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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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321.「無知で純粋な」

 マドレーヌの挑発に乗るべきか(いな)か。そんなもの、はっきりしている。彼女は魔術を使う気なんて毛頭(もうとう)ない。つまり、こちらを脅して出方を見ようとしているのだろう。だからこそ魔力が少しも揺らがないのだ。


 現状、相手は魔術師と魔具使いがひとりずつ。実力のほどは分からないが、こちらの劣勢は明らかだ。ヨハンがいるとはいえ、わたしは彼から借りたナイフ一本しか武器がない。可能な限り戦闘は()けるべきである。


「わたしたちは平和的な話し合いをするために来たのよ」


 嘘だったが、そう言うしかなかった。隣からヨハンの同調の声がする。


「お嬢さんの言う通りです。私たちは仲間を取り戻しに来たわけですから。すんなり返していただけると思ったんですが、まさか『救世隊(きゅうせいたい)』がこんなに物騒(ぶっそう)な相手だとは思いませんでしたよ。シンクレールさんを助けていただいたと聞いていましたが、これではまるで――」言葉を切り、ヨハンは例の不気味な眼差しでマドレーヌを見据(みす)えた。「監禁しているみたいですなぁ」


 彼女たちが本当に、山中で倒れていたシンクレールを助けるべくキュラスに運んだのか否か。間違いなく監禁目的だとは思うが、それを見極めようとしているのだろう。


 マドレーヌは少しもたじろがず、腕を組んで沈黙していた。そんな彼女の隣で、モニカがきょとんと呟く。


「怪我してたから連れてきたんだよ?」


 (にご)りのない言葉である。どうやら彼女は嘘を言っていないようだ。まあ、こんな幼い子が真相を知っているとも思えないけど。


 しかし――。


 やはり気がかりなのはモニカの魔具である。今までの彼女の態度とは絶望的に(へだ)たりのある凶悪な武器……。本当にそれを魔物相手に振り回しているのだろうか。


「なら、もう大丈夫よ。彼の怪我はわたしたちでなんとかするから」


 するとマドレーヌは、深刻そうに首を横に振った。


「無理よ。アナタがたになんとか出来るものじゃない。あれは『教祖』様じゃなければ治せないわ」


 なるほど。そういうことか。これまでマドレーヌとモニカの態度が妙だと感じたのは、テレジアからなにひとつ真実を聞かされていないからだ。だとしたら、はっきりさせておきたいことがある。


「シンクレールは今どこにいるの? 教えてモニカ」


「教会だよぉ!」


 話しかけられたモニカは嬉しそうに即答(そくとう)した。そんな彼女に(あき)れた視線をマドレーヌが送る。「モニカ……。盗賊相手になんでもかんでも喋っちゃ駄目。あんまり度がすぎるとデコ叩くよ」


 さっ、と(ひたい)を隠すモニカ。(ほお)(ふく)らませてマドレーヌを(にら)む彼女はどこまでもあどけなかった。


「教えてくれてありがとう、モニカ」


「うん!」


 満面の笑みが返る。


 これではっきりした。テレジアは『救世隊』になにひとつ伝えず、しかし自分はシンクレールのそばでわたしたちの来訪を待っている。その理由はひとつだ。


 信徒(しんと)になにも知られずわたしたちを始末するつもりなのだろう。いかに『救世隊』といえども、物騒な場面を見られるわけにはいかないというわけだ。きっと漆黒の小箱をマドレーヌに渡したのもテレジアの策略に違いない。痺れを切らして交信したわたしたちと、マドレーヌが接近することを予想したのだろう。そしてマドレーヌたちは、あくまでも盗賊相手の態度で接する、と。


 しかし……もしわたしたちが誰彼かまわず攻撃するような戦略を取ったら、テレジアは貴重な戦力を失いかねないのではないか。


 そこまで考えて、歯噛(はが)みした。


 たぶん――。


 マドレーヌとモニカを見据(みす)える。たぶん、テレジアにとって彼女たちは失ってもいい戦力なのではないか。たとえば、もっとずっと強力で貴重な存在が別にいるとか……。まずはなにも知らない二人をぶつけ、こちらの出方を(うかが)っているのだろしたら。


 腹立たしい。


「悪いけど、わたしたちは教会に行くわ。貴重な時間を()いてくれてありがとう」


 そう言って立ち上がると、マドレーヌが口を開いた。


「待ちなさいよ。まだ話はついてないでしょ」


 やはり、彼女の魔力は落ち着いている。


 ドアへと足を運びつつ返した。「シンクレールに会わないと。話はそれからよ」


 廊下へ出ると、ヨハンが隣に並んだ。と、その身がぶるりと震える。彼の足元を見ると、モニカがちょこちょこと真横を歩いているのだ。満面の笑みで。


「私も行く~」


 助けてくれ、と言わんばかりにヨハンがこちらに視線を送る。そんな目をされても……。


「モニカ! 待ちなさい!」と叫んだマドレーヌまで合流する。まあ、ただで行かせてくれるとは思わなかったけど、こうしてぞろぞろと四人で歩く羽目(はめ)になるとは……。


 マドレーヌは「まだ話の途中でしょ」とか「そりゃあ、アタシのエゴもあるけど」とかぶつぶつ言っている。


「マドレーヌ。あなたには悪いけど、いつまでもシンクレールを放っておくわけにはいかないのよ。大事な仲間だから。もちろん、あなたが不安に思うような関係じゃないわ」


 スタスタと歩きつつ話しかけると、彼女はぽつりと返した。


「久しぶりの恋なのよ」


 知るか、と喝破(かっぱ)出来るほどわたしは残酷ではない。彼女の乙女心――男だけど――も分からないではない。わたしだってニコルを想って今まで頑張ってきたのだ。


「あなたの気持ちは理解出来るけど、足を止めるわけにはいかないのよ」


「そういうわけです。シンクレールさんは諦めてください」とヨハンは、やたらと震える声で言った。見ると、彼のコートの(すそ)をモニカが握りしめている。


 なんだろう。こんなふうに(なつ)かれるのが嫌なのだろうか。そんな経験なかったから妙なアレルギーが出ているのかも。そう考えると、ちょっぴり笑えてくる。


「諦められるわけないじゃない……」


 ぽつりとこぼれたマドレーヌの言葉が、なんだか切ない。けれど、簡単に(なぐさ)めてやれる立場じゃないのだ、わたしたちは。なんとしてでもシンクレールを救出しなければならないし、そして――。


 彼女たちには悪いけど、テレジアを亡き者にしなければならない。二人がどれだけ純粋な人間であろうとも、それだけは決して(ゆず)れないのだ。世界がかかっているのだから。


 施設を出ると、ちょうどぞろぞろと信徒がこちらへ歩いてくるのが見えた。すっかり陽が落ちたから引き上げてきたのだろう。


「マドレーヌさん、モニカさん、ごきげんよう」


 と口々に声をかけて施設に入っていく。彼らにニッコリと会釈(えしゃく)を返すマドレーヌは、先ほどまでの(けわ)しさなど少しもなかった。モニカはというと、相変わらず「ドクロの泥棒さん、お話して」だとか「ドクロの泥棒さん、大きいね」だとか、せっせとヨハンに話しかけている。随分(ずいぶん)と気に入られた様子だが、話しかけられるたびに困惑してわたしを見るのはやめてほしい。


「じゃあ、わたしたちは教会へ行くわ。あとで必ず会いに行くから、一旦(いったん)別れましょう」


「なに言ってるのよ。アタシたちも行くに決まってるじゃない。盗賊と『教祖』様を会わせるだなんて」とマドレーヌ。


 彼女たちのために言っているのだが、どうにも意図(いと)が伝わらない。しかしながら、真実を告げるわけにはいかないのだ。なんとも歯痒(はがゆ)い。


 どこかのタイミングでテレジアとわたしたちだけになれるだろうか。うん、きっとそうなるだろう。テレジアがあえて真相を伏せているのなら、彼女もそうなることを望んでいるはずだ。わたしたちの言葉には従ってくれないけれど、テレジアなら二人を遠ざけることくらいわけないだろう。


 急坂に目を向ける。夜のはじまりに、教会がぼんやり白くたたずんでいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『漆黒の小箱』→ヨハンの所有物。交信用の魔道具。初出『69.「漆黒の小箱と手紙」』


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。

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