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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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332.「頂の晩餐 ~もったり~」

 教会に戻っても、シンクレールは相変わらず眠っていた。高山蜂(こうざんばち)の毒はひどく彼を(さいな)んでいるようである。


 部屋ではシンクレールのベッドに腕を投げ出して、マドレーヌが眠っていた。よほど彼のそばを離れたくないのだろう。一途(いちず)なのは悪いことじゃないけど、度がすぎている気もする。


 今はシンクレールの回復を待つことしか出来ない状況だ。そうだ、本でも読もう。


 マドレーヌを起こさぬように棚を物色(ぶっしょく)して、ちょっと驚いた。そこに並んだ本は、どれも王都では目にしたことのないようなものだったのだ。()じかたの(あら)さを見るに、移住者含め、地域の住民が書き(つづ)ったものかもしれない。ラインナップも『キュラス地史』だとか『天候記録』だとか『医学覚書(おぼえがき)』などなど、生活と地続きのタイトルがほとんどである。


 ざっと見ただけでは分からないが、滅ぼされた町や村から回収した本もあるのだろう。するとキュラス内にある書物は、言うなれば遺産だ。消え去った土地。そこで(いとな)まれていた生活。人々の吐息(といき)途絶(とだ)えたはずの歴史の歩みがここに保管されているかと思うと、しみじみとした気分になった。


 とりあえず数冊選んで机に戻った。部屋は静かで、マドレーヌとシンクレールの寝息も、さながら静寂に色を()えている程度である。窓がないので少し息が詰まる感じはあったものの、図書館だって同じような環境だ。


 さてさて、どんな知識が得られるのやら。




 ドアが開く音がして、文字の海から顔を上げた。入り口を見ると、テレジアが立ち()くしている。


晩餐(ばんさん)にいたしましょう。今夜から懺悔室(ざんげしつ)を寝室として使えるようにしておきました。懺悔は広間でおこないますので、どうかお気になさらず」


 ふと時計を見ると、すでに針は八時を指していた。本を読んでいると、あっという間に時間がすぎてしまう。


 マドレーヌはというと、相変わらずシンクレールのベッドに()()していた。規則的に上下する肩は、なんとも安らかである。


 テレジアを刺激するまい、とは思ったのだが、さすがにそう何度も恩義を受けるのは気が引けた。今後どうなるか分からない関係である。断ろうと口を開きかけたのだが――。


ヨハン(・・・)さんは晩餐の席におります。朝食を()った部屋と同じなのですが……場所はお分かりになりますか?」


 そういえば、ヨハンがどうなったのか気になる。確かモニカに添い寝を強要されていたっけ……。


「場所は分かるけど、マドレーヌはこのままで大丈夫? それに、シンクレールはずっと寝たきりで食事は――」


「マドレーヌさんは寝かせてあげてください。シンクレールさんのこともご心配なく。……こう申し上げると失礼かもしれませんが、実は貴女がいない(あいだ)にマドレーヌさんがお(かゆ)を食べさせてあげていましたから」


 寝てる間に物を食べさせて、喉に詰まらないだろうか。


 こちらの懸念(けねん)(さっ)したのか、テレジアは言葉を()えた。


「懺悔の合間に様子を見たのですが、何度か目を覚ましたようです。その(さい)に、少しずつ食べさせていましたので」


 目を覚ましたタイミングがあったのか。貴重な情報が得られたとはいえ、芋掘りをしている場合ではなかったかもしれない。


「まだ回復しそうにないのね」


「ええ。数日はこの調子でしょう。けれど、ご心配なさらなくて大丈夫です。出来る限りの治癒(ちゆ)はしてありますから。あとは、彼が徐々に体力を戻していくだけです」


 テレジアの言葉には、相変わらず嘘が感じられなかった。確かに、治癒魔術の理屈から言っても彼女の言葉は正しい。治癒出来るのは傷や毒くらいのもので、そもそも体力の回復を早めるような魔術ではないのだ。あとはシンクレール自身の力で、本来の自分を取り戻していくしかない。


「分かったわ。それじゃあお言葉に甘えて、夕飯をご馳走(ちそう)になるわ」


「ぜひ。食後には施設のお風呂に入ってくださいね」


「え――。湯も出るの?」


 テレジアはニッコリと(うなず)く。


 驚いた。こんな山頂で湯にありつけるだなんて。ここ数日水も浴びていない身にとっては、願ってもない好意である。


「なにからなにまで、ありがとう」


「お気になさらず」


 なんだか胸が痛い。こうして敵かもしれない相手の恩義を受け続けている状況が、どうにも落ち着かないのだ。テレジア本人からの申し出とはいえ気が引ける。




 今朝訪れた施設の一室には、すでにヨハンとモニカ、そしてゼーシェルがいた。


 魔具職人の老人は朝と同様にむっつりと口を閉ざして、警戒心たっぷりの眼差(まなざ)しを周囲に(そそ)いでいる。ヨハンは、なんだか一層(いっそう)不健康な表情をしていた。たぶん、モニカが彼の隣にべったりとくっついているからだろう。添い寝から食事まで一緒だなんて、まるで親子だ。


「お嬢さん……」


 ヨハンが、うつろな視線をこちらに投げた。


「なにかしら」


 呼んだきり、彼は口を閉ざして(うら)めしそうな目付きをするだけである。おおかた、今朝見放したことを根に持っているのだろう。そんなヨハンがあまりに意外だったので、笑いそうになってしまった。


「悪かったわ。けど、こっちの事情も理解して頂戴(ちょうだい)。三人で添い寝するわけにもいかないでしょう?」


 ヨハンの口から盛大なため息がもれた。直後、彼の身体がびくり、と震える。


「モニカさん! (わき)をつつかないでください!」


 ヨハンが子供を(しか)る姿を見る日が来るなんて思いもしなかった。当の本人であるモニカは「えへへ」と楽しそうに笑っただけだけど。


「ずっとこの調子なんです。つついたり、引っ張ったり」とヨハン。


「だって、好きなんだもん」とモニカはストレートな言葉を(はさ)む。


 がっくり肩を落とすヨハンと、ニコニコと楽しげなモニカ。なんだろう……この二人、面白い。


「モニカさん、あんまり困らせてはいけませんよ」と、テレジアは困り顔を浮かべた。彼女としても、こんなことはあまりなかったのだろう。どう対処していいのか分からない、といった雰囲気がありありと感じ取れる。


「はぁい」と返事をすると、モニカはヨハンを見上げた。キラキラとした瞳がなんとも(まぶ)しい。ヨハンは(かたく)なに目を()らしているけれど。


「では、そろそろ()し上がりましょう。――自然の恵みに感謝を」


 テレジアが手を組み合わせると、それまではしゃいでいたモニカは急に静まり返り、厳粛(げんしゅく)に「感謝を」と言った。


 (ごう)()っては郷に従えというが、なんとも複雑な心境である。ともあれ、かたちだけでも手を組み合わせて一礼した。その(かん)に、ゼーシェルはさっさと食べはじめている。


 晩餐(ばんさん)のメニューは朝食に出てきた山菜類とパン、それに加えて茶色いペースト状のなにか(・・・)が添えられていた。


「これは?」とヨハンが問うと、モニカが元気よく「芋!」とだけ答えた。


 なるほど。収穫した空芋(そらいも)を早速使ったのか。汁気(しるけ)が多いことは知っていたが、調理するとペースト状になってしまうほどの代物(しろもの)なのだろう。


 空芋は、もったりと口に残る濃厚さだった。芋らしい風味に加え、甘さが強い。デザートに最適だろう。


 食事を進めつつも、気にかかっていることがひとつあった。


「ねえ、『教祖』様」


「なんでしょう」


「今夜、わたしたちにも夜間防衛させてくれないかしら。見学するだけでもいいわ」


 直後、ヨハンがこちらを(のぞ)き込むのが分かった。その目付きは(けわ)しく、先ほどまでのぐったりした様子とはかけ離れている。


 彼はテレジアに向き直ると、きっぱりと言い(はな)った。「『教祖』様。今のお嬢さんの言葉ですが、忘れてください。私たちは大人しく教会で寝ます」


 なにを言ってるんだヨハンは。


「なに勝手に決めて――」


 わたしの言葉を(さえぎ)ったのはテレジアだった。


「そうしていただけると助かります。旅のお(かた)に負担をかけるわけにはいきません。それに、少し事情があるのです」


「事情?」


「ええ。シンクレールさんが回復した際に、ご説明します。どうかご理解ください」


 テレジアは深々と頭を下げた。その仕草(しぐさ)自体は清潔そのものだったが、どうにも納得がいかない。


「そういうことです、お嬢さん。シンクレールさんの体調が戻るまでは、あまり立ち入ったことを言うのはやめましょう」


 ヨハンはどうしてこんなことを言うのだろう。分からない。それどころか、妙に気が騒ぐ。


 ――ふと、嫌な予感が胸をよぎった。


 テレジアとヨハンが裏で結託(けったく)しているのではないか、と。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『高山蜂』→標高の高い地域に生息する蜂。針には毒がある。崖に巣を作る。巣は甘く、食料として高値で取引されている。詳しくは『300.「幸せな甘さ」』『303.「夜の山道」』にて


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷

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