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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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331.「来る者と去る者 ~芋掘り体験~」

 ギラギラと照り付ける日差しのなかで、芋掘りをしていた。周囲にはわたしと同じように腰をかがめて、せっせと真剣に芋を掘る人々。そのなかでひときわ大きな身体で右へ左へと(せわ)しなく芋を収穫する男……。


 どうしてこんなことになっているのやら。理由は分かっているけれど、どうにも不思議な気分である。

 

 懺悔室(ざんげしつ)を去ってシンクレールの部屋へと向かおうとした矢先、ハルツに会ったのだ。彼は見せたいものがあると言って強引に腕を引き、広大な芋畑の収穫風景を自慢したのである。牧歌的(ぼっかてき)で素晴らしい光景には違いなかったけど、『旅人さんもぜひ、一緒に収穫の喜びを!』だなんて……。断らないわたしもわたしだけど。


 シンクレールのことが頭にあったけれど、正直、どう動くのが正解なのか分からなくなりつつある。テレジアは予想以上に尻尾を見せないどころか、疑っているこちらが体力を消耗(しょうもう)してしまうほどの人物だし、住民は誰ひとり悪意など持っていない様子である。マドレーヌの敵意は理由が理由だし、ヨハンに対するモニカの(なつ)き具合もわけが分からない。


 キュラスの空気は飛び切り清潔で、なにひとつ破綻(はたん)していないように見える。夜間の異常を除けば、ひとつたりとも(うれ)いがない。


 シンクレールに手出しされるとも思えなかったので、こうして住民と関わりつつ、それとなくテレジアのことを探っているのだが……疑うべき要素はなにひとつ出てこなかった。ただ芋掘りを手伝っているだけになりつつある。


 それにしても――。


空芋(そらいも)なんて、はじめて見たわ」


 そんなわたしに、ハルツは破顔(はがん)して見せた。「そうか? ここじゃ珍しくないぞ」


 王都ではどれだけ珍しいか語ってやろうかとも思ったのだが、やめておいた。(みやこ)の価値観を説明したところで意味なんてない。


 空芋(そらいも)はその名の通り、皮の部分が空色(そらいろ)に染まった芋である。図鑑ではもったり(・・・・)とした汁気(しるけ)が強調されていたが、収穫したてのそれもずっしりとした質感を持っていた。楕円形(だえんけい)()()ないフォルムなのだが、栄養はぎっしり。そんなふうに書かれていたのを覚えている。ここに住む住民の壮健(そうけん)な生きかたを見るに、間違ってはいないだろう。


 キュラスが空芋の産地だったなんて、まったく知らなかった。確かに、ここと王都は距離が離れすぎているのでろくに交易(こうえき)もない。目的なく山頂を訪れる人も少ないだろうし、なにより、フロントラインという言葉には恐れが含まれている。魔物との戦闘――その最前線。物騒(ぶっそう)な場所に気安く立ち入るような人間は多くない。これまでキュラスと空芋の関係を語った書物がなかったのも(うなず)ける。


「これだけ()ったら、しばらくは食べていけそうね」


「そうだなぁ、俺にはよく分からんけどなぁ」


 ハルツは曖昧(あいまい)に言う。この人は目の前のことしか見えていないのだろう。それは決して悪い意味ではなく、目前の物事に全力を(かたむ)けているという、生きかたの種類だ。否定すべきではないけれど、キュラスほど牧歌的で寛容(かんよう)な場所でないと生き(づら)いだろうな、とは思う。


「毎日こうして自然を相手にするのって――」


 言いかけたところを、ハルツに引き取られた。「おう! 気分がいいぞ! 美味しい空気に、正しい生きかた。俺は幸せ者だ。『教祖』様がいなけりゃ、今頃(いまごろ)ひとりぼっちだからな」


 そして豪快(ごうかい)に鼻を(すす)るハルツ。激情的(げきじょうてき)な人だ。


「みんな『教祖』様が好きなのさ。あれほど素晴らしいお方はいないからな! あ、でも――」


 言いかけて、ハルツは明らかに困惑して見せた。まずいことを口走ってしまった、とでも言うように。


「でも、なに?」


 一歩詰め寄ると、やはり彼は困り顔で、けれどもおずおずと口を開いた。


「俺は嘘をつけねぇから言うけど、内緒にしてくれよ?」


「分かったわ。大丈夫、約束は守るから」


 なにか重要なことが聴けるかもしれない。これまで耳障(みみざわ)りのいい言葉しか流れてこなかったから。示し合わせたかのような一糸(いっし)乱れぬおだやかさの連携に、ようやく(ほころ)びが見つけられるかもしれない。


「ひとりだけ、ここを離れた奴がいたんだ。『教祖』様のそばを離れるなんて……。今どこにいるのか知らねぇけどよぉ、早く戻ってくればいいんだ。たぶん、意地を張ってるだけなんだろうよ。元々――きゅう、きゅ、きゅー」


「『救世隊(きゅうせいたい)』?」


「そう! その、きゅう、なんとかの一員だったのによぉ」


 ハルツは相変わらず『救世隊』が言えないようである。言葉の意味するところと響きが頭のなかで一致(いっち)しないのかもしれない。


「で、その『救世隊』のひとりは、唯一(ゆいいつ)キュラスから去った人なの?」


「ああ、そうさ。『教祖』様の(むかし)馴染(なじ)みなんだとよ」


『救世隊』は言えないのに、昔馴染みは言えるのか。基準が分からない。ともあれ、彼の言語能力のことはどうだっていい。


 テレジアの昔馴染み――つまり、幼馴染だった人間。そして、唯一キュラスを去った人……。


 ふと、頭に気球(・・)が思い浮かんだ。熱意を(かか)えたまま、森でひとり暮らすその姿も。


「……どうしてその人はキュラスを離れたのかしら」


「さあ、分からんなぁ。俺と『教祖』様がここに戻ってすぐだったから、なにか心変わりがあったんだろうよ」


 ハルツはツン、と唇を(とが)らせる。


 どういうことだろう。少し詳しく聞いておきたい。


「ちょっと待って。ハルツさんが『教祖』様と一緒に戻ったって――話が見えないわ」


 すると彼は、「あー」とか「うー」とか(うな)ったあと、ゆっくりと続けた。


「よく分かんねえけど、『教祖』様は一時期(いちじき)旅をしてたみたいだな。その帰りに俺と、ばったり会ったんだよ。いや、会いに来たのか? ああ、きっと会いに来たんだな。優しいなあ……。森で寂しく暮らす俺を、『教祖』様はキュラスに(まね)いてくれたんだ」


 少し、整理が必要だ。


「ええと……つまり……『教祖』様は旅の終わりにあなたを引き取って、キュラスに戻った。そのあとロジェ――『救世隊』のひとりがキュラスを去った。理由は分からない。……こんな感じ?」


 すると、ハルツは目を丸くした。


「あんた……説明上手いなあ! すげえや! さすがだなあ……」


 驚くポイントじゃないんだけど……。まあ、いいか。彼の反応で、わたしの整理した通りの流れだったことが分かったし。


「ハルツさん、ありがとう。わたし、ちょっと用事を思い出したから行くね」


「お、おう! 気をつけてな!」


 ハルツに背を向けて歩きつつ、呼吸を整えた。今得られた情報から、どこまでの物事を推測出来るだろう。決定的とは言えないだろうけど、はじめて見つけた()()かりだ。


 一定の歩調で進みつつ、頭を働かせる。


 まず、キュラスを去った『救世隊』のひとり。これは間違いなくロジェールだ。彼が『救世隊』だったことも、テレジアの帰還(きかん)と同時にキュラスを去ったことも知らなかった。けれど、ヨハンは彼の言葉に嘘があると言っていたはず。なら、ハルツの語ったことを事実と見るべきだろう。


 ハルツはテレジアによってキュラスに招かれたと言っていたが、これも真実に違いない。会いに来た、という表現が引っかかったが、激情的な男だ。単なる思い込みだろう。旅の終わり……おおかたキュラスに(いた)る街道沿()いの森で彼女と出会い、善意かなにかは知らないが、一緒に来るよう言われた、ということか。


 問題はテレジアが戻り、一方でロジェールが去った点にこそあるに違いない。ロジェールが森の小屋で語ったような『幼馴染が遠くへ行ってしまった』という理由ではないだろう。


 テレジアに、そのことをぶつけてみるべきだろうか。もし、それが彼女の急所なら――。


 はたと、思考が止まった。もし、たったひと言ですべての破綻(はたん)が訪れるのなら。たとえば、まだシンクレールが目を覚まさないうちから彼女を追い詰めてしまったなら。


 彼女が尻尾を見せないあまり、大胆(だいたん)(せま)りすぎていやしないだろうか。それこそ、無謀(むぼう)なほどに。


 背を走った寒気は、わたしの軽率(けいそつ)(とが)めるようだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。詳しくは『298.「夢の浮力で」』にて


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。街の夜間防衛を担う存在。


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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