45.「ふたつの派閥」
深夜になるとちらほら魔物の気配がした。数は問題ではない。幸いなことに、魔物はどれもこの廃屋へ向かって来るようだった。気配の接近速度から考えると、グールに違いない。
やがて二体のグールがふらふらと街道に現れた。サーベルを片手に構え、目標に向かって一直線に駆けた。そしてスピードを殺さず胴を切り裂く。
もう一体は、接近するのを待って腕と首に、それぞれ斬撃を放った。
やはり、重過ぎる。両手持ちにしなければ一晩で腕が悲鳴をあげるだろう。切れ味も決して良いとは言えない。慣れるまでに随分かかりそうだ。
刀身を見つめてため息をつくと、靴音がした。
短剣を手にした男が三人、町の方角から歩いてきた。目を凝らすと、橋を塞いでいた盗賊たちであることに気が付いた。細目の男はいないようだ。
「昼間の姉さんじゃねえか。リーダーが言った通り、腕が立つんだな」
「俺は最初から分かってたけどな」
「嘘つけバカヤロウ」
あれこれと喋りながら寄ってきた彼らに、切先を向けた。「なんの用?」
男たちは短剣を納め、両手を挙げた。そして困ったように「待ってくれ。俺たちに敵意はねえよ」と返す。
信用できないが、ともあれ刃を下ろした。それを見て安心したように、男たちは息をつく。
「役場で頼まれたんだよ。町外れに泊まった奴がいるから警護の手を広げてくれって。もしやと思って来てみたら案の定だ。ノッポの兄さんはどうした?」
「ぐっすり眠ってるわ」
「なんだ、姉さん任せかい。情けねえ」
ヨハンに対する罵倒は歓迎だ。しかし、軽口を叩く気分でもなかった。「こっちはわたしひとりで充分よ。加勢に来てくれて悪いけれど」
男たちは苦笑いして頭を掻いた。そして口々に「まいったな。確かに、俺たちじゃ姉さんほど簡単にグールは倒せねえ」「違いねえ」「今夜は暇になるな」と言葉を交わす。
彼らはタソガレ盗賊団だが、思っていたよりも血の気は多くないようだ。アカツキのメンバーと大きな違いも見られない。唯一気がかりなのは、あの細目の男だ。奴だけはどうも油断ならない。
「ところで、あなたたちのリーダーは今どこにいるの?」
「ここにはいねえよ。部外者に言えるのはここまでだ」
「ふうん。……ところで、なんでグレゴリーの敵討ちをしないの? あなたたちは寧ろ、彼が死んだことを喜んでいるように見えたけれど」
盗賊たちは顔を見合わせてにやにや笑う。
それから、男のひとりが急に神経質な表情になった。「なあ、姉さん。あんた、本当に俺たちの敵じゃねえんだよな?」
「今のところはね。けど、もしアカツキ盗賊団を潰そうとしているなら許さない」
あの不安定な疑似家族と、その先で生きるハルに手を出すのなら容赦はしない。
「なら、敵じゃねえな。けど、どうなるかは分からねえ」
「もうアカツキ盗賊団に手出しするつもりはない、ってこと? 間違いなく?」
男は舌打ちをした。「だから、この先どうなるかなんて分からねえって。次のボス次第だ」
歯切れの悪い答えは好きじゃない。切先を彼らに向けた。
「次のボスねえ。……どうせグレゴリーみたいな奴ばかりじゃないの?」
「おいおい姉さん、脅すんじゃねえよ。俺たちのなかにも穏便な派閥はあるんだ」
「なら、詳しく話すべきじゃない? 少なくとも、今のわたしを説得できるくらいには」
「分かったよ! 分かったから剣を納めてくれ!」
「話したら納めるわ。いい?」
そして盗賊たちは渋々といった調子で語った。
まずは、タソガレ盗賊団の派閥について。盗賊団には主にふたつの派閥があるらしい。あくまで今の縄張り内で組織を繁栄させていこうとする派閥と、縄張りを広げていって利益を増やそうとする派閥だ。前者は魔物からの警護を強化していく方針の、いわば穏健派であり、後者は対抗組織であるアカツキ盗賊団の縄張りからの略奪――特にダフニーの富裕層が標的だ――など手段を選ばない強硬派である。穏健派は『ジャック派』と自称し、強硬派は、組織のボスであり強硬派の筆頭であるグレゴリーの名を取って『グレゴリー派』と称していた。『ジャック派』はグレゴリーの指揮を歯痒く思いつつも町の警護で細々と利益をあげていたが、一方でグレゴリーはそれまで縄張りではなかった地域を襲撃し、大量の金品を得ていたらしい。
「そんな方法を取っていたら敵を増やすだけなのは明らかでしょう? それに、略奪の利益なんて一時的なものでしかないんじゃない?」
思わず口を挟んだわたしに、男たちは頷いた。「姉さんの言う通りだ。でも、『グレゴリー派』はやり方を変えなかった。恨みを買ったら、それを跳ね除ければいい。奪うものがなくなったら土地を変えるだけ。……そんな言い分だ。しかし、ボスだからな。表立って逆らえない」
「それなら、タソガレ盗賊団を辞めて『ジャック派』だけで組織を立ち上げればよかったんじゃない?」
盗賊は呆れたように首を横に振った。「無茶言うなよ。俺たちはタソガレ盗賊団に愛着があるし、なによりそんなことをしようものならグレゴリーが黙っちゃいない。一晩で壊滅だ。あいつが手段を選ばないことぐらい分かるだろ?」
アリスを雇って『関所』を襲撃した事実から考えれば、確かに彼らの言葉は否定出来なかった。
「で、あなたたちは黙ってグレゴリーに従ってたの?」
「まさか! 細々と『ジャック派』を増やしてたのさ。どちらの派閥にも属さないグレーの奴らに声をかけて、な」
そして、今や『ジャック派』は『グレゴリー派』を遥かに凌ぐ人数になっているらしい。しかし、ボスに反旗を翻すのは裏切り者とする掟があるらしく、苦渋を味わう他なかった。それが今回、グレゴリーとその側近たちがまとめて消えたので『ジャック派』は早速次のボスの座を占めるべく動き始めたのだという。
「『ジャック派』のリーダーには、あんたは橋で会ってる」
「あの、目の細い男のこと?」
盗賊は頷いた。あの小男がひとつの派閥をまとめていたのか。確かに、判断力や察知力はあるようだった。ならず者くらいなら束ねることができるだろう。
「なら、あの男がジャックなのね」
「いやいや、違う違う」と言って盗賊たちは苦笑した。「ジャックってのはグレゴリーの前のボスだ。魔物警護のビジネスを広めた偉大な人さ」
偉大な盗賊。なんだかちぐはぐな響きだ。確かに魔物から町を守ること自体は賞賛すべきだが……。
「けど、利益を吸い上げられなくなった村や町は放置するんでしょう? 悪質よ」
「そう言わないでくれよ。……俺たちだってタダで命を差し出すほどお人好しじゃない」
思わずため息が漏れる。彼らにとって、魔物の討伐はビジネス以上のものではないのだろう。
「……それで、細目の男がここにいないのは次期ボスの話に繋がっているんでしょう?」
「あー……まいったな。そうだよ。タソガレ盗賊団のアジトに向かったんだ」
「そう。ところでアジトはどこにあるのかしら?」
盗賊たちは狼狽した。「い、いや、そいつは言えねえよ」
「もし、あなたたちのリーダーが次のボスに選ばれなくて、『グレゴリー派』の奴が盗賊団を束ねることになったら、わたしとしても問題があるのよ。アカツキ盗賊団のこと、結構気に入ってるから。それに、ダフニーには友達がいる。略奪や殺しから守ってあげたいって思うのは自然なことじゃない?」
気圧されたのか、男たちは困ったように口を閉ざした。相変わらずサーベルは彼らに向けたままだ。
「……アジトの場所を知ってどうするんだ」
「決まってるじゃない。次のボスがどっちの派閥か確認するのよ。ところで、あなたたちはどうやってボスを決めるの?」
「基本的には先代が指名することになってるが、指名がなかったり、今回みたいに死んじまったら、候補者同士が素手で闘うことになってる。グレゴリーのときもそうやって決まったんだ」
あの小男に勝ち目があるのだろうか。いや、どう考えても闘争向きの体つきではない。
「……勝てそうには思えないんだけど」
「失礼なことを言いやがる……。確かに強くはねえさ。ただ、俺たちとは比べ物にならないくらい頭が回る。考えがあるのさ、リーダーには」
呆れてしまう。これではとてもじゃないが安心できない。多少の寄り道になってもいいから、彼らのアジトに向かう必要がある。一刻も早く王都へ行かなければならないが、中途半端に首を突っ込んだまま危機的な状況を放置できるほど呑気ではない。
「あなたたちはリーダーさんを信頼しているみたいね。……悪いけど、わたしには信じられない。次のボスが決まる場に飛び入りさせてもらうわ」
「そんな無茶な!」
「あなたたちの言う通り、リーダーさんや、あるいは『ジャック派』のメンバーがタソガレ盗賊団のボスになれればわたしはなにもしない。拍手くらいは送ってもいいわ。けど、万が一そうならなかったら、そのときは全力で邪魔をする。信頼しているなら、このくらいの条件はなんてことないはずよ。それに、『グレゴリー派』に権力を握られたくないのはあなたたちも同じじゃない? 分かったらアジトの場所を教えて。――オーケー?」
長い沈黙が流れた。やがて彼らは互いに顔を見合わせ、それから決心したように頷いた。




