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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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314.「三つの報せ」

 シンクレールの状況を思うと、胸がじくじくと痛む。たったひとりで『救世隊(きゅうせいたい)』――そしてテレジアと戦闘し、敗北した。倒れた彼をキュラスに運び入れた理由なんてそれしか考えられない。


「あなたは『救世隊』じゃないのね?」


 一旦(いったん)心を落ち着けて優しく話しかけると、ハルツはこくりと(うなず)いた。


「うん。俺はきゅう、きゅうせ、あー……偉い人じゃねえさ」


 どうしても『救世隊』が言えないらしい。たった今わたしが口にしたばかりだというのに。普段ならきっと、ほんのり笑ってしまったことだろう。けれど、簡単に笑顔になれる状況じゃない。頭の中にはシンクレールと、彼を囲むとんでもなく厄介な人間たちの姿がぐるぐると回っている。どうやって連中を出し抜いて、彼を救い出すか。それが第一だった。


 考えれば考えるほど、後悔が濃くなっていく。こんなことになるくらいなら三人で乗り込んだほうがずっと良かった。たとえシンクレールが決めたことだとしても、引き止めるべきだったのだ。


 テレジアを甘く見ていたわけじゃないけど……まさかこのタイミングで奴が現れるとは予想していなかった。『教祖』というくらいだから拠点(きょてん)の中心で悠々(ゆうゆう)()していると、心のどこかで思っていたのかもしれない。


「旅人さん、なんか心配事か? やっぱりお仲間が心配なんだな!?」


 そう叫んで立ち上がろうとしたので、慌てて引き止めた。「ちょっと考え事をしてただけよ。ハルツさん、落ち着いて」


「そうか……また俺は早とちりして……ごめんよう」


 アップダウンの激しい人だ。元気いっぱいな姿を見せたと思ったらすぐに落ち込んだり、なんとも忙しい。


「大丈夫大丈夫。ハルツさんはなにも悪いことしてないでしょ」


「俺がそう思い込んでるだけで、悪いことしてるのかもしれねえんだ。反省しないと正しい人になれねえ」


 偉い考え方かもしれないけどハルツは過剰(かじょう)すぎる。彼みたいな純粋な人がテレジアの言葉に(まど)わされていると思うと、やるせない気持ちになった。


 ふとヨハンを見ると、彼は相変わらず無心に宙の一点を見据(みす)えている。目を開けながらぐっすり眠っている感じだ。まったく、人の焦りも知らないで。


 そうだ、いっそのこと便利に使ってやろう。


「ハルツさん」


「なんだ?」


「彼、すこし気分が良くないみたいなの。ほら、さっきからずっとぼんやりしてるでしょ?」


 ハルツにも分かるように、そっと静かに(ささや)きかける。すると彼も理解したようで、小声になった。それでも声量が大きいのだが……いたしかたない。「ほんとだ……! 大丈夫なのか?」


「ええ、いつものことなの。静かに休ませてあげれば元通りになるわ。けど、ここから動かしたり、大きな音を立てたりすると余計に気分が悪くなっちゃうのよ」


 ハルツは、ばっ、と自分の口を両手で(おお)い、こくこくと(うなず)く。本当に、びっくりするくらい素直(すなお)である。


「あとで街に行くから、今はそっとしておいて頂戴(ちょうだい)。誰かが来て騒がしくなっても駄目だから、ここでわたしたちに会ったことは内緒にしてくれないかしら?」


「おう、内緒にする。そうだよなあ。元気が一番だもんなあ」


「ありがとう。それじゃ、ハルツさんは一度街に戻ってくれるかしら? 悪いんだけど、二人だけにして頂戴」


 ハルツが焦ったように立ち上がったので、思わず(そで)を掴んだ。行動に移すのが早すぎる。ワンクッション置いたりしないのだろうか、この人は。


「ちょ、ちょっと待って。どこへ行けばシン――わたしたちの仲間に会えるのか教えてくれない? でないとあとで行けないでしょ?」


「あ、そっか」


 ハルツは納得したように何度か頷き、頭を()いた。


「俺、馬鹿だからさあ……ごめんよう」


 そんなふうに謝られると、本当にこっちが悪いような気になってくる。彼はその人間離れした体格のせいで故郷から排斥(はいせき)されたと語っていたが、どうもそれだけじゃないような気がする。その純朴(じゅんぼく)すぎる性格は、人から(あなど)られる要因(よういん)にもなるだろう。早く本題に移らないだろうかと思いつつも耳にした彼の過去が、なんとも不憫(ふびん)に思えた。


「いいの。ハルツさんは謝りすぎよ。もっと自信を持って、ね。良い人なんだから」


「旅人さん……! あんた本当に優しい人だなあ!」


 さっき静かにしてくれと言ったばかりなのに大声を出す。そんなハルツにも、もう慣れてしまった。別にこういう人がいたって悪くない。ここがキュラスで、彼が信者でなければ一番だったんだけど。


「で、わたしたちの仲間はどこに?」


「ああ、お仲間さんは教会だよ。教会の……ええと……とにかく教会だ」


 なるほど。とにかく教会か。


「分かった。ありがとう、ハルツさん。じゃあまたね」


「おう、またなあ!」


 手を振ると、彼は満面(まんめん)の笑みを浮かべて去っていった。どかどかと上機嫌(じょうきげん)な足音を立てて。


 彼の姿が見えなくなると、無意識に長い息が漏れた。思わず大の字に横たわると、下草(したくさ)がちくちくと首を刺激してこそばゆい。


 詳しい場所は分からずじまいか。まあ、上手く説明してくれるとは思っていなかったからいいけど。それにしても、本当に不器用な人……。


 ヨハンは相変わらず宙を見つめてじっと座り込んでいる。こっちもこっちで、呑気(のんき)な悪魔がひとり。


 ちょうど地面に親指(だい)の小石が転がっていた。そろそろ起こしてやろう。


 巧妙(こうみょう)に睡眠を(むさぼ)る卑怯者に天誅(てんちゅう)――!


 ひゅっ、と小石は(くう)を切る。彼の後頭部へ命中する寸前で、骸骨のような手にキャッチされた。


「お嬢さんも良い性格(・・・・)をしていますねぇ」とニヤニヤ笑いを浮かべるヨハン。そして余裕たっぷりな様子で、小石を指先でもてあそぶ。


「あなたに言われたくないわよ」頭の後ろに目がついてるんじゃないのか、こいつは。「それにしても、いつから起きてたの?」


 するとヨハンはきょとんと首を(かし)げた。


「最初から最後まで起きていましたよ? ハルツさんの話は半分しか聞いてませんでしたけど」


「なにそれ……? どういうことかしら?」


「こういうことです」


 と、ヨハンは小石を掴んだほうとは逆の手を開いて見せた。そこには、例の黒々とした小箱が乗っている。


 シンクレールに渡した小箱の片割(かたわ)れ――交信用の魔道具。つまり、彼はずっとシンクレールと交信していたということか。


「敵のそばなのに、よく使う気になれたわね」


「まあ、駄目で元々です。昨晩のお嬢さんに感化(かんか)されたんでしょうかねぇ」


 シンクレールを助けるために夜の山道を駆けたことを()しているのだろう。確かに無茶な行動だったけど、しっかりヨハンもついてきてくれたじゃないか。


「……あいつにはバレなかったの?」


 あいつ、という語で彼には充分伝わるはずだ。テレジアの名を軽々しく口に出来る場所ではない。彼は理解したように、へらへらと(うなず)いた。


「ええ。察知(さっち)されたような気配(けはい)はありませんでした。ま、あまり()めないでください。これでもお嬢さんが憎んでやまない『黒の血族(けつぞく)』なんですから」


「……()らず(ぐち)隠密(おんみつ)行動に自信があるみたいだけど、ハルキゲニアで帽子屋に見破られたじゃないの」


 と、妙な沈黙が流れた。彼は一瞬目を()せて、それから困ったように宙を(あお)ぎ、最後に肩を(すく)めて苦笑を浮かべた。なんだその態度は。


「……なにが言いたいのよ」


「別に、なにも。そうそう、シンクレールさんと交信出来たかどうかなんですが――」


 そうだ。一番必要な情報はそれだ。今彼がどうなっていて、どこにいるのか。周囲にどれほどの警戒網(けいかいもう)が張られているのか。


 ヨハンは勿体(もったい)ぶるような沈黙ののち、ため息()じりに続けた。


「良いニュースと、悪いニュースと、なんとも判断がつかないニュースがあります」


「じゃあ、判断がつかない奴は後回しにして」


 思い(まど)うのは後からのほうがいい。


「では、まずは良いニュース。シンクレールさんは生きています」


 ほっ、とひと安心した。「じゃあ、シンクレールと話が出来たのね。なんて言ってた?」


 すると、ヨハンは首を横に振った。


「それが悪いニュースです。彼と話すことは出来ませんでした。かといって、『教祖』と会話したわけでもありません。連中の幹部――『救世隊(きゅうせいたい)』を名乗る男と話しただけです」


『救世隊』と話した?


 ということはつまり、漆黒の小箱は連中に回収されていたということか。それならどうして――。


「どうしてシンクレールが生きてるって分かるのよ」


「声を聴いたからですよ。会話ではなく、一方的に(うめ)くような言葉を。確かにシンクレールさんのものでした。心配しなくていい、と言っていましたよ」


 嫌な想像が胸に(ふく)らんで、居ても立ってもいられない。


「最後に、判断がつかないニュースです」


「ええ、早く教えて」


 もう焦りを押さえられそうにない。すぐにでも教会に乗り込んでシンクレールを救出しなければ、本当に彼は手遅れになってしまう。今生きているからといって、これからもそうだとは言い切れないのだ。


 直後に響いたヨハンの言葉は、静かに、しかし確かな力でわたしの脳を揺らした。


「『救世隊』から晩餐(ばんさん)に誘われました。一度会ってみたい、と。そしてそれまではシンクレールさんの生存も約束してくれました。もちろん、信頼出来るかどうかは別問題ですが――少なくとも嘘には聴こえませんでしたよ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。本名はジャックであり、『タソガレ盗賊団』元リーダー。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』『幕間.「Side Jack~正義の在り処~」』にて


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『漆黒の小箱』→ヨハンの所有物。交信用の魔道具。初出『69.「漆黒の小箱と手紙」』


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて

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