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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~②機械仕掛けの航路~」
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345.「機械仕掛けの紳士」

 義手(ぎしゅ)。それも、かなり精密な。


「どういう経緯なのか分かりませんが、ご覧の通り、吾輩(わがはい)は五体満足ではないのです。今お見せしている両手は、ほんの一部分でしかありません。お恥ずかしいので(さら)すのは(ひか)えますが、身体の大部分がこんな具合なのですよ」


 彼の身体にまばらな魔力が宿(やど)っていた理由がはっきりした。彼の全身は魔具か魔道具――どちらなのかまでは分からないが――のいずれかで(おぎな)われているのだ。手だけ見ても、それぞれ異なる魔力が(こも)っているように思える。各部位が別々の細工(さいく)で成り立っているのなら、魔力に不自然なばらつきがあるのも当然だ。


 それらを駆動(くどう)させる才能ももちろんだが、自分自身でメンテナンス出来るだなんて……ちょっと信じられない。


「これは驚きましたねぇ。誰がここまでの()を作り出したのでしょうか」


 ヨハンは興味津々(しんしん)といった様子で、彼の全身を(なが)め回している。まったく、遠慮(えんりょ)のない奴だ。


 オブライエンは苦笑しつつ口を開いた。


「それが、さっぱり分かりません。吾輩自身でメンテナンス出来るということは、近しい人物だろうと思いますがね。いかんせん、こいつ(・・・)が秘密を(かか)えたままなのですよ」


 オブライエンは自分の頭を(ゆび)さして見せる。記憶喪失のことをそう表現したのだろう。


「こんな技術が存在するなんて――」


 シンクレールでさえ、身を乗り出してオブライエンの手を見つめていた。


 多分、こうして自分の目で見なければ、これほどの技術が存在することを信じるのは不可能だったろう。その手付きや、ここまでの足運び。そしてちょっとした動きでさえ、人間のそれと遜色(そんしょく)なかった。精密な動き、という次元の話ではない。


「ちょっと触ってもいい?」


 たまらなくなってたずねると、オブライエンは愉快(ゆかい)そうにクツクツと笑った。


妙齢(みょうれい)のお嬢さんにそんな台詞(せりふ)を言われる日が来るなんて、この身体も捨てた物じゃないですね。どうぞ、お好きに触ってください。右手だけで我慢していただきたいですがね」


 この人は怜悧(れいり)そうな顔立ちに似ず、冗談好きなのかもしれない。こちらも笑みがこぼれてしまった。


「失礼します」


 彼の差し出した手を取ると、ひんやりと硬い感触を得た。関節を動かしてみたが、予想よりも(なめ)らかに動く。


可動域(かどういき)は人間と変わらないようですから、あまり乱暴にしないでくださいね。そう、優しく優しく」


 確かに、ある角度からは曲がらなくなっている。人間離れしたことまでは出来ないということは、単なる義手でしかないのかもしれない。


 魔力によって駆動させられる肉体。そんなふうに考えて、『鏡の森』の(ぬし)――グレガーのことを思い出した。彼は全身のありとあらゆる動きを魔力に肩代わりさせることで、疑似的(ぎじてき)な不死を作り出していたのである。オブライエンの機械の身体も、似たような考えかたが出来るかもしれない。


「ぱくっ」


 彼の手を探っていたわたしの指が捕らえられ、思わずびくりとしてしまった。そんな反応を(たの)しむようにオブライエンは笑う。


失敬(しっけい)失敬。ついつい悪戯癖(いたずらぐせ)が出てしまいました」


 言って、彼は指を(はな)す。


「気さくなのね、オブライエンさん。じっくり触らせてくれてありがとう。本当によく出来た義手ね」


「ええ、我ながら感心しますよ。これだけの物は珍しいでしょうね」


 ヨハンとシンクレールも、興味深げに彼の手をいじっている。一歩引いてみると、随分(ずいぶん)と妙な光景だ。


「そうそう」と、オブライエンは思い出したようにロジェールを向いた。「ハル嬢もネロ氏もヨハン氏も、用事があってここに来たんでしたね」


 そういえばそうだ。とはいえ、彼の腕は肝心(かんじん)のことを忘れてしまうくらいの衝撃だったけど。


 ロジェールは「そうでした。――で、どういった用件でしょう」と(うなが)した。


 そう(せま)られると困ってしまう。オブライエンに限らず、他人のいる状況で話せる内容ではない。どう説明すればいいものか……。


 あ、そうか。ちょうどいい理由があるではないか。


「キュラスへ行こうとしたんだけど、橋が落ちちゃってたのよ。それで立ち往生(おうじょう)しちゃって……。で、そういえばロジェールさんが気球を持っていたことを思い出したの。……失礼を承知(しょうち)で、借りられないかと思ってここまで来たのよ」


 するとロジェールは、不審(ふしん)そうに首を(かし)げた。


「あなたがたは高山蜂(こうざんばち)の巣が目的だったんじゃ……」


 そういえば、ロジェールにとってわたしたちは盗賊という立場だった。矛盾が出ないような説明をしなければ――。


「ええと……わたしたち、あれから改心したのよ。それで、キュラスの『教祖』様に会って懺悔(ざんげ)したいと思ったの」


「懺悔か……」とロジェールは気落ちした口調で言う。彼はキュラスから離れた人間なのだ。それも、テレジアが帰還してすぐに。その理由は、以前彼が小屋で語った嘘とはかけ離れている。


「そう。そんなわけで、お願いしに来たの」


「……悪いんだけど、気球は簡単に操縦出来るものじゃないんだ。それに、ぼく自身……キュラスに戻りたいとは思わないよ。前に説明した通りに、ね」


 幼馴染のテレジアに顔を合わすのが気まずいのは、前に言われたことだ。しかしながら、そこに嘘が(ふく)まれていることは知っている。


 さて、どう切り崩そうか。


「それならちょうどいいですね! 吾輩(わがはい)同伴(どうはん)しましょう。なに、気球の機構(きこう)ならロジェール氏に見せていただきましたし、操縦するくらいならなんとかなります」


 わたしもヨハンもシンクレールも、オブライエンを向いて固まった。彼が同伴する――その意味をよく理解していたからだ。


 彼の目的はキュラスの魔具職人――ゼーシェルに会うことらしいが、今はタイミングが悪すぎる。わたしたちと一緒にキュラスに行ったりしたらどうなることやら……。


 そんなオブライエンを止めたのはロジェールだった。


「待ってください。山の頂上でまともに気球を操作することなんて出来っこないですよ。風向きだとか天候だとか影響しますし、なにより、運が悪ければ谷底へ一直線ですよ!?」


 キュラスを縁取(ふちど)る谷を思い出して、寒気がした。あんなところに落ちたら間違いなく助からない。


 しかしオブライエンは(ゆず)らなかった。


「平気ですよ。大丈夫大丈夫。この手を見てください。生半可(なまはんか)な技術で成り立っているものではないのは分かりますね? つまり! これだけの精密機械を操作出来る吾輩に不可能はないのです!」


 まったくもって論理的ではない。さすがにロジェールも、ぽかんと口を開けて(あき)れている。


 (すき)(とら)えるように、ヨハンが口を(はさ)んだ。「ロジェールさんは気が進まないようですね。オブライエンさんの技術力は素晴らしいが、気球と義手は同じ作りではないですからなぁ」


「気が進まないんじゃなくて、無謀(むぼう)すぎるんです」とロジェールはきっぱりと言い切った。彼の顔には汗が浮かんでいる。


 ヨハンはとどめとばかりに、続けた。「ロジェールさん。空への夢は、無謀と背中合わせなのでは?」


 一瞬の沈黙が部屋に広がる。ロジェールはやや(うつむ)き、それから小さく首を横に振った。


「命と引き替えに出来るものじゃないですよ……」


 死んだら夢も追えなくなる。けれども彼は、今まで命がけで空への夢を浮かべてきたのではなかっただろうか。やはり、ロジェールの心に引っかかっているのは環境だとか危険性だとか、そんなものではないみたいだ。


 テレジアとキュラスを()ける本当の理由。多分、それが一番の要因(よういん)だろう。


 かん、と鉄を打つ音が響いた。オブライエンが手を叩いて立ち上がったのだ。


「なぁる。命、ですね。それなら吾輩がなんとかして見せましょう。腕の見せどころです!」


 言って、彼は意気揚々(いきようよう)と部屋を出ていった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照。現在クロエは、彼女の名を偽名として使っている。


・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師(ネクロマンサー)。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照。現在シンクレールは、彼の名を偽名として使っている。


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。詳しくは『298.「夢の浮力で」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ゼーシェル』→キュラスで暮らす、老いた魔具職人。あまり人とコミュニケーションを取りたがらず、協調性もない。詳しくは『328.「神の恵みに感謝を」』にて


・『幻術のグレガー』→かつて騎士団のナンバー2だった男。『鏡の森』でバンシーを従え、不死魔術を維持していた。洗脳などの非戦闘向けの魔術に精通している。詳しくは『205.「目覚めと不死」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『高山蜂』→標高の高い地域に生息する蜂。針には毒がある。崖に巣を作る。巣は甘く、食料として高値で取引されている。詳しくは『300.「幸せな甘さ」』『303.「夜の山道」』にて


・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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