319.「モニカ ~正直が一番~」
モニカは背負った武器の球状の部分を下にして、テーブルに立てかけた。そしてマドレーヌの隣に腰を下ろす。彼女の武器から溢れる魔力は、それが魔具であることを明確に示していた。魔術師もいれば魔具使いもいる。それだけでも『救世隊』が厄介な敵であることは明らかだった。
しかし、この武器は鈍器だろうか。彼女が舐めている飴を大きくしただけの形状ではあったが、随分と凶悪なフォルムである。こんなもので殴打されたらひとたまりもない。
「ごきげんよう、はじめまして。私はモニカ。よろしくねぇ」
彼女は人懐っこい笑みを作り、小首を傾げた。
「わたしはクロエ。よろしく」
「ふーん」
ふーん、って……。懐いてほしいとは欠片も思わないけど、まったく興味を示されないのはちょっぴり傷つく。
「私はヨハンと申します。以後お見知りおきを、お嬢ちゃん」
一瞬の静寂が訪れ、モニカはヨハンを指さしてマドレーヌに顔を向けた。
「このオジサン、ドクロみたいな顔してるね」
いけない、と思って口元を覆ったが、「ぷっ」と笑いが漏れてしまった。言うじゃないか、この子。なかなかにいい性格をしている。着眼点も遠慮のなさも抜群だ。
ヨハンを一瞥すると、彼が呆れたようにこちらを覗き込んでいたので思わず目を逸らしてしまった。駄目だ、笑ってしまう。
「モニカ、アンタって奴は……ごめんなさいね。この子、正直すぎるのよ」
マドレーヌは心底申し訳なさそうに言ったが、フォローになっていない。なんだこの人たちは。わたしをこれ以上笑わせてどうしようというのだ。
「かまいませんよ。アレコレ言われるのは慣れていますから。それにしても……お嬢さん、笑いすぎじゃないですかね」
声には出していなかったが、肩の震えが止まらなかった。さすがにヨハンに申し訳ない。
「ごめん、ちょっと突然だったから」
「突然なら笑っていい、ということにはなりませんよ。まったく……」
ヨハンの露骨なため息が漏れる。なんとも愉快ではあったが、いつまでも笑っている場合ではない。『救世隊』が二人に増え、聞くべきこともまだまだ残っている。そして、シンクレールを救い出すために動かねばならないのだ。
「話の途中だったわね」
「そうで――」
話題を戻そうとしたわたしとヨハンを遮って、モニカはニヤニヤと笑みを浮かべて言った。
「素敵な恋のお話!? 私も聞きたいわ! マドレーヌったら、彼にぞっこんなのよ」
直後、ぺち、と音がしてモニカが頬を膨らませた。マドレーヌが彼女のデコを控えめに叩いたのである。
モニカは不満げに叫ぶ。「なんで叩くの!? ひどい! 事実なのに!」
「事実だからって、言っていいことと悪いことがあるのよ」
マドレーヌはたしなめるような、うんざりしたような声で返し、ため息をついた。さっきまでシンクレールの話に執着していたのに。モニカにアレコレ言われるのが好きじゃないんだろう、きっと。そのあけすけな物言いを見る限り、マドレーヌの気持ちはよく分かった。
「正直が一番だって、お姉ちゃんも言ってたじゃない!」
「モニカ、『教祖』様をそんなふうに呼ぶのはやめなさいよ。バチが当たるわよ」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんよ。だって、そう呼んでいいって言ったもの」
ぷい、っとマドレーヌから顔を背けて、モニカは腕組みをした。なんとも妙な二人だが、それぞれテレジアを信頼している様子である。明らかな離反者であれば、こちらに引き込む戦略だって取れたのだが、望みは薄い。
ヨハンが小さく咳払いをすると、マドレーヌは苦笑を返した。「悪いわね。ご質問をどうぞ」
これでようやく本題に入っていける。敵は増えたけど、なにか聞き出すなら逆に今がチャンスかもしれない。モニカの性格を鑑みるに、戦略的な嘘をついたり、巧みな隠しごとをしたりは出来ないはず。
「それでは、遠慮なく」と前置きを入れてヨハンはたずねた。「まずひとつ。『教祖』様は今どちらに?」
口を開きかけたマドレーヌに代わって、モニカがすかさず答えた。「まだ教会よ。懺悔を聞いたり、お祈りをしたり、忙しいの。いっつも夜遅くまでやってるんだから」
なぜか誇らしげなモニカを、マドレーヌが一瞬冷たく睨んだ。それまでの二人の調子とは少し浮いた眼差しである。おそらく、マドレーヌはわたしたちのことをある程度正しく把握しているのだろう。テレジアの敵、と。逆にモニカは、よく理解していないに違いない。だからこそ、なにひとつ警戒せずに答えてしまうのだ。
「モニカ。アタシが答えるから、アナタは黙ってなさい」
「どーして!? 不公平よ!」
「どうしてもよ。不公平でもなんでもいい。次、アタシより先に答えたらデコを叩くからね」
モニカは唇を尖らせて、さっ、と額を守った。なんとも子供らしい仕草である。
「叩いたら、お姉ちゃんに言いつけるもん」
「好きにしなさいよ。懺悔ならいくらでもするわ」
「ふーん、だ」
わたしたちはなにを見せつけられているんだろう。時間稼ぎだとしたらあまりに巧妙である。
冷静になろう。自分がここまでなんのために歩んできたのか。こんな会話劇を楽しむために敵の拠点まで足を運んだわけではない。
「わたしからも質問していいかしら」
聞くと、マドレーヌはぴくりと顔をひきつらせ「どうぞ」と短く答えた。どうしても嫌悪感が抜けないらしい。いつまでも邪魔者だと思われるのは心外だけど、別にどう捉えてもらおうと本来気にすべきではないのだ。どうせ敵なのだから。
「わたしたちのこと、どこまで知ってるのかしら」
マドレーヌは険しい表情で押し黙っている。モニカはというと、マドレーヌをちらちらと見てはデコを手で覆ったりなんだりと落ち着きがない。
どう答えるべきなのか考えているのだろうか。となると、その沈黙がなによりの答えになる。
「あの子の仲間、ってだけしか知らないわよ」
マドレーヌの言葉は慎重で、頑なだった。問題ない。それが嘘であることくらい分かる。シンクレールの仲間、というだけならテレジアの居場所を答えたモニカを叱る理由もない。
きっと彼女は、警戒心を抱く程度にはわたしたちのことを知っているに違いない。
直後、モニカが勢いよく口を開いた。
「泥棒だって、ロジェールが言ってたわ!」
「モニカ!!」
マドレーヌの叫びには、演技らしいものは含まれていなかった。失言を注意する態度そのものである。
なるほど。マドレーヌの警戒心はそこから生まれていたのか。ロジェールの気球が上がったのを誰かが見つけ、それを『救世隊』に報告したに違いない。そしてロジェールの小屋まで降り、事情を聴かされたわけだ。
ちらりとヨハンを見ると、彼は口の端に、ほんのちょっぴり笑みを浮かべていた。ここにきて彼の仕掛けが役に立ったのである。笑みを浮かべたくもなるだろう。
もし信者に知られても過剰な警戒をされぬよう、盗賊であると告げたのだ。そして今まさに、『救世隊』の二人はわたしたちを盗賊だと勘違いしてくれているようである。警戒されていることには違いなかったが、テレジアの敵であることを勘付かれるよりはずっとマシだ。
それにしても……。
昨晩、テレジアはわたしたちのことを見抜けなかったのだろうか。目が合ったのは確かだが、魔術を使う盗賊だとでも解釈したのだろうか。あるいは――。
知っていて、あえて伏せている?
だとすると、なんのために?
「バレちゃしょうがないですねぇ」とヨハンはいかにも悪党じみた演技で、不敵な笑みを浮かべた。「いかにも、私たちは泥棒でさぁ。まあ、高山蜂の巣が欲しかっただけなんですよ。収穫なし、おまけに仲間ともはぐれちまったなんて、冗談にもならない状況ですけどね」
『救世隊』の二人の反応は対照的だった。マドレーヌは警戒心たっぷりにヨハンを睨み、モニカはというと、なぜか目を輝かせている。なんだろう、マドレーヌの反応は理解出来るけど、モニカがなんとも妙だ。
すると、すぐにその答えが幼い口から飛び出した。
「ドクロの泥棒……! なんだか素敵! 絵本のなかの人みたい!」
思わずヨハンを見て、ぎょっとした。彼の顔には今まで見たこともない表情が浮かんでいたのである。
半開きの口は困ったように歪み、眉間にも困惑と嫌悪が混じった皺が刻まれていた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて
・『高山蜂』→標高の高い地域に生息する蜂。針には毒がある。崖に巣を作る。巣は甘く、食料として高値で取引されている。詳しくは『300.「幸せな甘さ」』『303.「夜の山道」』にて
・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。




