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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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38.「隠し部屋と親爺」

 やがて皆が互いに顔を見合わせる。


 子鬼は去った、怪鳥もまたたく間に消えた。タソガレ盗賊団の姿はなく、驚異的な魔術師も魔物に討たれた。もはや敵は存在しない。そのことがしっかりと理解できるまでだいぶかかったようだった。


「ヨハン!!」


 ミイナが声を張り上げる。


「はい、なんでしょう?」


「……これで終わりか?」


「ええ、もう敵はいません。我々の勝利です」


 安堵のため息がほうぼうから漏れた。わたしは生き残ったメンバーを見渡す。ミイナ、ジン、ヨハン、盗賊たちが六人。わたしを含めると十人が生き残った、というわけだ。逆に、半数以上の犠牲が出たと考えることもできる。


 しかし、誰ひとりヨハンを責める者はいなかった。わたしも含めて。


「クロエ、よくやった。オマエがいなきゃ全滅だった」


 ミイナは少し寂しげに言う。彼女も覚悟していたのだろうが、それでも犠牲は心苦しいものだ。仲間の屍のうえで生き長らえる苦しみは、よく知っている。


 わたしは首を横に振る。「最後にミイナたちが加勢に来てくれなきゃ、今ここに立ってないわ」


「感動的ですなあ」とヨハンが口を挟む。


 するとジンがヨハンに訊ねた。「ヨハンさん。いくつか訊きたいことがある」


「なんでしょう?」


「まず、穴ぐらの鉄扉を壊した方法と、あんたが魔物の群とタソガレ連中から逃げ出せた理由だ」


 ヨハンは少し間を置いてから答えた。「まず、鉄扉はそれぞれ爆弾で破壊しました」


「爆弾? なんでそんな貴重なモンをあんたが持ってるんだ」


 眉根を寄せるジンに、ヨハンは飄々(ひょうひょう)と返す。「入手経路は秘密です。私も色々と渡り歩いてきた身ですから」


「そんなものがあるなら崖を挟んでピンチになったとき、なんで使わなかったのよ」


 わたしの言葉にヨハンはため息をつく。「いやぁ、爆弾を投げたとしてもアリスに撃ち落とされていたでしょうよ。それに、爆弾自体がふたつだけしかなかったんでさぁ。左右の鉄扉を破壊したら打ち止めってわけです」


 またこいつは嘘みたいなことを言っている。そんな偶然あってたまるかと思ったが、この際どちらでもよかった。


 ジンの表情は納得しているのかいないのか定かではなかった。が、とりあえずは先を促した。「鉄扉の破壊方法は分かった。で、なんであんたはそこから逃げ出せたんだ? それに、予定になかった第二の魔物の群も現れたし……」


「それは、こういうことです」


 ヨハン(いわ)く、魔物の群の第一波を誘導したのは彼本人ではなく爆弾を所持させた二重歩行者(ドッペルゲンガー)とのことだった。穴ぐらに到着し、両の扉を吹き飛ばしたのちに魔術を解除したという。彼自身は襲撃部隊の遥か後方に離れて子鬼どもを寄せつつ前進し、それを第二波として放ったらしい。


 なぜ事前に知らせなかったかには「そうすると、第二波が到着する前に崖の上に行ってしまうでしょう? 敵に第二波を勘付かれたとしたら状況はもっと不利になっていました。それに、私の交信魔術で事前の警告は出したでしょう」という理不尽とも取れる弁明をした。こいつの血はどこまでも冷えている。そう感じた。


「で、最後にルフが現れることも計算のうちなわけ?」


 わたしの問いに、ヨハンはニヤリと笑ってみせた。「ルフが来るかは分かりませんでしたが、大型の魔物が現れてくれるとは思っていましたよ」


「そうすると、それが敵の魔術師を優先的に狙うことも見えていたのかしら?」


「勿論ですとも。それで一番厄介な敵は始末できますから」


「へえ、じゃあ最初から魔術師がいることが分かってたのね?」


「いえ、それは分かりませんでした。ただ、万が一現れたときのための切り札にはなりますから」


「……魔術師がいなかったら、標的はわたしたちだったんじゃないの?」


 ヨハンはいささかばつの悪そうな顔をした。「まあ、そのときはそのときでなんとかしていましたよ、私は」


 これ以上詰問しても仕方がなかった。これが事の顛末であり、ほぼ全てヨハンの掌の上で転がっていたことになる。つくづく、嫌な男だ。


「クロエ。タソガレどもはどこに行ったんだ? アタシたちが来たときには姿がなかったが……」


 ミイナは話題を変える。確かに、それがアカツキ盗賊団にとって最も重要な事柄だろう。


「わたしは子鬼を倒すので精一杯だったからよく確認していないけど、グレゴリーだったかしら? タソガレのボスが悲鳴をあげるのは聴こえたわ」


 ミイナは「そうか」とだけ呟いた。充分過ぎる回答だろう。子鬼に襲われれば骨も残らない。ここにはタソガレ盗賊団の存在した痕跡はもはやないのだ。


「アタシは今から親爺の様子を見てくる。クロエも来るだろ? 報酬もそこにある」


「ええ、勿論」


 ヨハンはべったりと座り込んだ。「私は少々休みます。団長さん、報酬の話はまた後で」


 わたしたちはヨハンを崖の上に残し、穴ぐらに戻っていった。




 こちら側の穴ぐらはかなり粗野な造りになっていた。つづら折りに掘られた天井の低い洞窟。その合間合間に小部屋があり『関所』に面した側には外部からは分からないが細かい空気穴が空けられていた。外の光が星明りのように、ぽつぽつと壁面に散っている。


 地上と最上階の丁度中間あたりの洞窟でミイナは立ち止まった。そして上を見上げて、執行獣 (アメミット)の柄付近についた棘のひとつをぎゅっと握り、反時計回りにぐるぐると捻った。すると棘が抜けて、中は一本の鍵になっていた。それを天井の僅かな隙間に嵌め込んで捻ると、ガチリ、と重たい音がした。執行獣 (アメミット)は洞窟に置いたまま、ミイナは爪先立ちになって天井の一部を内側に折るように押し上げる。


「団長、俺たちは見回りをしてきます。残党がいたら大変だ」


 盗賊団の生き残りたちはそう告げて、洞窟を下っていった。


 ミイナは仰向いて「これが秘密の抜け道だ」と説明した。


「それってわたしに教えてもいいの?」


「構わない。クロエは命がけで戦ってくれた仲間だ。それに、魔具の部屋に行くにはここを通る必要がある」


 そしてミイナは飛び跳ねるようにして器用に天井の穴に潜り込んだ。わたしも続く。その後ろに、ジンが続いた。


 内部は人が悠々と立てるくらいの高さで、横幅も先ほどの洞窟くらいには広かった。なにより奇妙なのは、壁の高所にかけられたランプだった。見上げると、安定した魔力を放っている。永久魔力灯。王都ではそんなふうに呼ばれていた。


 世の中には、術者不在でも効力を発揮する道具――魔道具がいくつか存在する。なかでも永久魔力灯はコーティングが不要で、一般的に広く作成されている魔道具である。秘密の通路のそれは、かなり上等な代物に見えた。『親爺』はコーティング技術を持たないだけで、腕は確かなのかもしれない。


 遠くで金属音がする。子鬼の威嚇音とは全く異なるものだ。鉄同士が打ち合うような、そんな音。


 通路の奥は壁になっていた。行き止まりである。ミイナは凹凸のある壁を手探りであちこち触れて、目的の箇所を見つけたのか、それを執行獣 (アメミット)の棘と同様に捻った。するとまた、ガチリ、という音。ミイナが壁を押すと、それは内側に開かれた。丁度ドアくらいの大きさである。


 内部は、アジトの岩山の部屋くらいの広さだった。ただ、一般的な家屋と同様、四角い造りにはなっていたが。


 天井までの高さの本棚が壁の一面を占領し、真ん中に長テーブルと椅子六脚、本棚の反対側に(から)のベッドと大きめの道具箱がひとつ。床にはハッチがひとつあるようだ。これほどの家具をどうやって持ち込んだのかは不明である。魔術か、あるいは中で部品を組み立てたのだろう。


 入り口の反対側には薄く開かれた扉があった。これもアジトとよく似ている。そこから鋭い金属音が漏れ出ていた。


 ミイナは早足で奥のドアへ向かった。ジンとわたしもそれに続く。


 奥の部屋は熱気が満ちていた。右奥に巨大なかまどが赤々と燃えている。部屋の中心には、金床(かなとこ)に向かってハンマーを打ち下ろす老人の姿があった。その目は気魄(きはく)(みなぎ)っており、おいそれと口を挟めない雰囲気である。


「親爺!!」


 ミイナは部屋を震わすような大声を張り上げた。


 すると、そこではじめて気が付いたのか、ミイナを見つめて相好を崩した。


「おお、ミイナじゃないか」


「親爺! 頼むから身体を(いた)わってくれ! 最近倒れてずっと寝たきりだったろ!」


「その声、久しぶりに聞いたのう。わしは見ての通り、恢復(かいふく)した。すっかり健康体じゃ」


「だからってすぐに魔具を作らんでもいいじゃないッスか」とジンが口を挟む。


「おお、ジンか。お前も無事でなにより」


 言って、老人はわたしに目を向ける。そして、長いまばたきをした。その表情と仕草は思慮深く、どこか包み込むような穏やかさがあった。


「こいつはクロエ。わたしたちに協力してくれたんだ」


 わたしはニッコリ笑ってお辞儀をしてみせた。



 それからミイナとジンは互い違いに、昨晩、いや、今朝までの長い一夜の出来事を語り始めた。


 その様は、まるで本物の親子のようだった。

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