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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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36.「暗がりに夜の群」

 覚悟を決める。ここから先はミイナたちの無事を信じ、アリスのみに集中しなければならない。


 その意志が伝わったのか、アリスは不敵に笑った。子鬼の気配が徐々に強くなる。左右の崖を繋ぐ橋も連中が群れているかもしれない。だとしても、進むしかないことはミイナたちも理解しているだろう。止まるも地獄、進むも地獄。同じ危険度なら、生存率の高いほうを選ぶはずだ。たとえ肌が噛み千切られようとも、明日へ命を繋ぐ。ミイナはそんな性格のはずだ。


 わたしは深く息を吸って、蛇行しつつアリスへ向かって駆ける。銃口はほんの少し遅れてわたしを追った。


 時折フェイントを入れつつ距離を詰める。弾数のせいか、なかなか発射されない。アリスも神経を研ぎ澄ませて、ここぞというタイミングを計っているのだろう。


 彼女まで残り三メートルのところで、わたしは姿勢を低くしてアリスに突進した。トリガーに置いた指に力が入るのが分かる。


 瞬時に身を捻り、右方向に飛びのいた。


 ――しまった。指に力が入った時点で魔弾が放たれると予想していたのだ。が、銃口は未だ沈黙している。大きく横に飛んだわたしの顔に照準が合う。


 発砲音。


 腕に広がる痺れと、早鐘のように打つ心臓。わたしは体勢を崩しつつも、すんでのところで魔弾を弾くことに成功した。しかし、一瞬でも判断が遅れていたら今頃……。そう考えると寒気がした。


 アリスから一旦距離を置く。


「やるじゃない、お嬢ちゃん。やっぱり本物だわあ」


 アリスはうっとりとわたしを眺める。安全圏から射撃して、獲物が命からがら対応する様を見て悦に浸っているだけだ。その余裕を奪い去ってやりたい。狩られる立場になったとき、アリスがどんな表情をするのか。


 わたしは再度姿勢を低くして駆けた。細かくフェイントを入れつつ、先ほどよりも速度を上げる。追いすがる銃口は、わたしを捉えきれていない。


 激しく複雑なステップを踏みつつ、左手でさりげなく小石を拾った。そしてそれを即座に指で弾く。


 方向よし、速度よし。


 アリスは動きを追うので精一杯の様子。


「痛っ!」


 アリスの小さな叫び。小石はみごと彼女の左の親指に命中し、装填中の魔銃が落下するのが見えた。弾倉からは魔力が水のように零れ出す。


 アリスは落ちた魔銃を拾い上げ、すぐにこちらへ視線を戻す。もうなにもかも遅い。


 発砲音。


 咄嗟に放たれた魔弾はかすりもしなかった。既に、わたしの間合いだ。


 アリスの胸へ、渾身の蹴りを放つ。確かな手応え。彼女の身体は前方へ吹き飛んだ。それでも両手の魔銃を離さないあたり、よほどこの戦いに執着しているとみえる。


「よそ見している暇はないわよ、お姉様?」


 案外わたしも意地悪なのかもしれない。


 アリスは身を起こし、残り一発きりの魔銃を構えた。もう片方の魔銃は先ほどと同様に弾倉をつまんで親指から魔力を流し込んでいる。ただ、はじめからやり直しだ。あと一発撃たせてしまえば、こちらの勝利は揺るぎないものになる。


 と、一匹の子鬼が現れた。


 それが幸福なのか不幸なのかは分からなかった。が、それは直後に起こる惨劇を予測させるには充分だった。


 辺りは子鬼の気配で溢れている。


 ふと、ミイナたちのことが思い出されて焦りが全身を覆っていく。子鬼がここまで這い上がってくるとすると、既にアカツキ盗賊団は……。


 次の瞬間には、崖際から大量の子鬼が這い出してきた。数えることもできない。無数、としか表現できないほどの量。


 迫り来る子鬼を見るや否や、アリスは身体の後ろのホルスターに銃を仕舞い、地に両手を突いた。彼女の半径一メートルに魔力が溢れる。子鬼は一斉にそちらへと向かった。


 と、アリスの周囲を炎が膜のように覆った。子鬼は彼女に近寄ることが出来ず、その周囲に群れるだけだった。


 炎の防御魔術だろう。半円形に自分の周囲を覆い、魔物の襲撃を回避するすべだ。低級の魔物の多くは火を嫌う。子鬼やグールは例外ではない。


 ずっと魔銃のみで戦闘していたので意識から抜けていたが、そもそもアリスは魔術師なのだ。であれば、一般的な魔術――特に防御に特化したものは会得していても不思議はない。王都外の人間だからといって、先入観で判断すると痛い目に合うことくらいもう理解していた。王都と一切の交わりのない『最果て』の地方でさえ、わたしの予想や経験を軽々と越えてくるのだ。


「邪魔が入っちゃったわねえ。あんたを殺したいのはやまやまだけど、今は我慢するわ。もうじき夜も明ける。それで子鬼がいなくなったら、第二ラウンドを始めましょう? 子鬼の群くらい大したことないでしょう? クロエお嬢ちゃんなら」


 アリスの声は前ほど余裕はなかった。それもそうだろう。わたしとアリスの消耗はおそらく釣り合っている。彼女は防御魔術で魔力を消費し続け、尚且つ両手は塞がれているから魔弾の装填もできない。一方でわたしは、この尋常でない量の子鬼を短剣一本でさばききらなければならない。無傷では済まないだろうし、なにより武器がもってくれるかも分からない。


 崖際から駆け寄る子鬼の群に視線を向ける。闇夜に打ち寄せる波のようだ。


 息を整え、最初の一撃を放った。


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