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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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322.「頂の教会」

 教会へと続く坂を登る。頭のなかはこれからのことに支配され、意識しないとすぐに呼吸が乱れた。冷静になるよう自分自身に言い聞かせても、次々と()いてくる嫌な予感に焦りが増してしまう。


 勇者一行と対峙(たいじ)するのはこれで二度目だ。最初はルイーザだったが、彼女と遭遇(そうぐう)したのはまったくの偶然だったし、最終的にはわたしが自滅して見逃してもらったのである。しかし今度ばかりはそうもいかないだろう。テレジアがどんな人物であれ、命の奪い合いだ。退()くわけにいかないのはあちらも同様のはずである。


 それにしても。


 ふとルイーザのことを考えて、むかむかと嫌な気分になった。彼女に敗れたことはもちろん(くや)しかったけど、それが理由ではない。


 ちらりとヨハンを見ると、彼は相変わらずモニカにコートを掴まれて青白い困り顔を浮かべている。


 ルイーザがわたしを見逃した理由。それにはきっと、ヨハンが関わっている。わたしをダシにして王に接近せよ――ニコルがヨハンにそう命じていた以上、中途(ちゅうと)でわたしを殺してしまうとご破算になってしまう。だからこそルイーザは、あえてわたしを生かしたに違いない。


 ぎり、と奥歯で不快な音が鳴った。


 結局、全部ヨハン――そしてニコルの手のひらの上だ。契約によって生かされ、そして殺されるところだった。その窮地(きゅうち)を救ったのも、やはりヨハンとの契約である。


 なにもかも、わたしの力なんておよばないところで動いている。それなのに自分の力で状況を打破しようと懸命になって――。


 駄目だ、ネガティブに考えたって仕方がない。(うら)(ごと)なら倒れたニコルに浴びせればいいんだ。今はそのために必要な階段を一段一段、決して踏み外さないように上っていくだけ。


「ドクロの泥棒さん、おいくつなの?」


 何度無視されてもモニカはヨハンに話しかけている。健気(けなげ)といえば健気だが、二重の意味で可哀想な子だ。ヨハンみたいな奴を(した)ってしまうそのアンテナの(いびつ)さを修正しないと、いずれとんでもない不幸に(おちい)るだろう。そしてもうひとつ。いくら(なつ)いても、結局はわたしたちと彼女の立場は変わらないのだ。モニカは知らないままだけれど、決して相容(あいい)れない敵同士なのだから。たとえ純粋無垢(じゅんすいむく)な子であっても、テレジアの手先としてこちらに(やいば)を向けるなら……。


 悲惨な光景が脳裏(のうり)に浮かんで、少しばかり気落ちした。そうならないのが一番だけど、いざというときは一切の容赦(ようしゃ)をかなぐり捨てなければならない。無力化するだけでなんとかなる相手ならいいのだけれど。


 モニカの魔具を一瞥(いちべつ)して、背筋(せすじ)に汗が(つた)った。形状も凶悪で、()められた魔力も決して粗悪(そあく)ではない。一流の職人の手によるものだ。魔具制御局の登録があるかどうかは分からないが、見る限りしっかりコーティングされている様子である。


 魔具のコーティング技術は二重思考(ダブル・シンク)によって、工房から一歩でも外に出た職人は忘れ去ってしまうと言われている。意識さえ出来ない、と。キュラスにいるモグリの職人はそれを突破したのか、あるいは自前のコーティング技術を()み出したのか、はたまた魔具自体が盗品なのか……。


 いずれにせよ、決して油断出来る武器ではない。たとえその使い手が幼い少女だとしても、それを背負うだけの素質があるというわけだ。


「アンタ、体力ないの?」


 隣からマドレーヌの声がした。反射的にそちらを見ると、彼女はなぜか勝ち誇った表情でこちらを見つめている。その唇が、ふわりと開いた。「汗、すごいわよ」


 言われて(ひたい)(ぬぐ)うと、確かに乙女らしからぬ発汗(はっかん)具合だった。ちょっと恥ずかしいけども、それに気を取られるような状況じゃない。汗が出ないほうが不自然なくらいの立場なのだ。


 わたしは王都では死者として(あつか)われている。テレジアが昨晩の一瞥(いちべつ)だけでどこまで把握したのかは分からないが、すでになにもかも見抜かれている前提(ぜんてい)でいないと駄目だ。もしかすると、わたしの生存もニコルに伝わっているかもしれない。ヨハンと手を組んでいることさえも……。


 だとしたらどう動くのだろう、ニコルは。またヨハンを動かしてわたしを罠にかけるのだろうか。


 まったく、泣きたくなるくらいひどい状況だ。隣にいる骸骨男はもちろん信用出来ないし、唯一(ゆいいつ)仲間と呼んでいいシンクレールは敵に捕らわれている。


 ああ、駄目だ。戦略に(あら)がないか考えるべきなのに、どうしても弱気になってしまう。馬鹿なのか、わたしは。こんなんじゃニコルはもちろん、テレジアにだって勝てない。


 深呼吸をして視線を教会に移した。施設と同様に白壁で造られたそれは決して豪奢(ごうしゃ)とは言えないものの、ささやかなステンドグラスが厳粛(げんしゅく)さを()えている。教会なんて王都にはなかったけど、書物で見た通り、なんだか敬虔(けいけん)な気分をいざなう感じがあった。あと数メートルで坂が終わり、実際にこのなかに入るかと思うと神経が(たかぶ)る。


 いよいよだ。


「はい、お疲れ様。言っておくけどアタシたちも同行するからね。盗賊たちを教会に入れるなんて、本来あり得ないことだけれど」


 マドレーヌは仕方ない、という様子で首を横に振った。負傷者――つまり、シンクレール――の仲間だから通す理由にはなる、ということだろうか。今までの態度は(かたく)なだったが、彼女もハルツの口にした『清く正しく優しい人』というやつを標榜(ひょうぼう)しているのかもしれない。


「到着!」とモニカは嬉しそうにくるくると回った。ようやくコートから手を離してもらったヨハンはあからさまにため息をつく。


 教会の大扉に寄ると、マドレーヌの目付きがぐっと(けわ)しくなった。そして、これまで安定していた魔力が()らぎつつ量を増す。


「妙な真似(まね)したらタダじゃおかないからね」


「分かってるわ。シンクレールの具合を見にいくだけよ」


 ほかにも目的はあるけど、口が裂けても言えない。あなたたちの信奉(しんぽう)している『教祖』様を()ち取ろうだなんて。


 それにしても、マドレーヌの魔力が高まったのはこれで二度目だ。一度目は、わたしが教義(きょうぎ)について口にしたとき。そして今、教会の前で彼女は間違いなく魔術を意識している。あれだけ魔力を安定させることの出来る人間なら、かなりの精度(せいど)で魔力をコントロールしていると判断してもいいだろう。つまり、自分たちの信仰(しんこう)――そして、テレジアに関することとなると全力を尽くして敵を排除する覚悟があるわけだ。


 厄介だけど、当然か。テレジアが『救世隊(きゅうせいたい)』の力を借りるのを()けてくれれば一番なのだが……。


 マドレーヌは教会の扉を、慎重(しんちょう)な手つきで押し開けた。徐々(じょじょ)に内部の様子が見えてくる。


 真っ直ぐに通路が伸びていて、その左右には長椅子が立ち並び、奥には祭壇らしきものと、ヴェールをかぶり両手を組み合わせたローブ姿の石膏像(せっこうぞう)が置かれていた。高所に設置された光量の弱い永久魔力灯に照らされて、それらは静謐(せいひつ)な雰囲気をまとっている。


 一歩足を踏み入れると、冷えた空気が肌を撫でた。見る限り、テレジアはおろか人影ひとつない。


「病人は別室よ」


 ぽつり、と呟いてマドレーヌはスタスタと歩き出した。入り口から向かって左側にある木の扉へと。


 どくどくと、心臓が痛いくらいに鼓動(こどう)を打っている。何度(しず)まれと言い聞かせても、決しておさまってくれなかった。緊張と重圧。魔物討伐のときとは比べ物にならないくらいである。


「お嬢さん。まもなくですから、どうか落ち着いてください。シンクレールさんのことはもちろん私も心配ですが、どうか冷静に」


 ヨハンはいつものへらへら笑いを浮かべて言う。警戒されないようにシンクレールの名前を出したんだろうけど、本意は別だろう。やっぱり、彼には全部見抜かれてしまうのか。


「そうね。保護してもらってるんだし、大丈夫よね」


 視線を()わし、(うなず)き合う。大丈夫。大丈夫だ。たとえナイフ一本であっても、絶対に食らいついてやる。


 マドレーヌのあとに続いて扉を進むと、廊下が伸びていた。とはいっても、行き止まりが見えているくらい短い。扉の数は四つ。外観と扉同士の距離感を考えるに、各部屋にそれほどの大きさはないだろう。ベッド二台とテーブルひとつが入るくらいのサイズだろうか。テレジアもそんな場所で仕掛(しか)けてはこないはず。しかし、警戒をゆるめるべきではない。想像を超える相手には今まで何度も出会ってきた。わたしが頭で思い浮かべる論理なんて、所詮(しょせん)ちっぽけな想定でしかない。あらゆる『最悪のパターン』を視野に入れるんだ。


 突き当りでマドレーヌは立ち止まり、扉をノックした。二度、短く鳴らす。暗号にしてはシンプルすぎる。


 やがて扉の内側から「どうぞ。お入りなさい」と聴こえた。


「失礼します」


 小さな(きし)みを立ててドアが開かれる――。


 部屋には純白のベッドが一台と、四人掛けのテーブルと椅子がそれぞれ。あとはガラス戸付きの本棚がひとつ。窓はなく、くつろげる場所とは言いがたい。


 ベッドには、青白い顔をしたシンクレールが寝ていた。そして彼の横に立ち、わたしたちに向けて微笑(ほほえ)みを投げかける黒のローブ姿――。


「ごきげんよう、旅人さん。お待ちしておりました」


 凱旋式(がいせんしき)で見た、慈愛(じあい)象徴(しょうちょう)とされる人物。勇者一行としてニコルに同伴(どうはん)した治癒魔術師。フロントラインに確固(かっこ)たる戦力を整えた存在。辺境(へんきょう)の教団を一手にまとめあげる『教祖』。


 ――テレジア。


 彼女の身には、小指の先ほどの魔力さえ宿(やど)っていなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。


・『魔具制御局』→魔具を統括する機関。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて


・『コーティング技術』→魔具の出力を整えるための技術。王都では魔具工房のみで継承されている。門外不出の技術とされている。詳しくは『26.「アカツキの見る世界」』にて


・『二重思考(ダブル・シンク)』→魔具職人のコーティング技術が外部に出回らないように使用されている魔術。あくまでも噂であり、全貌は不明。記憶の一部を思い出せなくする魔術、とされている。詳しくは『26.「アカツキの見る世界」』『257.「すべては因果の糸に」』『271.「二重思考」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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