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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」
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47.「マルメロ・ショッピングストリート」

 敷石の小さい石畳。よく手入れされた街路樹。建ち並ぶ家屋は木枠をレンガで埋めた造りで、洒落た装飾が施されている。泉を囲む中央広場からは蜘蛛の巣状に街路が張り巡らされ、東西に延びるメインストリートは幅が広くなっており、両端はそのまま街道に繋がっている。そこかしこに出た看板と、絶えることない人波や荷車は街の賑わいをそのまま表してした。吸い込む空気もどことなく活発で、浮足立ってしまう。


 簡単に朝食を()り、すぐにカメリアを()った。ここマルメロに到着したのは昼過ぎである。街外れの厩舎(きゅうしゃ)に馬を預け、いよいよ街路に足を踏み入れたのである。


 ショーウインドウが競うように建ち並ぶエリアは、まさしく誘惑の伏魔殿。一度足を止めたら最後、心も財布もごっそりと持っていかれる。――無論、一文無しのわたしにとっては生き地獄である。絶対に見るな、意識するな、そう言い聞かせつつもヨハンに五回は注意されただろうか。いつの間にやら足が止まり、ウインドウ越しの華美な服に目を奪われているのだ。おそろしや。


「坊ちゃんを見習ってくださいよ。いちいち誘惑に応じていたんじゃきりがない。それに、クロエお嬢さんは一文無しでしょうが」


 呆れたように正論を言うヨハンを、ただただ恨めしく思うのだった。


 宿を取り、早めの食事を摂ると既に雲はどろりと暗くなっていた。夕刻である。


「わたしは用事があるから、先に宿に帰ってて」


「用事って、どうせ服屋を冷やかすだけでしょうに……」とぶつぶつ言いながらヨハンはノックスと共に宿に向かった。


 宿は街なかにあったが、ここでは魔物の心配はいらないだろう。ヨハンの話によると、盗賊による夜警がかなり手厚いのだそうだ。加えて、網の目状の街路は魔物にとって迷路同然であり、家屋も頑丈な造りだからそうそう襲われることはないらしい。確かに、グール程度ならどうとでもなるだろう。それ以上の厄介な奴が涌いても盗賊たちが始末するのだそうだ。こちらとしてはあまり信じる気にならなかったが、マルメロ警護の盗賊は精鋭揃いなのだそうだ。それこそ、『関所』奪取のメンバー以上に。


 わたしは中央広場に設置されたベンチのひとつに座っていた。約束の時間まであと少し、といったところだ。


 昨晩、盗賊たちは利害の一致をなんとか理解してくれて、ウォルターと事前に会えるよう手はずを整えると約束したのだ。


 本日夕刻、中央広場のベンチに座っているように。そうすれば盗賊の側からお呼びがかかるのだそうだ。


 周囲に視線を泳がせていると、妙な男を見つけた。月並みな服装に、月並みな身体つき、顔も月並みで、一度目を離せば忘れてしまうような、そんな没個性的な男である。普通の人間は誰も見向きをしないだろう。そう、普通なら。


 男の顔を覆うように、半透明の被り物のようなものが見えた。目を凝らすと、どうもカエルの形をしている。それがまるまる魔力の塊なんだから異様である。カエル頭。はじめは男がなにか悪質な魔術にかけられているのではないかと思ったが、よくよく観察するとそうでないことに気付いた。時折波のように男の身体に伝播(でんぱ)する魔力で、男が巧妙に魔力を抑えていることを知った。魔術師の中には、他者に魔力を感じさせまいとして魔力を隠蔽(いんぺい)する奴がいる。ただ、それでも漏れ出てしまうものはあり、男の場合はそれが魔力の波というわけだ。その半透明のカエル頭はおそらく、隠しきれなかった魔力の塊なのだろう。


 変装魔術(メイクアップ)。姿を偽る魔術だったはずだ。王都では大道芸人くらいしか使わない魔術だ。悪用してもすぐにばれる。魔力を視ることのできる相手には、本当の姿が魔力越しに見えてしまうのである。


 すると、男の本来の頭はカエルということになる。思わず首を傾げた。カエル男とは、これいかに。


 男はいかにも無害にショッピングを楽しんでいるように見えた。放っておいてもいいものか迷ったが、カエルに構ってタイミングを逃すわけにはいかない。奴が何者なのかは知らないが、わたしの常識で計ることのできない摩訶不思議な出来事が世界には満ちているのだろう。害がなければ殊更(ことさら)に騒ぎ立てるものではない。


 そのままぼうっとしていると、不意に嫌な気配がした。神経を研ぎ澄ませる。背に悪寒が広がり、心臓の鼓動が速度をあげる。どくどくどく、と体内で響く。


 それは、微かではあったが魔物の気配だった。一体どこにいるのか、分からない。あまりに微弱であるために距離感が掴めないのだ。瀕死のグールよりも、ずっと微弱な気配。グール以下の魔物なんてスライムくらいなものだろう。しかし、スライムの気配なんて目の前にしたって感じやしない。


 こんな感覚は今まで味わったことがあるだろうか、と自問する。いや、ない。


 確かに、わたしは『最果て』地方のことはなんら分からない。特殊な魔物がいたって不思議ではない。わたしは、張りつめた神経を保って周囲に目を配った。なんの変哲もない景色だ。カエル男は既に消えている。スーツ姿の男、ターバンを頭に巻いた商人風の男、ドレスの女性、紳士風の老人、日傘の女性。――銀色のアタッシュケース。


 わたしの目はそのケースと、それを提げた男に引き寄せられた。痩せ型、白衣、丸眼鏡、のっぺりと印象の薄い顔、ぼさぼさの黒い短髪。魔物の気配は奴の手にしたケースから感じる。間違いない。


 彼は人波を抜けて、路地へと入っていった。後を追うべく立ち上がると低い声がわたしを留めた。「姉さんがクロエですかい?」


 集中していて気付かなかったが、わたしの隣には頭髪を綺麗に剃り上げた大男が座っていた。白い開襟シャツに、折り目のついたズボン。おや、と思った。わたしの名前を呼ぶということはタソガレ盗賊団の一員なのだろうけど、橋の上で会ったウォルターや盗賊たちの粗野な格好とは大違いである。


 路地の先で、魔物の気配はふっつりと途切れた。その程度の気配だったのだ。これでもう気配を頼りに追うことも不可能になった。


 仕方なしにわたしは頷く。「ええ、そうよ」


「それじゃ、行きましょうや。リーダーは忙しい身だ。あまり時間は取れん」


 言って、男はひとりで歩き出した。わたしは盗賊団の男の後に続いて、白衣の男とは反対の方角へと進んだ。


 嫌な感覚がじっとりと全身を覆っていた。(はか)らずも見逃すことになってしまったあの怪しい気配。今後わたしたちに影を落とさなければいいが……。


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