35.「戦闘狂」
丸く見開かれたアリスの目が、徐々に笑むように細くなる。口元も、愉快でたまらないといった具合に薄く開かれた。
「フフフフフフフフフ」
こらえきれなかったのか、愉悦が漏れる。
「ナンバー4? それじゃ、あんたは四番手なわけかい」
アリスは口元を押さえつつ嬉々とした表情で訊ねた。
わたしは奴の手に握られた魔銃に意識を集中する。装填のための時間稼ぎをしているわけではないようだ。
「いいえ。わけあって三番手よ」
騎士団ナンバー2の冷めた目付きが蘇る。人形のような無表情と、主体性のなさ。騎士団を去るときに、彼女の持つナンバー2の称号は永久欠番となった。死んだわけでもなく、王都追放もされずに、唯一騎士団を去った少女。
「へええ。それじゃお嬢ちゃんより強い奴が、まだ二人もいるわけだ。王立騎士団って奴らにはどこに行けば会えるんだい? あんたを殺した後にすぐ向かうよ」
わたしは落ち着いた気持ちになっていた。追いつかなければならない。ニコルに手の届く強さまで。
「グレキランスよ」
わたしの答えに、アリスはまたも仰天したように目を見開いた。その瞳には狂喜が宿っている。
「グレキランス……グレキランス? ああ、グレキランス!! フフフフフ……その話、誰か信じてくれたかい?」
返事はしない。無意味だ。
沈黙を受けて、アリスは目を細めた。
「そりゃそうよ。誰が聞いたって御伽噺だもの。……でも、あたしは信じるよ。あんたは本物だ。でなけりゃ、あたしの魔弾を三度も弾くことなんてできやしない」
アリスは真っ直ぐわたしを見つめている。
ああ、と思わず口が緩む。この雰囲気は何度か見た覚えがある。戦闘狂のそれだ。戦うほどに、渇き、欠け、餓える。満足な相手にぶつかるまでどこまでも無謀を尽くす連中。
「あたしは」と呟いて彼女は銃のシリンダーをずらした。そして弾倉を左手でつまみ、右手をフリーにした。自然、左の親指は弾倉の一部を覆うかたちになる。魔力の装填。「今日という日を祝福するよ、クロエお嬢ちゃん。最高の出会いだ」
やはり、魔弾は撃ち切っている。なら、アリスに装填時間を与えるわけにはいかない。
わたしは地を蹴り、アリスへ向かって駆けた。まだ一発分の魔力も込められていないうちに奴を倒さなければならない。
アリスが右手を隠すように、身体の裏へ持っていった。
まさか、と思った瞬間にはもう一丁の魔銃が彼女の右手に握られていた。
――発砲音。
「フフフフ……お嬢ちゃん、読みは甘いんだねえ」
「でも、反応はいいでしょ?」
アリスの表情は更に悦楽を濃くしていくようだった。
「そうね、確かに一流……ああ、嬉しいわあ」
銃口の向きから瞬時に着弾箇所を計算し、咄嗟に盾で受け流したものの、完全に弾くことはできなかった。おかげで盾は粉々である。防具ひとつ分、不利になったわけだ。
「喜んでくれてなによりよ、弐丁魔銃のお姉様」
「お姉様だなんて嬉しいわあ」
口調は油断の塊だが、全体的に隙がない。銃口はわたしを捉えて離さず、左手は弾倉に魔力を送り続けている。あらゆる行動に対処すべく神経を集中させているに違いない。
困ったな。ただでさえ厄介な魔砲がふたつ。片方を構えつつ、もう片方は装填。魔力が尽きない限り撃ち続けられるわけだ。
正直、この状況は予想出来なかった。ただでさえ希少とされている魔砲がふたつもあるなんて、実際目にしても信じがたい。
突破口はひとつ。装填が完了する前に全弾消費させる。なんてシンプルで困難な対策だろう。アリスもそのことについてはわたし以上に意識しているはずだ。魔砲使いにとって、残弾管理は命に直結する問題だろう。なら、撃たざるを得ない状況を作るほかない。
銃口から目を離さず頭を回転させる。
不意にグレゴリーの声が響いた。「撃て!」
声の方向に目を向けた瞬間、盗賊のひとりが矢を放った。それはわたしの頭上を越えてゆく。放物線を描いて、崖のなかほどに突き刺さることが予測できた。
「ミイナ!」
崖を向いて思わず叫んでいた。そこにはロープにぶら下がったミイナの姿があった。彼女がこちらを振り仰いだ瞬間、一本の矢が顔の真横の岩に突き刺さるのが見えた。
命中こそしなかったものの、脅威であることに変わりはない。アリスを相手にしつつタソガレを切り伏せるのはあまりに困難だ。魔弾だけで手一杯である。
「ばぁん」とアリスは口に出してニヤリと笑った。「よそ見している暇はないわよ、お嬢ちゃん。今の油断で一度死んでる」
確かに、その通りだ。わたしが相手に出来るのはアリスのみで、一瞬たりとも目を離してはいけない。身体に穴が空いてから後悔することになる。気を引き締めて銃口に視線を注ぎ、集中力を高める。
するとまたしてもグレゴリーの「撃て」の声が聞こえた。
銃口が逸れ、その先を一瞥すると、今度はわたしに向かって一直線に飛ぶ矢が見えた。弾くにも、かわすにも、時間が足りない。既に矢は目の前まで来ていた。
と、発砲音がして矢が砕け散る。全てが瞬間的な映像だった。風を切る矢、それよりずっと速く空間を裂いて進む紫の魔弾が、丁度矢の先端部分を吹き飛ばしたのだ。衝撃は矢の全体に広がり、一瞬で粉々に砕いた。
「ボォス!」
アリスは低く、吼えるような声を出した。その顔には怒りが浮かんでいる。
「クロエはあたしの獲物だ! 邪魔するんじゃないよ!」
「わ、分かった」
苦々しいグレゴリーの表情。なるほど、やっぱり戦闘狂だ。あくまで一対一の戦闘にこだわり、水を差す存在があれば徹底的に排除する。そのためなら、貴重なリソースを消費しても構わないというわけだ。ともあれ、助かった。
「お嬢ちゃん。邪魔が入っちまったねえ。気を悪くしないでおくれ」
一転して猫撫で声。
「アリス、ひとつ提案があるんだけどいいかしら」
「なぁに? お嬢ちゃん」
「アカツキ盗賊団に矢を射るのをやめるように説得してくれないかしら。仲間が危険にさらされてると思うと、とてもじゃないけどあなたとの勝負に集中できそうにないわ」
「フフ……そのお願いは聞けない」わたしの言葉は一笑に付された。それから、諭すようにアリスは言う。「あたしはあんたと一対一で殺し合いができればそれでいいのよ。他の人間がどうなろうと、知ったことじゃない」
そう甘くはないか。
残り弾数は四。
「残念……。ならタソガレの連中を先に始末するわ」言って、盗賊のほうへ駆ける。グレゴリーも帯剣はしているが、遠距離武器はないようなので放っておこう。
発砲音。
わたしの目の前の地面が抉れ、岩の欠片が飛び散った。
「ねえ……お嬢ちゃん。あんたにそんな余裕があるのかしら。そんな甘い子は嫌いよ」
どろりと気だるげな瞳。表情にもいくらか冷めた感じがあった。
ここが限界だろう。次は容赦なく身体に当ててくるに違いない。しかし、威嚇のための無駄撃ちを一発。充分な成果だ。
残り三発。
【改稿】
・2017/11/16 誤字修正




