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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~②機械仕掛けの航路~」
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349.「生まれたての太陽の下に」

 オブライエンが去ったからではないだろうが、ヨハンは気球の話を一旦(いったん)切り上げて、ロジェールに話の続きを求めた。


「大猿が現れたところまで話しましたっけ」


 (うなず)いて見せると、ロジェールはいくらかリラックスした様子で語りはじめた。それでも、ときおり顔を(ゆが)めつつ――。


「あの晩、大猿が戦うことはありませんでした。部下に命令を出すだけで、あくまでも自分は静観(せいかん)しているだけ……そんな感じでした。ぼくたちはほかの魔物に手一杯(ていっぱい)で、奴を相手にするだけの余裕がなかったんです。ただ――静かにしている大猿に安堵(あんど)していたのも事実です。あの巨体で暴れられたらひとたまりもないですから……」


 実際にその魔物を目にしたことはもちろんないが、ロジェールの気持ちは分からないでもない。十メートル超の巨体を持つギボンなんて、恐ろしいに決まってる。


「翌日からは、街の建て直しにかかりました。家屋(かおく)随分(ずいぶん)損害を受けましたからね……。それと並行して、調査をしたんです」


「調査?」とヨハンがたずねる。彼の目付きは鋭く、口調は真剣だった。


「ええ。あの連中がどこから来て、どこへ消えたのか――」


 朝になったら消えてしまうはずの魔物を追うなんて、不可能に思える。


 ロジェールはこちらの疑問を(さっ)したのか、厳粛(げんしゅく)声音(こわね)で付け加えた。


「……あの大猿は、朝になっても消えなかったんです。……周囲の魔物全部が消えたのを確認するみたいに、陽が昇ってから崖を()び越えて、森へと去っていったんです。思えば、ギボンも霧になった瞬間を見ていません。連中は決まって崖の先の森に消えていくんです」


 本来蒸発するはずの魔物が、森へ消えた。大猿はもちろん、通常のギボンでさえ自然消滅した瞬間は見ていないのか。すべての個体が山中(さんちゅう)に散っていったなら、彼ら『救世隊(きゅうせいたい)』が不審(ふしん)に思うのも理解出来る。


 魔物の巣。強力な個体や、あるいは日中帯(にっちゅうたい)も活動出来る魔物が牛耳(ぎゅうじ)る地をそう呼んだりする。この木々深き広大な山中のどこかに、そんな場所があるのではないかと疑ったのだろう。


「……連中のアジトを見つけるまで随分と時間がかかりました。一年足らずでしょうか……ようやくその場所を見つけたんです」


「その場所とは……?」


 ヨハンはじっとロジェールの目を見つめて問う。


「それは」言って、ロジェールは人さし(ゆび)を真下に向けた。「ここです」


 この小屋。そしてその周辺。それが丸ごと魔物の巣になっていた――ということか。


「この場所が――魔物の巣だったってことかい?」


 シンクレールは、思わず、といった口調で詰め寄った。そんな彼に、ロジェールはゆっくりと(うなず)いて見せる。


「ええ、ここが魔物の巣だったんです。それを見つけたのは――ぼくでした。ちょうど真夜中になる少し前のことです。道に迷った、というのが正直なところですが……」


 道に迷ってたどり着いた先が魔物の住処(すみか)だなんて、悪夢でしかない。ただ、ひとつ確かめておきたいことがあった。


 夜への入り口。つまりは魔物の支配する時間の寸前(すんぜん)。そのタイミングで、彼はなにを目にしたのか――。


 口を開きかけて、シンクレールに(さえぎ)られた。


「そこであなたが見たのは、魔物だったのか、それとも……」


 彼もわたしと同じ疑問を(いだ)いていたのか。つまりロジェールは、わたしたちと同じく、魔物へと移り変わるその姿を目にしたのかどうか。そのおぞましくも、理不尽に満ち(あふ)れた変身劇を……。


 ロジェールは目をつむり、うなだれた。そして、長いため息を吐き出す。


「知っていたんですか……あの連中が、いや、魔物が人間だってことを。……答えは、両方ともイエスです。魔物も見ましたし、その前の状態……人間の姿だって目にしました」


 ごくり、と息を()んだ。ロジェールは、テレジアに再会するよりも前にその光景を見たのだ。


 となると、わたしたちが目にしたものも、テレジアによる作り物ではないわけだ。元よりその可能性は少ないと考えていたものの、確実に彼女の息がかかっていない段階で同じ経験をした人がいるという事実に打ちのめされそうだ。


 疑いの(たね)が、どんどん消えていく。


 ロジェールはさすがに消沈(しょうちん)した様子で続けた。


「森の奥から、彼らの姿を(なが)めていました。連中が人間の姿をしていたときも、盗賊かと思って木の根元に身を隠したんです。……まるで悪夢でした。人間が魔物――それも、あの憎い猿になるだなんて想像もしてませんでしたから」


 想像なんて出来るはずがない。魔物は魔物で、人間は人間。それが絶対的な常識なのだから


「で、そのあとどうなったんです?」


 ヨハンが先を(うなが)しても、ロジェールはしばし黙ったままだった。外で鉄の音がリズミカルに鳴っている。この話も、オブライエンの耳に届いているに違いない。


 彼はどう感じているだろう。この一連の事実も、自分の利害とは関係しないと思っているのだろうか。


 ランプの()が揺れ、ロジェールの影がまるで怪物のように(うごめ)いた。


「復讐心なんて、恐怖には勝てないものですね。ぼくは思い知りましたよ……自分がいかにちっぽけな存在か……」


 彼は薄く(まぶた)を開き、床を見つめた。いや、実際目に映っているのは別のなにか(・・・・・)なのかもしれない。その(うれ)いに満ちた表情は、追憶(ついおく)の影があまりに濃かった。


「ぼくは街に逃げ帰ったんです。一目散(いちもくさん)に……。それから数日、(おび)えて暮らしました。連中がぼくを(さら)いに来るのではないかと。夜間防衛も休んで、ずっと施設に入っていたんです。そこなら安全だろうと信じて」


 あれだけ堅牢(けんろう)な建物なら安全だろう。物理的にも、精神的にも。


 しかしロジェールは、首を横に振って自嘲気味(じちょうぎみ)に笑った。


「……その晩もぼくは施設に(こも)っていました。ほかの住民は、住み慣れた家屋で過ごしていたというのに、ぼくだけは安全な場所に引き籠っていたんです。……まずは地鳴り。次に、悲鳴。そのあとには、雷の落ちるような轟音(ごうおん)が繰り返し鳴っていました。怒鳴り声が混じったりしましたが、それも()えて――」


 ロジェールは、ぎゅっと自分の胸を掴んだ。


「静かになってから施設を出ると……もう朝になっていました。生まれたての太陽に照らされていたのは、街だったなにか(・・・)です。かつてフロントラインと呼ばれ、(いただき)の街と呼ばれ、敬虔(けいけん)な宗教と強い信仰心(しんこうしん)に守られていた街……。残骸(ざんがい)のなかに、『救世隊』のなかでも実力者の二人と、魔具職人が、ぽつんと立っていたんです。朝日を見つめて、呆然(ぼうぜん)と」


 生き残ったのはマドレーヌとモニカ、そしてゼーシェルのことだろう。


 ランプの(しん)が、じりり、と音を立てる。


「……薄々勘付(かんづ)いていたんです、連中が襲ってきた理由は。ぼくが姿を見られたばっかりに……なのに、張本人(ちょうほんにん)のぼくは――」


 ロジェールの瞳は見開かれ、床を()がさんばかりに見つめていた。


「その晩、『教祖』が帰って来たんです。……あの連中を引き連れて」


 息が詰まった。一年ぶりに帰還したキュラスの救世主。信仰の(みなもと)たる『教祖』。その彼女が連れて来たのは、キュラスを壊滅(かいめつ)させたギボンたち……。幼馴染の姿と行動を目にしたロジェールは、どれほど苦しい思いに(とら)われただろう。きっとわたしの想像よりも(はる)かに強い苦痛と後悔を味わったに違いない。


「そして……彼女は告げたんです。彼らが魔物であり、そして同時に人間であることを。そのときの連中は人の姿をしていましたので、当然『救世隊』の二人は納得しませんでした。……無理もない話です。あれは自分の目で(とら)えないと分かりっこない(たぐい)のものですから。そして『教祖』は――」


「見せたんですね。『救世隊』のお二人に。そして、最終的には納得させてしまった」


 ヨハンはぽつりとあとを引き取った。ロジェールはというと、くたびれた笑みで(うなず)いただけである。


 それから先のことが、彼の口から語られることはなかった。ぐったりと木箱に座り込んだまま黙っている。


 きっとロジェールは、キュラスを滅ぼした魔物を許すことが出来なかったのだろう。そして、彼らを許容(きょよう)したテレジアを憎んでいるのかもしれない。


 けれども――どうして自分の憎んでやまない連中が巣にしていた場所に移り住んでいるのか。そこまでは分からなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『マドレーヌ』→『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れている。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『モニカ』→幼いながらも『救世隊』の一員。魔具使い。先端が球状になったメイスの使い手。詳しくは『318.「人の恋路を邪魔する奴は」』にて


・『ゼーシェル』→キュラスで暮らす、老いた魔具職人。あまり人とコミュニケーションを取りたがらず、協調性もない。詳しくは『328.「神の恵みに感謝を」』にて


・『ギボン』→別名『魔猿』。毛むくじゃらの姿をした人型魔物。森に出現する。詳しくは『294.「魔猿の王様」』にて


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。街の夜間防衛を担う存在


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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