幕間.「魔王の城~食堂~」
食堂でニコルと魔王は向かい合って座っていた。ふたりの前に広がる食器はほとんど空になっていた。
魔王はワインを一口含み、ニコルはステーキの最後のひと切れを口に運んだ。
やがて魔王と同じ肌の色をした給仕が現れ、空いた食器を下げていった。
魔王は長く息を吐く。
「のう、ニコル」
「なんだい?」
「なぜあの小娘を『最果て』に飛ばしたのじゃ。グレキランス付近でもよかったであろう?」
ニコルはかぶりを振る。「結婚したはずのクロエがすぐグレキランスに現れたらおかしいだろう?」
「それはそうじゃが……なにも『最果て』である必要性が、わらわには分からん」
魔王はまた一口、ワインを飲んだ。ニコルも同様にグラスを傾ける。
「『最果て』でクロエにひと仕事してもらいたくてね」
「ひと仕事?」
「そう。あの地方は少し問題が起きているようだから。放っておいたら困ったことになる」
魔王は詳しい説明を求めるように、じっとニコルの顔を見つめた。口を尖らせ、真剣な目付きをしている。
ニコルはというと、そんな魔王に微笑みかけるばかりで詳細は語らなかった。
「それと、もうひとつ」
「なんじゃ」
「僕は『最果て』に行ったことがないんだ。話はときどき耳にしたけれど、実際の土地は見ていない。それで、思ったのさ。僕の代わりに『最果て』を旅してもらおうってね。僕の知らない土地で、なにを経験し、その結果クロエがどう変わるのか僕は知りたい」
魔王は不機嫌な口調で返す。「死んでしまえば全て徒労じゃ」
「そうかもね。……でも僕は信じてるんだ。クロエは必ず生きて僕のところに辿り着く」
「わらわはそうは思わない。野垂れ死にじゃ」
ニコルは朗らかに笑った。
「そのほうが可能性は高いかもね。僕は夢見がちなのかな」
「夢見がちじゃ」
「……けどね、クロエとは再会したいんだ。彼女が長い旅路の果てに、どんな答えを見つけるのかを知りたい。そのうえでクロエが僕らに刃を向けるなら、哀しいけれど本当の敵だ」
魔王はうんざりしたようにため息をついた。「今でも敵であろう……ニコルは甘過ぎる」
「そうだね、僕は甘い。チャンスは平等に与えられるべきだと思っているから。それに、なんにも知らないまま潰してしまうのはフェアじゃない」
「わらわの知ったことではない。あの小娘は役目を果たしたあとに死ぬ。それでおしまい。賭けはわらわの勝ちになる」
「それは、君が既になにかを仕掛けているから?」
ニコルの問いに、魔王は得意気な笑みを浮かべる。「そうじゃ」
「それで死ぬなら、仕方ない。そこまでの命だったってことになるね」
魔王は満足気に立ち上がった。
「くだらない話は終わりじゃ。ニコル、一曲踊りに行くぞ」
「はいはい、お姫様」
ふたりは手を取り合ってダンスフロアへと向かった。




