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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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319.「モニカ ~正直が一番~」

 モニカは背負った武器の球状の部分を下にして、テーブルに立てかけた。そしてマドレーヌの隣に腰を下ろす。彼女の武器から(あふ)れる魔力は、それが魔具であることを明確に示していた。魔術師もいれば魔具使いもいる。それだけでも『救世隊(きゅうせいたい)』が厄介な敵であることは明らかだった。


 しかし、この武器は鈍器だろうか。彼女が舐めている(あめ)を大きくしただけの形状ではあったが、随分(ずいぶん)と凶悪なフォルムである。こんなもので殴打されたらひとたまりもない。


「ごきげんよう、はじめまして。私はモニカ。よろしくねぇ」


 彼女は人懐(ひとなつ)っこい笑みを作り、小首を(かし)げた。


「わたしはクロエ。よろしく」


「ふーん」


 ふーん、って……。(なつ)いてほしいとは欠片(かけら)も思わないけど、まったく興味を示されないのはちょっぴり傷つく。


「私はヨハンと申します。以後お見知りおきを、お嬢ちゃん」


 一瞬の静寂が訪れ、モニカはヨハンを(ゆび)さしてマドレーヌに顔を向けた。


「このオジサン、ドクロみたいな顔してるね」


 いけない、と思って口元を(おお)ったが、「ぷっ」と笑いが漏れてしまった。言うじゃないか、この子。なかなかにいい性格をしている。着眼点も遠慮(えんりょ)のなさも抜群だ。


 ヨハンを一瞥(いちべつ)すると、彼が(あき)れたようにこちらを(のぞ)き込んでいたので思わず目を()らしてしまった。駄目だ、笑ってしまう。


「モニカ、アンタって奴は……ごめんなさいね。この子、正直すぎるのよ」


 マドレーヌは心底申し訳なさそうに言ったが、フォローになっていない。なんだこの人たちは。わたしをこれ以上笑わせてどうしようというのだ。


「かまいませんよ。アレコレ言われるのは慣れていますから。それにしても……お嬢さん、笑いすぎじゃないですかね」


 声には出していなかったが、肩の震えが止まらなかった。さすがにヨハンに申し訳ない。


「ごめん、ちょっと突然だったから」


「突然なら笑っていい、ということにはなりませんよ。まったく……」


 ヨハンの露骨(ろこつ)なため息が漏れる。なんとも愉快ではあったが、いつまでも笑っている場合ではない。『救世隊』が二人に増え、聞くべきこともまだまだ残っている。そして、シンクレールを救い出すために動かねばならないのだ。


「話の途中だったわね」


「そうで――」


 話題を戻そうとしたわたしとヨハンを(さえぎ)って、モニカはニヤニヤと笑みを浮かべて言った。


「素敵な恋のお話!? 私も聞きたいわ! マドレーヌったら、彼にぞっこんなのよ」


 直後、ぺち、と音がしてモニカが(ほお)(ふく)らませた。マドレーヌが彼女のデコを(ひか)えめに叩いたのである。


 モニカは不満げに叫ぶ。「なんで叩くの!? ひどい! 事実なのに!」


「事実だからって、言っていいことと悪いことがあるのよ」


 マドレーヌはたしなめるような、うんざりしたような声で返し、ため息をついた。さっきまでシンクレールの話に執着していたのに。モニカにアレコレ言われるのが好きじゃないんだろう、きっと。そのあけすけな物言(ものい)いを見る限り、マドレーヌの気持ちはよく分かった。


「正直が一番だって、お姉ちゃんも言ってたじゃない!」


「モニカ、『教祖』様をそんなふうに呼ぶのはやめなさいよ。バチが当たるわよ」


「お姉ちゃんはお姉ちゃんよ。だって、そう呼んでいいって言ったもの」


 ぷい、っとマドレーヌから顔を(そむ)けて、モニカは腕組みをした。なんとも妙な二人だが、それぞれテレジアを信頼している様子である。明らかな離反者(りはんしゃ)であれば、こちらに引き込む戦略だって取れたのだが、望みは薄い。


 ヨハンが小さく咳払いをすると、マドレーヌは苦笑を返した。「悪いわね。ご質問をどうぞ」


 これでようやく本題に入っていける。敵は増えたけど、なにか聞き出すなら逆に今がチャンスかもしれない。モニカの性格を(かんが)みるに、戦略的な嘘をついたり、(たく)みな隠しごとをしたりは出来ないはず。


「それでは、遠慮なく」と前置きを入れてヨハンはたずねた。「まずひとつ。『教祖』様は今どちらに?」


 口を開きかけたマドレーヌに代わって、モニカがすかさず答えた。「まだ教会よ。懺悔(ざんげ)を聞いたり、お祈りをしたり、忙しいの。いっつも夜遅くまでやってるんだから」


 なぜか誇らしげなモニカを、マドレーヌが一瞬冷たく(にら)んだ。それまでの二人の調子とは少し浮いた眼差(まなざ)しである。おそらく、マドレーヌはわたしたちのことをある程度正しく把握しているのだろう。テレジアの敵、と。逆にモニカは、よく理解していないに違いない。だからこそ、なにひとつ警戒せずに答えてしまうのだ。


「モニカ。アタシが答えるから、アナタは黙ってなさい」


「どーして!? 不公平よ!」


「どうしてもよ。不公平でもなんでもいい。次、アタシより先に答えたらデコを叩くからね」


 モニカは唇を(とが)らせて、さっ、と(ひたい)を守った。なんとも子供らしい仕草(しぐさ)である。


「叩いたら、お姉ちゃんに言いつけるもん」


「好きにしなさいよ。懺悔ならいくらでもするわ」


「ふーん、だ」


 わたしたちはなにを見せつけられているんだろう。時間(かせ)ぎだとしたらあまりに巧妙(こうみょう)である。


 冷静になろう。自分がここまでなんのために歩んできたのか。こんな会話劇を楽しむために敵の拠点(きょてん)まで足を運んだわけではない。


「わたしからも質問していいかしら」


 聞くと、マドレーヌはぴくりと顔をひきつらせ「どうぞ」と短く答えた。どうしても嫌悪感が抜けないらしい。いつまでも邪魔者だと思われるのは心外(しんがい)だけど、別にどう(とら)えてもらおうと本来気にすべきではないのだ。どうせ敵なのだから。


「わたしたちのこと、どこまで知ってるのかしら」


 マドレーヌは(けわ)しい表情で押し黙っている。モニカはというと、マドレーヌをちらちらと見てはデコを手で(おお)ったりなんだりと落ち着きがない。


 どう答えるべきなのか考えているのだろうか。となると、その沈黙がなによりの答えになる。


「あの子の仲間、ってだけしか知らないわよ」


 マドレーヌの言葉は慎重(しんちょう)で、(かたく)なだった。問題ない。それが嘘であることくらい分かる。シンクレールの仲間、というだけならテレジアの居場所を答えたモニカを(しか)る理由もない。


 きっと彼女は、警戒心を(いだ)く程度にはわたしたちのことを知っているに違いない。


 直後、モニカが勢いよく口を開いた。


「泥棒だって、ロジェールが言ってたわ!」


「モニカ!!」


 マドレーヌの叫びには、演技らしいものは含まれていなかった。失言を注意する態度そのものである。


 なるほど。マドレーヌの警戒心はそこから生まれていたのか。ロジェールの気球が上がったのを誰かが見つけ、それを『救世隊』に報告したに違いない。そしてロジェールの小屋まで降り、事情を聴かされたわけだ。


 ちらりとヨハンを見ると、彼は口の(はし)に、ほんのちょっぴり笑みを浮かべていた。ここにきて彼の仕掛(しか)けが役に立ったのである。笑みを浮かべたくもなるだろう。


 もし信者に知られても過剰(かじょう)な警戒をされぬよう、盗賊であると告げたのだ。そして今まさに、『救世隊』の二人はわたしたちを盗賊だと勘違(かんちが)いしてくれているようである。警戒されていることには違いなかったが、テレジアの敵であることを勘付(かんづ)かれるよりはずっとマシだ。


 それにしても……。


 昨晩、テレジアはわたしたちのことを見抜けなかったのだろうか。目が合ったのは確かだが、魔術を使う盗賊だとでも解釈(かいしゃく)したのだろうか。あるいは――。


 知っていて、あえて()せている?


 だとすると、なんのために?


「バレちゃしょうがないですねぇ」とヨハンはいかにも悪党じみた演技で、不敵(ふてき)な笑みを浮かべた。「いかにも、私たちは泥棒でさぁ。まあ、高山蜂(こうざんばち)の巣が欲しかっただけなんですよ。収穫なし、おまけに仲間ともはぐれちまったなんて、冗談にもならない状況ですけどね」


『救世隊』の二人の反応は対照的(たいしょうてき)だった。マドレーヌは警戒心たっぷりにヨハンを睨み、モニカはというと、なぜか目を輝かせている。なんだろう、マドレーヌの反応は理解出来るけど、モニカがなんとも妙だ。


 すると、すぐにその答えが幼い口から飛び出した。


「ドクロの泥棒……! なんだか素敵! 絵本のなかの人みたい!」


 思わずヨハンを見て、ぎょっとした。彼の顔には今まで見たこともない表情が浮かんでいたのである。


 半開きの口は困ったように(ゆが)み、眉間(みけん)にも困惑と嫌悪(けんお)が混じった(しわ)が刻まれていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『高山蜂』→標高の高い地域に生息する蜂。針には毒がある。崖に巣を作る。巣は甘く、食料として高値で取引されている。詳しくは『300.「幸せな甘さ」』『303.「夜の山道」』にて


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。

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