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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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313.「あまりに素直で不器用な長話」

 手を振りながら歩いてくる大男。何者かは分からないが、警戒すべきなのは確かだ。ヨハンへ視線を移すと、ちょうど目が合った。


「旅人、ですか」と小声で(ささや)く彼の眉間(みけん)(しわ)が寄る。「ともかく、出方(でかた)(うかが)いましょう」


「ええ」


 大男がこちらをどう(とら)えているにせよ、おおもとにはテレジアがいるはずだ。逃げるよりも対峙(たいじ)すべきだろう。もし相手が攻撃してくるなら応戦するまでだ。


 大男が歩くたび、どすどすと重たげな音が鳴った。二メートルを(ゆう)に超える体躯(たいく)に似合わず、顔付きは柔らかい。今のところ敵意は見えないが、どうなるか……。


「どうも、旅人さん。キュラスへようこそ!」大男はわたしたちの前までくると、妙に人懐(ひとなつ)っこい笑顔を見せた。そして手を差し出す。


 握手しても大丈夫だろうか。うっかり手を取って握り潰されたりしたら――。


 そんな警戒をよそに、ヨハンは大男と握手を()わして巧妙(こうみょう)な作り笑いをしてみせた。


 さすがに杞憂(きゆう)だったか。テレジアが唐突(とうとつ)に仕掛けてくるような相手だったら、ここまでの間にいくらでもチャンスはあったのだから。


 ヨハンに(なら)って握手をすると、大男が不器用な力加減で握ったのが分かった。ちょっぴり痛いけど、敵意は感じない。握手に慣れていないのか、元々不器用なのか、どちらかだろう。


「お出迎(でむか)えありがとう。ところで、どうしてわたしたちが来るって分かったのかしら」


 何気ない素振(そぶ)りで聞くと、大男は「あ!」と大声を上げた。びりびりと耳に響くほどの声量である。状況が状況なので仕方なかったが、こちらは睡眠不足だ。ぼんやりした頭にどっしりと拳骨(げんこつ)を食らわせられたような具合である。


「どうしたんです?」とヨハンも苦笑いでたずねる。


 すると大男はなにか思い出したように、わたしとヨハンの手を取って歩き出した。


「忘れてた! 旅人さんを連れていかなきゃならねぇんだった」


 連れていく、という響きに思わずぴくりと反応してしまった。


「どこへ連れていくのか教えて頂戴(ちょうだい)。誰に頼まれたのかも」


 (さっ)しはついているが、聞かずにはいられない。大男は手を引いてずんずんと歩いていく。


「旅人さんのお仲間を休ませてるんだ。早く会って安心したいだろ?」


「仲間?」とヨハン。


「ああ、そうさ。細い身体で、眼鏡をかけた兄さんだよ」


 思わずヨハンと顔を見合わせる。シンクレールのことに違いない。すると彼はやはり、テレジアに(さら)われていたということか。それにしても、安心させるために連れていくという論法と、この強引な態度が合致(がっち)しない。


 大男の手を振りほどき、距離を取った。ヨハンも同様に手を(はず)して――どうして彼の力で大男の手から逃れられたのか分からないが――後退した。


 この男がテレジアに命じられて動いているのは推測(すいそく)出来たが、こうも稚拙(ちせつ)なやり方で(さら)おうとするのが()に落ちない。なんにせよ、彼の導くままに進むのは危険だ。


 手を振りほどかれた男はこちらを振り返り、目を大きく見開いた。そして息を吸い込み――。


 なにか来る、と思って身がまえたが、目の前に展開されたのはあまりに意外な光景だった。


 大男は両手で顔を(おお)い、小さくしゃがみ込んで「ああ! やっちまった! 俺はなんでこうも早とちりしちまうんだろう。……ごめんよ、ごめんよ。強引なことして悪かったよ……」と嗚咽(おえつ)()じりの声を上げる。


 いったいこれはなんの真似(まね)なのか……。(いぶか)しく思ったが、大男はどうやら演技ではなく本気で泣いている様子である。豪快(ごうかい)に鼻を(すす)る音と大音量の嗚咽が響く。


 説明もなしに手を引いて連れていこうとしたのを()いているのだろうか。こんなふうに同情を買うメリットは見当たらないし、この男自体が策士(さくし)には見えない。


「ハルツは駄目な奴、ハルツは駄目な奴……」


 ハルツ、というのは男の名前だろう。そんなふうに自虐(じぎゃく)されるとさすがに心が痛い。


「突然でびっくりしただけなの。あなたにも悪気(わるぎ)はなかったんでしょ? ならいいじゃない」


 そう呼びかけても、男はぶんぶんと首を横に振った。


「清く正しく優しい人にならなきゃいけねえのに、俺は駄目だぁ」


「ハルツさん。そんなふうに泣かれるとまるでこちらが悪者みたいじゃないですか。なに、大丈夫ですよ。あなたを責めるような人はどこにもいません」


 どの口がそんなことを言うんだ……。まったく、ヨハンが人を(はげ)ます言葉を聞くと、どうしてもため息が出そうになる。したたかな計算と長年の虚言(きょげん)(ささ)えられた職人芸。そんな印象しかない。わたしは悪者のつもりなんてないけど、ヨハンは間違いなく悪党である。


「ごめんよお」とハルツは目をごしごしと(こす)る。容姿(ようし)に似合わず打たれ弱い性格なのだろう。


「泣きやんだら、ちゃんと説明してくれる?」


 聞くと、ハルツは素直に(うなず)いて鼻を(すす)った。なにもかも豪快な音である。頭にびりびりと響いてくるのだからたまらない。


 さすがにこの男相手に警戒する必要はないだろう。それよりも、誰かが通りがかったら面倒なことになる。ただでさえ危うい立場だ。目立つような真似(まね)()けたい。隣で苦笑するヨハンにつられて、こちらもついつい困り笑いを浮かべてしまった。


「旅人さんは優しいなあ……! こんな俺の心配をしてくれるなんて」


「どうかお気にせず……そろそろ落ち着きましたか?」


 ヨハンがハルツの肩に手をかける。すると彼は「ごめんよう。もう乱暴しねえからよぉ」と涙声(なみだごえ)で言った。


 なんだろう。激情的な人なのだろうか。それともやっぱり、教義(きょうぎ)のせいなのか……。信仰心(しんこうしん)からかテレジアの洗脳からかは分からないが、ハルツは随分(ずいぶん)と暴力を意識しているようである。それも、過剰(かじょう)なまでに。


 清く正しく優しい人に、か。


 さきほどのハルツの言葉を振り返って、思わずため息をつきたくなった。確かにその理想は素晴らしい。けれどテレジア本人はどうなんだ。ニコルとともに王都を裏切っているのではないのか。


 もし彼女が魔王と(つな)がりを持っていなければ、どんなにいいだろう。たとえばテレジアが、魔王の城の手前で足を止めたのならどうだろう。魔王を討伐したというニコルの嘘を信じ込んで凱旋(がいせん)したのなら――。


 ……そんな甘い思い込みは捨てなきゃ駄目だ。足を(すく)われる。


「どうしたんです?」


 骸骨じみた顔が大写(おおうつ)しになったので咄嗟(とっさ)に身を引いてしまった。まったく、鋭い奴。


「ううん、なんでもない」


「ならいいですが……さあ、ハルツさん。少しは元気になりましたか?」


 ハルツは鼻をひと(すす)りして大きく(うなず)いた。


「ああ、もう大丈夫だ。優しいなあ、旅人さん。きっと神の国に行けるよ」


「神の国ですか。勿体(もったい)ないお言葉ですが、ありがたく受け取りましょう」


 ヨハンのペテン師(せん)とした台詞には、(あき)れ笑いも出てこない。神の国が本当にあるとするのなら、彼はそこからもっとも遠いひとりだ。


「落ち着いたんなら事情を説明してくれないかしら? ゆっくりでいいから」


 なるべく優しく話しかけると、ハルツはまるで子供のように素直な視線を返して頷いた。


「上手く喋れないかもしれねえけど、それでもいいかなぁ?」


「平気よ。あなたのペースでいいから話して頂戴(ちょうだい)


 それからハルツはぽつぽつと、いかにも不器用に語り始めた。




「――それでよう、俺はキュラスに来たんだ」


「え、ええ。そうだったの……へえ……」


 もう一時間も()ったろうか。相槌(あいづち)を打つのも疲れる。


 ハルツはなにを勘違(かんちが)いしたのか、自分の()(うえ)話をはじめたのだ。生まれ故郷の小さな村では体格のせいか仲間外れにされて一人旅をする羽目(はめ)になっただとか、山で木の実を食べて暮らしたりしただとか……。


 話はようやく『教祖』に(ひろ)われてキュラスで暮らすようになったところまでたどり着いたのである。


 それとなく軌道(きどう)修正しようとしたのだが、すぐ話が元に戻ってしまう。こちらがリードしようと口を(はさ)んでも無駄だった。


「『教祖』様は優しい人でなあ」


 ちらりとヨハンを見ると、彼は無表情に景色の一点を(なが)めている。視線は少しも動かないし、さっきから相槌(あいづち)も消えていた。


「俺みたいな奴を相手にしてくれるのなんて、あの人くらいだあ」


 いつだったかヨハンは、目を開けたまま眠れるなんて馬鹿げたことを言ってなかったっけ……。卑怯者め。わたしだって思う存分(ぞんぶん)眠りたい。


「……昨日の晩だってそうだ。倒れてた男をキュラスまで運んだってさ……」


 ああ、眠い。


 ん?


「運んだって、誰を?」


「ああ!」とハルツは手を叩いて、目を丸くした。「そう、その男が旅人さんの仲間なんだよ! 『教祖』様が言ってたから間違いねえさ! だから、早く会って安心してくれ」


「ええと……」要領(ようりょう)を得ない長話のせいか、頭がぼんやりしている。「整理させて。昨日の晩に、『教祖』様がその男をキュラスに運んだの?」


「そうだあ」


「で、その男は倒れてた……。どこに?」


「山の中に倒れてたって、偉い人が言ってたぞ」


「偉い人って?」


 ハルツは記憶を探るように宙を見つめて(うな)った。「あー、と。えー、と。なんだっけなあ。きゅう、きゅう、きゅうせい、救世なんとかだっけか」


救世隊(きゅうせいたい)』も出てこないのか。あなたのお仲間でしょ? と説教したくなったがなんとかこらえた。


 それにしても、聞く限り随分(ずいぶん)物騒(ぶっそう)な状況である。


 山中(さんちゅう)に倒れていたシンクレールを、テレジアがキュラスまで運び入れた。肝心(かんじん)の倒れている姿を目撃したのは『救世隊』だけで、一般の信者は目にしていない。


 なるほど。疑うべき材料は(そろ)っている。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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