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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~②機械仕掛けの航路~」
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346.「あまりに唐突で異常な暴露」

 去りゆくオブライエンを追おうと立ち上がりかけたロジェール。彼を引き止めたのはヨハンだった。


「まあまあ、ロジェールさん。悪いようにはしないでしょう。彼の義手(ぎしゅ)を見たでしょう?」


「いや、しかし勝手に……」


「いい発見があるかもしれませんよ。なぁに、谷底に落ちたときははじめから作り直すとまで言ったあなただ。好奇心と寛容(かんよう)さなら、素晴らしいまでに持ち合わせているじゃありませんか」


 なんとも無理矢理な説得だったが、ロジェールはため息をついて木箱に腰を落ち着けた。ヨハンが折れないと(さと)ったのだろう。


 それにしても、だ。


 このままオブライエンに気球を改造させていいのだろうか。もし上手くいったら、それこそ同行せざるを得ない。


 そんな懸念(けねん)()めてヨハンを見つめたのだが、彼は平気な様子で薄笑いを浮かべている。なるようにしかならない、とでも考えていそうだ。


 オブライエンが外に出たからだろう、ヨハンは真面目な口調で切り出した。「さて……ひとつ内密の話があります」


「……なんでしょうか」


「数日前に小屋で語っていただいた()について、です」


 しん、と部屋が静まり返る。わたしもシンクレールも、きっと同じことを考えているだろう。どうしてそんなことを言わなければならないのか、と。すでに気球に乗る算段は――(はか)らずもオブライエンによって――出来上がりつつある。なのに波風(なみかぜ)を立てようとするのはどうしてなのか。


 思考をめぐらせても答えは出そうになかった。彼のことだから、無意味に切り出したわけではないと思うけど……。仕方なく、成り()きを見守ることにした。


「嘘なんて――」


 言いかけたロジェールを、ヨハンが(さえぎ)る。「ここに住むようになった経緯(けいい)についてです。あれは丸ごと嘘でしょう?」


 ロジェールは口を結び、額に手を当てた。考え込むように。


「おや、いかがしましたか?」


「……あなたがどうしてそんなことを言うのか……それを考えただけです。ぼくは真実しか喋っていないのに」


 ロジェールは真剣な口調でこぼしたが、『真実しか』という部分が真っ赤な嘘だ。わたしはキュラスで彼のたどった経緯を聞いたのだから。ヨハンとシンクレールには話していないけど……。


 そういえば、ヨハンはヨハンで別の情報を(つか)んでいるかもしれない。なにせ、モニカに付きっ切りだったのだから。まさか彼がただただ()い寝に付き合うなんて思えない。


 ふとモニカの言葉を思い出し、余計にその確信を強めた。そういえば彼女は、ロジェールからこちらの情報を聞いていたのだ。わたしたちが山中(さんちゅう)をさまよっている間に小屋を訪れて。


 ヨハンは唐突(とうとつ)に胸に手を当て、一礼した。


「私たちも、嘘を懺悔(ざんげ)しましょう。――先ほどのお嬢さんの言葉は真っ赤な嘘です」


 ぎょっとしてヨハンを見る。真面目な様子を(よそお)いつつも、ヨハンの口元には薄笑いがこびりついていた。なんでわたしの嘘をわざわざ暴露(ばくろ)するのか……意味が分からない。


「どういうことです」


 ロジェールは眉間(みけん)(しわ)を寄せてこちらを見る。


「あ、それは……ええと」


 言葉に迷ったわたしを、即座(そくざ)にヨハンが遮った。


「それは私から説明しますよ。事実をすべてお伝えします。だから、ロジェールさんにも正直になっていただきたいですなぁ」


 そしてヨハンは続ける。


「キュラスへの橋が落ちたことは事実で、そのために気球を求めているのも(いつわ)りありません。ただ、前提(ぜんてい)が違います。橋を落としたのは誰だと思います? ロジェールさん」


 ヨハンの目は、例の不気味な眼差(まなざ)しに変わっていた。なにひとつ見逃さぬよう張り詰めた眼差しに。


「そんなもの……老朽化とかで自然に……」


「老朽化? キュラスの橋はそんなに傷んでいたのですか?」


「え、ええ。ぼくが昔にキュラスを去ったときから――」


「おや、面白い表現だ。ロジェールさん。あなたはつい数か月前(・・・・・・)のことを『昔』だなんて言うんですねぇ」


 ロジェールの顔が引きつる。


「どこでその話を?」


 ヨハンはその問いかけに、すぐには答えなかった。ロジェールの瞳を(のぞ)き込み、じっくりと時間を置いて唇を開く。


「キュラスで聞いたんですよ。『救世隊(きゅうせいたい)』から」


 どくり、と心臓が()ねる。いったいヨハンはどこまでぶちまけるつもりなのだろう。まさか、テレジアとわたしたちの関係まで披露(ひろう)してしまうとは思わないけど……。


 ロジェールは目を見開き、思わず、といった口調でたずねた。


「あなたがたは一度キュラスに入ったんですか」


「ええ、間違いありません。細かい部分は割愛(かつあい)しますが、キュラスで暗躍(あんやく)した結果、皆さんの愛する『教祖』様によって橋を落とされたわけです。まだ目的は達成していないというのに、困ったものですよ」


 ロジェールは絶句(ぜっく)してヨハンを見つめている。それはわたしとシンクレールも同じだ。


 なにが『困ったものです』だ。洗いざらいすべて言ってしまうのではないか、この骸骨は。それはさすがに困る。


「ヨハン、ちょっと待って――」


「お嬢さんはお行儀(ぎょうぎ)よくしていてください。嘘は肌に悪いですよ?」


 馬鹿にして……。けど、このまま好きにさせるわけには――。


 言葉を続けようと息を吸ったが、ヨハンに先を越された。


「ロジェールさん。私たちの目的はひとつです。キュラスを牛耳(ぎゅうじ)る『教祖』を討ち取ること」


 鈍い金属音が響き渡る。ロジェールが立ち上がって後退し、工具の山に尻もちを突いたのだ。


 かくいうわたしも、面食(めんく)らって声が出なかった。疑問が頭の中で(うず)を巻く。どうして彼は、テレジアの幼馴染であるロジェール相手にそれを明かしたのだ。さっぱり理解出来ない。ついに狂ったのか?


 しかしヨハンは、落ち着き払った態度でロジェールを見つめていた。


「はじめから」


 やっとのことでロジェールが発した声に、ヨハンは(うなず)きを返す。


「そうです。はじめから私たちの目的はテレジアさんの討伐でした。高山蜂(こうざんばち)の巣を手に入れようだなんてのは出任(でまか)せです」


「どうして――」


 ロジェールの声は震えていた。


「どうして『教祖』を討とうとしているのか、ですか? その理由はロジェールさんも推測出来るでしょう? 彼女がキュラスでなにをやっているか……知ってるでしょうに」


 ロジェールは口をつぐみ、目を()らした。その反応は、どんな言葉よりも説得力を持っている。彼は魔物のことも知っているのだ、きっと。元々人間であること。そして、連中によって一度キュラスが滅ぼされたことも。


「壊滅したキュラスに魔物を住まわせるなんて、あなたには納得出来なかったんでしょうなぁ。幼馴染の口から言われても、到底(とうてい)受け入れられなかった。いえ、幼馴染だからこそ、かもしれませんねぇ。……まあ、感情の機微(きび)までは私にも分かりませんが」


 叩きつけるような事実に力を奪われたのか、ロジェールはがっくりと肩を落とした。もはや、ありきたりな嘘で誤魔化(ごまか)そうなんて雰囲気はない。


「それをぼくに言ってどうするんだ……。もうぼくは、キュラスとは関係ない」


 しかしヨハンは、首を横に振って否定した。


「本当に無関係でいたいのなら、この場所に住むこと自体が妙ですなぁ。キュラスを滅ぼした魔物たちが()にしていたこの場所に」


 は?


 なにを言ってるんだ、ヨハンは。


「ちょっと、どういうこと?」


「まあまあ、お嬢さん。落ち着いてください。その様子だと知らなかったようですね。……ちょうどいい。ロジェールさんに語ってもらいましょうか。ご本人の口から説明するほうが間違いないですからなぁ。話してくれますね? ロジェールさん」


 ロジェールは苦しげに歯噛(はが)みして、目を泳がせた。


 (しび)れを切らした、というよりも満を()して、といった具合にヨハンは言葉を加える。ロジェールの目を(のぞ)き込んで。


「私はね、ロジェールさん。あなたの助けが出来ると思ってるんですよ。キュラス(りゅう)に言うなら『罪を(そそ)ぐ機会』でしょうか。そのチャンスをあげましょう」


 ぞっとするほど優しい声だった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。詳しくは『298.「夢の浮力で」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。街の夜間防衛を担う存在


・『高山蜂』→標高の高い地域に生息する蜂。針には毒がある。崖に巣を作る。巣は甘く、食料として高値で取引されている。詳しくは『300.「幸せな甘さ」』『303.「夜の山道」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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