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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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335.「山頂の夜咄 ~教祖の長い旅~」

 風が()いだ。それまでは狂ったように吹き(すさ)んでいたのに……。まるでなにかの前触れのようだった。


 テレジアが短く息を吸う音が、はっきりと耳に届いた。


「彼――ニコルさんは旅の道中(どうちゅう)、この場所に数日間滞在しました。理由はシンクレールさんと同じです」


 シンクレールと同じ理由……。すると、ニコルも高山蜂(こうざんばち)に襲われ、その毒を治癒してもらったのだろうか。この信心深い山頂の街で。


「わたくしは、特別なことをしたつもりはありません。傷を癒すことも、毒を取り除くことも、自然なことだと思っていたのです。むしろ、マドレーヌさんやモニカさんのほうが特別な存在だと考えておりました」


 彼女は自分自身の実力に無自覚だったのだろう。魔具使いのモニカや、おそらくは魔術師のマドレーヌのほうが、能力が高いと思い込んでしまうくらいには。


 ニコルが訪れるよりも前から、キュラスの夜間防衛は噂として語られていた。つまり、夜をしのぐだけの直接的な迎撃(げいげき)能力が重宝(ちょうほう)される傾向(けいこう)にあったのかもしれない。テレジアはそれこそ、教義のシンボルとして人心(じんしん)の中心にあっただけ……。


「違います。『教祖』様の奇跡は、多くの人々を救ってきました。ほかの誰にも真似(まね)出来ない力です……!」


 マドレーヌが勢い込んで言う。モニカは口こそ挟まなかったものの、こくこくと(うなず)いた。


 なんとなくだが、想像は出来る。彼女の持つ治癒(ちゆ)魔術は、やはり常軌(じょうき)(いっ)しているのだろう。魔術師であろうマドレーヌが『奇跡』と表現する程度には。


 しかし、人の住む最後の土地――フロントラインと(しょう)されるこの街では武力こそが重視されるに違いない。いくら治癒能力が高くとも、それだけでは話にならないのだ。前線を支える存在がどうしても必要になる。


 テレジアは(はかな)げな微笑を浮かべ、首を横に振った。


貴女(あなた)がたがいなければ、今のキュラスはありません」


「でもアタシはたくさんの――」


 言いかけて、マドレーヌは唇を噛んだ。その表情には、どうしてか涙をこらえているような気配がある。テレジア相手に声を荒げたことの、自責(じせき)の念だろうか。だとしたら途方(とほう)もない尊崇(そんすう)だ。


 テレジアの表情に、ふっ、と寂しげな影が落ちた。雲で星が隠れたからだろうか。


「……続けましょう。ニコルさんはわたくしの生まれ持ったものを、とんでもない才能だと言いました。(くも)りのない(まなこ)で……。そして、わたくしを旅に誘ってくださったのです。何度か断ったのですが……」


 テレジアに詰め寄るニコルの姿が目に浮かぶ。こうと決めたらなかなか折れないだろうな、ニコルは。それこそ一直線に、何度でも誘うだろう。テレジアとしては、キュラスのことが心配で離れるわけにはいかなかったに違いない。


「ですが、皆さんがわたくしの背を押してくれたのです。魔物が罪の象徴(しょうちょう)なら、その(さい)たるものである魔王を()つのは正しいおこないだと。……わたくしも、そう思っておりました」


 またしても、彼女の顔に憂鬱(ゆううつ)な影がさす。微笑は崩していないはずなのに、どうしてこうも切なげなんだろう。それに、彼女が口にした言葉――『思っていた』、というのが妙に引っかかる。それじゃまるで、今は違う考えがあるみたいじゃないか。


 背に、じっとりと嫌な汗を感じた。テレジアが魔王に(くみ)する存在なのか(いな)か――それを思うと緊張せずにはいられない。


「それからわたくしは、長い旅に出ました。キュラスを出て、人の存在しない地へと足を向けたのです。……様々な体験をしました。おぞましい異形(いぎょう)も目にしましたし、キュラス以上に過酷な土地も踏んでまいりました。夜と、自然。この二つが旅の障害だったことは言うまでもありません。ですが……すべてを踏み越えて進んだのです」


 ぐすり、と鼻を(すす)る音がした。見ると、信者の何人かは涙をこぼしている。星灯(ほしあか)りを反射して、(しずく)が光った。


 彼らはテレジアのたどった道に感銘(かんめい)を受けているのだろうか。それとも、その苦労を尊く思っているのか。あるいは、まったく違う別の理由から流れる涙なのか……。


 いずれにせよ、わたしたちは冷静に聴かなければならない。なぜなら――。


 ここにほとんどの住民が集まっているということは、ある事実を意味しているように思える。彼女がこれから語る内容……そのすべてを信者がすでに知っているという事実を。でなければ、住民を呼ぶ意味がない。彼らのなかに困惑が広がってしまったら、せっかくの圧力も台無しなのだから。


 もしテレジアが敵であるなら、それはつまり、ニコルと魔王に味方しているということになる。これだけの人数がテレジアの事情を知って、それでも協力しようとしてるだなんて最悪のケースだ。考えたくはない。教会で敬虔(けいけん)な祈りを捧げていた彼らが、(あん)に魔王の軍門に(くだ)っているだなんて……ひどい話だ。


 シンクレールもヨハンも、今のところはじっと耳を(かたむ)けている。とはいえシンクレールは露骨(ろこつ)に、そしてヨハンは巧妙(こうみょう)に隠しながらも、どこか不安そうな様子だった。


 こちらはたった三人。相手は大量の信者に加え、魔術師と魔具使い、そしてトップクラスの治癒魔術師まで(そろ)っている。考えてみると、絶望的どころの騒ぎではない。


 テレジアは厳粛(げんしゅく)な口調を崩さずに続けた。


「旅で出会ったのは、なにも魔物ばかりではありません。メフィストさん――」呼びかけて、テレジアはヨハンへ笑みを向けた。「貴方(あなた)と近しい存在……『黒の血族(けつぞく)』、でしたね。彼らとも会いました。(やいば)(まじ)えることもあれば、手を結ぶことがあったのも事実です。特に、貴方のお兄様とは――」


「その話は結構。聞くべきとは思いません。気分だって決してよくならないですよ」


 ヨハンの声は冷静ではあったが、どこか不安定さを感じさせた。確か彼の兄――ジーザスといったっけ――は勇者一行で唯一(ゆいいつ)『黒の血族』の血が流れる存在だと語ってくれたはず。ヨハンが、最後に()つべきだと強く主張していたのが印象に残っている。


「あら……ごめんなさい。立ち入ったことを話してしまいましたね」


 テレジアは目を()せ、やはりというかなんというか、困惑した姉のような雰囲気を出した。


「家族のことですから。それなりにデリケートなんですよ。……失礼、どうぞ続けてください」


 ヨハンが(うなが)すと、テレジアは気を取り直すかのように深呼吸をひとつした。優雅(ゆうが)に、自然に。


「『血族』のことは、先ほど話した通りです。ほかにも半馬人(はんばじん)や獣人、それに小人とも関わりました。様々なかたちではありましたが、誰もが必死に、それぞれの生を謳歌(おうか)していたのです」


 ふと、嫌な予感が胸をよぎった。もしやテレジアは『黒の血族』や他種族と(まじ)わるうちに、魔物も人も平等だなんていう馬鹿げた思想を(いだ)いたのだろうか。


 考えれば考えるほど、その可能性は濃くなっていき、気付くと声になって漏れ出ていた。自分でもびっくりしてしまうほど余裕のない声色で。「あなたは……魔物さえ認めようとしてるの? 殺すべきじゃない、って」


 するとテレジアは曖昧(あいまい)な笑みを浮かべて「どうか最後まで聞いてください」と返した。


 歯切れが悪い。嫌な予感は弱まるどころか、どす黒く(にご)っていくようだった。


「話を進めましょう。……正直に告白しますと、旅の途中、わたくしは何度か揺らぎました。つまり、『黒の血族』を討つべきなのかどうか、と。もちろん魔物は倒し続けておりましたが、『血族』のなかにはわたくしたちと同じように、平和を(いつく)しむ者がいたのも事実です」


「だから連中と手を組んだ、ってオチなのかしら?」


 我慢が出来ず、言葉がこぼれる。もはやテレジアと良好な関係を結べるだなんて思えなかった。


 しかし彼女はきっぱりと、そしてなぜだか自責(じせき)(こも)った口調で言い(はな)った。


「いいえ。道中(どうちゅう)、わたくしたちは決して折れませんでした。だから、殺し続けたのです。魔物も、そして、平和を望む『黒の血族』をも」


 分厚い雲が、周囲に影を落とした。

◆改稿

・2018/09/13 表記揺れ修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『シーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。『夜会卿』に仕えている。『黒の血族』と人間のハーフ


・『メフィスト』→ニコルおよび魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『高山蜂』→標高の高い地域に生息する蜂。針には毒がある。崖に巣を作る。巣は甘く、食料として高値で取引されている。詳しくは『300.「幸せな甘さ」』『303.「夜の山道」』にて


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷

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