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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」
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46.「日程変更」

 白んだ空の下、わたしは柵に腰かけて地図を睨んでいた。ときどき街道を指でなぞりつつ、思案する。


 ここから街道を更に西へ進むと、昼過ぎには分かれ道に行き当たるだろう。道はふたつ。西南へ延びる街道か、北東への道か。ヨハンの旅程では北東方向に一時間ほど進むと次の町があるので、そこで脚を休めることになっている。翌日に半日以上かけて北東を進み、次の村に宿泊。その翌日にはハルキゲニアに辿り着く、という計画だ。


 街道の分かれ道を西南に二時間ほど進むと、鬱蒼たる森が広がっている。その中心部分がタソガレ盗賊団のアジトらしい。今頃は早駆けの馬で近隣のメンバーには報せが届いているに違いないと盗賊たちは語った。報せはまたたく間に広がり、明日の夕刻までには警護に就いていない盗賊たちは全員アジトに集結する。そして夜までには次のボスが決まるだろう、と。


 この素早い日程は細目の男――ウォルターという名前らしい――が決めたとのことだ。彼は『グレゴリー派』が候補者を立てる暇を与えまいとしているのだろう。ただでさえ『グレゴリー派』の精鋭メンバーは『関所』で全滅したのだ。残党ともいうべき有象無象から瞬時にボス候補は出てこないと読んでいるに違いない。


 しかし、いささか甘いのではないだろうか。どちらの派閥にも属さない人間が名乗りをあげるかもしれないし、ボスの死を嘆く『グレゴリー派』が立候補するかもしれない。そうなればウォルターの勝ち目はないではないか。だからこそ、わたしは次期ボス決定の集会に紛れ込んで、成り行きを見て動く必要がある。


 ウォルターが真っ直ぐアジトに向かったとすれば、今頃到着しているに違いない。すると、万事動き出している。ウォルターに協力を申し出るなら、やはり今日中に動かなければ。


「おはようございます、お嬢さん。今日も天気がはっきりしませんねぇ」


 ヨハンは大あくびをしながら柵に腰かけた。そうして眠たげに目を擦る。相変わらずの骸骨顔だ。長く眠っていたのにくっきりとついた(くま)は、彼の人間性が染み出したものだろう。


「おや、地図なんか見てどうしたんです?」


「……少し、相談があるんだけど」


「なんですぅ?」


 ヨハンは首をぐるぐると回している。眠気を振り払っているのだろう。珍妙な仕草だ。


「この……マルメロって街で二泊することにしない?」


 ヨハンは首の動きを止めて、地図に目を落とした。わたしの指はアジトの手前に位置する街を()していた。「二泊!? うーん、丸二日分日程がずれますねぇ。そうなると私も困りますなぁ」


「なら、あなただけ先行すればいいんじゃないかしら?」


 ヨハンは「それはダメです」と呟いた。そしてわたしを横目で見つめる。「契約を忘れましたか? 道中助け合う」


「……契約、ね。分かったわ。でも、ちょっと外せない予定が入ったのよ。融通利かせてくれると助かるんだけど」


 答えはすぐには得られなかった。ヨハンは顎に手を当てて沈黙している。


 やがてヨハンは一言だけ訊ねた。「のっぴきならない事情なんですね?」


「そうよ」


「なら、承知しました。今日はマルメロまで。翌日はマルメロ観光……ですかね。三日目に、本来今日到着するはずだった町まで。四日目は、半日と少しかけてハルキゲニア手前の村まで。それで、五日目の夕方にハルキゲニア到着。これでいいでしょう。ただ……」


「ただ?」


「こちらの事情が変わったとき、日程や行き先の変更をするかもしれない。勿論、最終的にはハルキゲニアに到着します。よろしいですね?」


 わたしは苦々しく頷いた。この男に物事の決定を委ねるのはどうも嫌な予感がする。それこそ『関所』での凶悪な作戦のように、あまりに異常な出来事が待ち受けているような、そんな気がしてならない。


 それでも、タソガレ盗賊団の一件をなんとかしないわけにはいかなかった。この問題は、アカツキ盗賊団からダフニーへ、ひいてはその先にあるハルとネロのささやかで幸福な生活まで影をのばしている。決着をつけなければいけない。


「よし、決まりですね。随分余裕たっぷりのスケジュールですから、お嬢さんはマルメロで買い物でもするといいですよ。商業の盛んな街ですから、服飾も珍しいのが揃ってます。マルメロで買えぬ物なし、なんて言われてます」


 そういえば、服は見ておきたい。勿論、時間的な余裕があればだが。


「おや、随分ニヤついてますね。よっぽどお買い物したかったと見えますなぁ」


「う、うるさい!」


「マルメロなら、お嬢さん好みの素敵なお洋服が見つかるでしょうなぁ。まあ、一文無しでは虚しいだけでしょうけれど」


 思わず「あ」と声が漏れた。そうだった。わたしは銅貨一枚さえ持っていない。加えて、宿代もヨハンに借りている状況だ。


「宿代は貸しますが、服の料金は出したくないです」


「ちゃんと返すから……」


「ダメです。返すアテなんてないでしょうが。……宿と食事はやむを得ないものだから貸しますけど」


 思わず頼った自分が情けない。


 気付いたら、ノックスが少し離れた場所に立っていた。いつの間に外に出たのだろう。わたしが手招きすると、彼はゆっくりと柵のところまで来て、わたしたちと同じように腰かけた。


「よく眠れた?」と訊くと、彼は小さく頷くだけだった。


 風が吹き、白の髪が柔らかく揺れる。昨晩のヨハンの言葉を思い出して、少し胸が痛んだ。


 ドライかもしれない。冷酷かもしれない。卑怯かもしれない。けれど、わたしは彼が事実をどう感じようと、それは彼自身の等身大の意識であり、そのまま尊重することに決めた。殊更(ことさら)に確かめる必要はない。彼にこれ以上余計な荷物を負わせぬよう心がけるだけでいいのだ。わたしたちは一時的な揺り籠に過ぎず、無事ハルキゲニアで保護されるようにするだけ。一旦はそれがゴールだ。


 わたしは立ち上がる。冷たい向かい風が、わたしの髪を洗う。


 雲は低く、どこまでも広がっていた。


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