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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~②機械仕掛けの航路~」
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352.「森のベッド再び」

 高山蜂(こうざんばち)の巣と山菜(さんさい)だけの食事を()ると、オブライエンは気球の改造に取りかかった。意外だったのは、ロジェールが一緒に作業をはじめたことである。昨日は心が決まらず、どちらかといえばキュラスを()けるような雰囲気があったものの、今日はやけに積極的だった。わたしたちに一連の物語を吐き出して、心情の変化があったに違いない。


 ただ、昨晩の話には続きがあるはずだ。彼がここに住むようになった経緯(けいい)……それがまだ分からない。とはいえ、そう()かしてもロジェールに悪いのでこちらから(うなが)すのはやめておいた。一気になにもかも語るのは、きっと苦しいことだから。


 作業に集中するロジェールとオブライエンを置いて、わたしたちは森を散歩していた。シンクレールは気球に興味津々(きょうみしんしん)だったのだが、ヨハンが(なか)ば強制的に連れ出したのである。


「ねえ、どこまで歩くの?」


「せっかくだから寝苔(ねごけ)のところまで行きましょう。この近くにあるとロジェールさんに聞いたのです。……いやはや、朝の散歩は気持ちがいい」


 なにが『せっかくだから』なのか分からないし、今はどちらかというと昼下がりだ。オブライエンとわたしを(のぞ)く三人は、結局昼すぎまで大いびきだったのである。夜通し気球見学や気球談義をしていたらしい。


「散歩だなんて、やけに呑気(のんき)じゃないか」と、シンクレールはヨハンに向かって言う。彼の口調に今までよりもトゲがないのは、やはり気球のおかげか。ヨハンとこれ以上距離を(ちぢ)めようだなんて毛ほども思わないけど、なんだかちょっと仲間外れにされた気分……。


「気晴らしは必要です」


 ヨハンはへらへらと軽薄(けいはく)な表情で答えた。


「昨日から気晴らしばかりじゃない……気球に夢中になったり」


「あれに乗ってキュラスを目指すわけですから、詳しく知っておいて損はないですよ。まあ、個人的な興味がないわけではありませんが」


 ほとんど個人的な興味だろうに。でなければ夜通し夢中になれるはずがない。


「はいはい……まだ寝苔まで距離があるのかしら?」


「確かこの辺りに――ああ、ありましたよ」


 ヨハンの()した場所を見ると、ふかふかした苔が広がっていた。


 寝苔に腰を下ろすと、幸福感たっぷりの柔らかさを感じた。雨風(しの)げる小屋はありがたいけど、木箱と壁を使って眠るのはなかなか疲れる。だからこそ、この自然のベッドが(いと)おしかった。


 ヨハンとシンクレールはたっぷり寝たというのに、さっそく大の字に横たわっている。


 まったく、と内心で(あき)れつつも彼らに(なら)った。背中に広がるふかふかした感触がなんとも言えず心地良い。頭上は天蓋(てんがい)のような枝葉(えだは)(おお)っている。葉を幾重(いくえ)にも透過(とうか)した木漏れ日が優しく(そそ)いでいた。風に揺れる木々の(ささや)きや小鳥の鳴き声が、(かす)かに聴こえる。


 ――駄目だ。


 はっとして身を起こす。(まぶた)が自然と落ちてしまいそうだった。


「ヨハン」


 呼びかけると、彼はニヤニヤと半身を起こしてあぐらをかいた。シンクレールも身体を起こして伸びをする。


 ヨハンが片手で宙を()でる。すると、薄い魔力がわたしたち三人を覆った。密談(みつだん)のための魔術――音吸い絹(カルム・シルク)


「ようやく自由に話せるわね」


 単なる散歩なんてヨハンがするわけない。こうして作戦会議をするために連れ出したことはなんとなく(さっ)していた。


「さすがのオブライエンさんも、音吸い絹(カルム・シルク)を突破することは不可能です」とヨハン。


 シンクレールは疑問半分納得半分といった顔でわたしとヨハンを交互に見つめた。今朝なにがあったか、彼は知らないのだ。


「お嬢さん、シンクレールさんに話してやりましょう」


 (うなが)され、口を開く――。




 早朝の出来事を語り終えると、シンクレールは口元に手を当てて考え込むように(うつむ)いた。「オブライエンは僕たちのことを知っているのか」


「ええ。顔までは知らないでしょうけどね。しかし、油断は出来ません。昨晩シンクレールさんがほんの少し口を(すべ)らせただけで見抜いてしまうくらい鋭い人ですから」


「その件は悪かったよ……」


 シンクレールは苦々(にがにが)しく呟く。些細(ささい)な失態ではあったが、もたらした結果は重大だ。


「大丈夫よ、今後気をつけていれば」


 ヨハンが忘却(ぼうきゃく)魔術をかけなければ厄介なことになってたかもしれないけど、そこまで言うのはさすがに気の毒だ。大事なのは今後のことなのだから。


「キュラス行きの気球にはオブライエンも乗るのよね? だったら、いずれバレるんじゃない? わたしたちのこと」


 あの土地に住む人々は、わたしがクロエだと知っている。王都でなにをしたかまで把握(はあく)しているのはテレジアくらいのものだろうが、その情報も浸透(しんとう)しているのかもしれない。となると、オブライエンの目的である魔具職人――ゼーシェルがひょんなことから口走らないとも限らないのだ。


「そればかりは対処(たいしょ)出来ませんね。住民全員に忘却魔術をかけるなんて魔力が()りませんし、敵方(てきがた)も黙ってされるがままでいるはずがありません」


「だったら、どうすれば……」とシンクレールは深刻そうにため息をついた。


「こちらの仕事が終わり次第(しだい)、オブライエンさんを回収しましょう。そして帰りの気球のなかでもう一度忘却魔術をかける――これでいかがでしょう」


 それくらいしかないだろう。オブライエンも気球を使わなければ戻れないだろうし、それはわたしたちも同じだ。事前に打ち合わせておけば、勝手に気球で去られることもない。


 オブライエンがどう動くかは未知の部分があったが、少なくとも今朝の様子を見る限り、こちらの正体を知ったからといって単独でキュラスを去るようなことはしないように思えた。確信は持てないけど……。


 ヨハンもそのことに気付いているのか、続けた。「まあ、賭けの部分が大きいのは認めます。ですが、現状でそれ以上のアイデアはありません。肝心(かんじん)なのは賭けの勝率を上げることです」


 賭けの勝率か。どこかで聞いた台詞(せりふ)だ。


「オブライエンのことはそれでいいとして」とシンクレールは(うつむ)いたまま言う。「どうやってキュラスを……」


 そこから先は言葉にされなかった。けれど、大体分かる。


 ――どうやってテレジアと戦うのか。


「テレジアはあの日、本気で戦ってなかったわ。けど……次は容赦(ようしゃ)しないでしょうね。きっと本来の戦いかたをしてくる」


「本来の戦いかた?」


 言って、シンクレールはこちらを一瞥(いちべつ)する。彼の瞳には、(なか)ば以上理解しているような気配があった。


 本来、治癒(ちゆ)魔術師は戦場に出ない。ほかの魔術を使えればまだしもだが、治癒だけでは足手(あしで)まといでしかないのだ。治癒魔術など、()り傷を治せれば上等な(たぐい)である。ただしそれは、一般的な話として、だ。


「モニカとマドレーヌ。二人に戦わせて、テレジアは治癒に専念するでしょうね。どれほどの傷を治せるかは分からないけど、奇跡と言われるほどの力よ。致命傷でなければすぐに回復させられると思ったほうがいいわ」


 マドレーヌとモニカ。二人合わせても、こちらの戦力のほうが高いはずだ。騎士と自警団では実力に雲泥(うんでい)の差があるはず。しかし、そこにテレジアが加わるだけで話はがらりと変わる。致命傷さえ()ければ戦い続けられるとなれば、勝負は途端(とたん)に分からなくなってしまう。


 そして、もうひとつ気がかりな点があった。いや、それは気がかりと呼べるほど小さな問題ではない――。


「問題は、その三人だけではありません。キュラスの全住民が敵と考えるべきでしょうな」


 そう。夜になれば住民は魔物と化す。狡猾(こうかつ)なギボンへと。


 そしてロジェールの語ったところによると、彼らを従えていた大猿がいるはずだ。


 トップクラスの治癒魔術師と、その側近(そっきん)の魔術師と魔具使い。そして、大量の魔物とそのリーダー。常軌(じょうき)(いっ)した連合相手に、わたしたちはどう立ち向かえばいいのだろう。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『マドレーヌ』→『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れている。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『モニカ』→幼いながらも『救世隊』の一員。魔具使い。先端が球状になったメイスの使い手。詳しくは『318.「人の恋路を邪魔する奴は」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』にて


・『ゼーシェル』→キュラスで暮らす、老いた魔具職人。あまり人とコミュニケーションを取りたがらず、協調性もない。詳しくは『328.「神の恵みに感謝を」』にて


・『ギボン』→別名『魔猿』。毛むくじゃらの姿をした人型魔物。森に出現する。詳しくは『294.「魔猿の王様」』にて


・『高山蜂』→標高の高い地域に生息する蜂。針には毒がある。崖に巣を作る。巣は甘く、食料として高値で取引されている。詳しくは『300.「幸せな甘さ」』『303.「夜の山道」』にて


・『寝苔』→別名『森のベッド』。麻痺毒を持った植物だが、口にしなければ害はない。毒のおかげか、獣が立ち寄ることもないので絶好の休憩場所。詳しくは『293.「森のベッド ~低反発~」』にて


・『音吸い絹(カルム・シルク)』→音を遮断する布状の魔術。密談に適している。詳しくは『216.「音吸い絹」』にて


・『忘却(ぼうきゃく)魔術』→記憶を喪失させる魔術。短期的な記憶に限り、消せると言われている


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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