪力。


 ダフニーの丘から比較すると、月はすっかり痩せ細っていた。時間は着実に進んでいる。その流れの中で小さな一歩を重ねている。王都まで一体どれくらいの夜を越えねばならないのだろう。そして、ニコルに刃を向けるまで、どれだけの時間が必要なのか。


「クロエお嬢さん」と、ヨハンはわたしの思考を遮る。「私はあなたがなにを経験したか知りたい。宿賃の代わり、ってことでいかがでしょうか?」


 ヨハンはこちらを凝視していた。その目は、ダフニーでのときと同じように、腹の底まで見通そうとする不気味な静けさを持っていた。そうまでして知りたいだろう。


 少し、不安になった。


「ねえ、あなたはわたしの味方?」


 彼の瞳が、ぐらりと揺れた。「敵でも味方でもないですよ。これから先、物事がどう転ぶかなんて誰にも分かりゃしません。盗賊に雇われて子供の喉にナイフを押し当てるような男ですよ、私は。全てはギブ・アンド・テイクです。軽々(けいけい)に味方だと言って(はばか)らないような奴は、嘘つきか、自己陶酔の塊ですよ」


「ギブ・アンド・テイクなら、今日の一件を教えることでわたしに見返りはあるのかしら?」


「宿賃や食事代では足りないですか?」


 それで釣り合う内容ならとっくに話している。もし今回の一件に関して、ヨハンがわたしの知り得ないなにかを掴んでいて、それが道中に影を落とすようなことがあっては困る。しかし、彼の存在が旅の一助(いちじょ)になるならどうだろう。


「分かった。話すわ。けれど、宿賃も食事代もあとでキッチリ返すつもりよ」


「ならお嬢さんは、代わりになにを受け取るつもりですか?」


 街路に目を落とす。グールが二体、タソガレのメンバーらしき男に切り伏せられていた。慣れた太刀筋だ。「正直に話すから、あなたの率直な意見が欲しい」


「……嘘をつくかもしれませんよ?」


「構わないわ、見破ってみせるから。それに、あなたは嘘を言わない気がする」


 ヨハンは頭を掻いてため息をついた。「まいったね、こりゃあ。随分と買いかぶられちまいましたな。まあ、いいです。話してください」


 少し目を瞑って、どこから話すべきか考える。結局のところ、器用に物事を伏せても追及されるのは間違いないだろうから正直に話すことに決めた。


 一昨日の晩、盗賊たちから次期ボスの話を聞いたことと、ふたつの派閥について。昨晩ウォルターに会い、協力関係を結んだこと。そして今日、ウォルターが正式にボスの座に就いたこと。それがおよそ午後六時。ボス決定の直後に、予兆なくキュクロプスが出現したこと。


「妙ですね」ヨハンは顎に手を当てる。「キュクロプスといえども魔物でしょう? いくらなんでも出現時刻が早過ぎる」


 頷いて返す。「ええ、おかしいわ。もし仮に活動範囲内の時刻だったとして、接近してくる音に気付かない人間はいない。それに、キュクロプスには足首から先がなかった」


「足首から先が? 変異したのでしょうか?」


「さあ。分からない。それと、キュクロプスの目の辺りに呪力が感じられた。それほど強いものではないけれど、呪力を持つキュクロプスなんてどの文献でも読んだことがない」


 ヨハンは空を仰いだ。「文献について私は知りませんが、お嬢さんが言うなら確かなんでしょう。キュクロプスは呪力を持たない。なのにそいつ(・・・)は呪力を持っていた。すると、本物のキュクロプスではなかった、とは考えられませんか」


 首を横に振り、否定する。「作り物や幻覚の類とは思えないわ。実際に戦ったんだもの。確かに大人し過ぎるところはあったけれど、キュクロプスには違いないわ」


 ヨハンは唸った。首を傾げ、眉根を寄せ、考え込んでいる。彼もこんな状態になるのか、と多少意外に思った。あらゆる物事を訳知り顔で飄々(ひょうひょう)とかわしていく彼の姿しか知らなかったのである。


「なにかおかしい。それは確実ですが、どうも掴みどころのない話ですね」


「ええ、自分でもそう思う。それともうひとつ、妙なことがあった。マルメロに来た初日、昼間に微かだけれど魔物の気配を感じたのよ。微弱過ぎて正確に掴むことはできなかったけれど、白衣を身につけた男が持っていたアタッシュケースから漂っているように、わたしには思えた。結局、タソガレ盗賊団に呼ばれたからそれきりになったけど」


 ヨハンは黙って口元に手を当てていた。真っ直ぐ前方の闇を睨んでいる。


「話は変わりますが、お嬢さんはキュクロプスの呪力について、どう考察しているんです?」


 眼球付近を覆った呪力を追想した。あれと似たものを知っている。勿論、スケールは随分違うし、そもそもそれが成立すること自体考えづらい。それでも、あるひとつの事実に引っかかりを感じた。


 なぜ、その呪力は攻撃に結実しなかったのか。それは既に、目的を完遂していたのではないか。


「……信じがたいことだけれど、多分、第三者、それも人間が施したものでしょうね。わたしはそれを呪力と考えていたけれど、実は誰かの魔力、いや、魔術かもしれない」


 そう。呪力と魔力は本来区別など出来ないものなのだ。魔物に感じる魔力を、あくまで便宜的に呪力と呼んでいるに過ぎない。


「たとえば、どんな魔術です。私にはひとつ、心当たりがありますが」


 頷いて、彼を肯定する。「わたしも同じものを想像しているわ。だって、一度目にしているもの。……多分、あれは視覚共有よ」


 ヨハンは顔をしかめた。「視覚共有ですか。なるほど、まるでブラックジョークだ」


「ええ、本当に。魔物と人間で成立するなんて考えたくないけれど……。杞憂ならいいわ。でも、白衣の男も含めて、異常な要素があり過ぎる」


 なにかが動いていて、それがキュクロプスという結果に結びついたのだろう。そしてそれは、この地に濃い影を落としている気がしてならない。


「……これで全部よ。あなたはこの事実をどう捉えるのかしら?」


 彼はどろりとした眼差しで空を見据えた。そして、口の端を歪めて笑いを作る。


「妥当な可能性がひとつ。タソガレ盗賊団の次期ボスを決める集会を知った者が仕掛けたのでしょう。彼らはあまりに多くの恨みを買っていますからね。たとえば――」


「たとえば?」


 ヨハンは濁った視線をわたしに送った。それは、全く感情の読めない、あまりに異質な眼差しだった。


「たとえば――ハルキゲニア」


 ハルキゲニア。わたしたちの、一旦の目的地。『ユートピア号』をタソガレ盗賊団に襲撃された恨みを持つ魔術都市。


 漆黒の夜の中で、そこに潜む脅威を想像する。行く手の影は、霧のように立ち込めているのではないか。ひとたび足を踏み入れれば、前も後ろも分からなくなってしまうほどに濃く。

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