幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」
真偽師に追放処分が言い渡された翌日、騎士団長ゼールは玉座に呼び出された。快晴の下、騎士団所有の馬車で跳ね橋を越えて王城へたどり着くと、ゼールは堂々たる態度で玉座へと向かったのである。
彼の胸中には不吉な考えがあった。つい先日真偽師の処分が決定した矢先のことである。今回の手落ちが真偽師にあったことは間違いないのだが、罪人の出自に問題があった。騎士団の元ナンバー4であり、勇者の花嫁。彼女が王都の地盤を揺るがしたのだ。
ゼールはトリクシィとシンクレールに彼女の討伐任務を命じたのだが、帰還したのはトリクシィのみである。任務は完遂したらしいが、その過程はひどいものだった。シンクレールがクロエに助力し、トリクシィに刃を向けたのである。
クロエの裏切りだけでも、騎士団は責めを負うべき立場に置かれている。それに加えてシンクレールの暴挙だ。どれだけの処分が待ちかまえているか、ゼールには想像もつかなかった。
しかしながら、騎士団が王都の平穏な夜を維持しているのは事実である。金銭的な待遇や王都での地位。処罰があるとすればその部分だろうと予期していたきらいはある。甘い考えであることはゼールも自覚していたが、現実的にそれ以上の干渉は不可能なはずだ。多くの騎士が所属する組織である以上、そうした政治的な罰であっても充分お灸を饐える効果にはなる。よもや、真偽師のような追放処分はありえない。
「遠いところご苦労だったね」
王子はなんとも愉快そうな声でゼールを労う。
玉座に腰かけて足を組んだその姿に、ゼールは暴君の片鱗を感じた。先王は玉座では堅苦しいまでに威厳ある態度を貫いていたのである。それはとりもなおさず国への姿勢そのものだと、ゼールは常々尊崇の念を抱いていた。今の王子に、そうした厳粛な態度は微塵もない。彼の背後に立つスヴェルだけは先王のときと同様、威圧的な沈黙を湛えていた。
「王の呼びかけに応じて馳せ参ずるのが我々騎士の任でございます」
我ながら思ってもいないことを、とゼールは自嘲する。しかし、王都に仕える者として当然の態度ではあった。
拝跪しつつ、スヴェルを一瞥する。相変わらず豪壮な漆黒の鎧に、同じく漆黒の大斧。上等な魔具と、それを扱うに足る実力はゼールも認めていた。しかし、決して相容れることはない。それは二人のたどった道筋が大きく影響していた。
ゼールとスヴェル。彼らは魔具訓練校の同輩だった。二人とも訓練校創設以来、類を見ないほどの――ニコルを除いて――実力者であり、当然のごとく互いを好敵手として捉えていた。衝突も多く、犬猿の仲として知られていたのである。そんな二人でも、同じ道を進んだのなら手を取り合うことが出来ただろう。
しかし、そうはならなかった。
スヴェルは近衛兵に。そしてゼールは騎士団へと進んだのである。その頃、騎士団は組織として貧弱だった。夜間防衛の質も粗く、壁に近い住民が毎晩のように犠牲になっていたのである。
持つ者は、持たざる者の助けにならねばならない。これはゼールの信条だった。だからこそ彼は進んで騎士となったのである。それもあって『近衛兵』という、もっとも安全な場所で生きることを選んだスヴェルが許せなかった。その実力があれば騎士団は安泰で、しかるに、王都の夜は手厚く保護されることが分かっていたからである。裏を返せば、それだけスヴェルの力を認めていたのだ。
ゼールはすぐに頭角を現し、騎士団のナンバー1となった。そして折悪しく先代の騎士団長が魔物によって命を落とし、その地位を彼が継ぐこととなったのである。それとほぼ同時期に、スヴェルが名実ともに『王の盾』として近衛兵の長に君臨した。
スヴェルの守護があれば、確かに王は万全であろう。だが、必要以上の戦力だとゼールは確信していた。王を守るのであれば一般の近衛兵を複数つけておけば事足りる。最高峰の戦力として玉座の裏に屹立するスヴェルを、傲慢とさえ感じたのだ。
現に――ゼールは王子の足元を無感情に見つめて思う。現に、スヴェルがいたとしても防げないほどの事件はある。それが今回の騒動なのだ。
「顔を上げていいよ。堅苦しいのは嫌いだから」
王子はクスクスと笑いを漏らしつつ言う。先王とは百八十度違うその態度を意識しないよう、ゼールは自分自身に強く言い聞かせた。
「恐れながら」
ゼールの視線と王子の眼差しが交差した。
「下がっていいよ」
「……はい」
玉座を出て、真っ直ぐに馬車へ戻る。そして騎士団本部へ帰還した。無感情を自分自身に強いて。
本部の事務員に、これから一時間は誰ひとり団長室へ通さぬよう命じた。必要なら留守と言え、とも。事務の女性は狼狽した様子だったが、かまっている余裕などない。
団長室へたどり着くと、ゼールはソファに身を横たえた。そして、本来腰にあったはずの双剣を想う。
騎士団への処罰は、ゼールの想定を遥かに超えていた。無期限の謹慎処分。その間、通常の任務や騎士団としての活動は一切禁止。つまり、夜間戦闘すらせず大人しくしていろ、という命令である。
当然ゼールは言葉を返した。今や王都の最高権力者である王子だが、そんなことにはかまっていられずに。
騎士団が動きを止めれば、王都の夜は途轍もない悲劇に見舞われる。ゼールは口調など気にせず言い放ったが、功を奏さなかった。王子の返答はあまりに単純で、信じがたいものだったのである。
『近衛兵を狩り出せばいい。僕はスヴェルがいればそれでいいからね。騎士がどれだけ苦労してきたのかは理解してるつもりだよ。裏切り者を二人も出す程度の苦労を、ね。……近衛兵たちのほうがよほど確実な仕事が出来るさ。団長、君は真面目過ぎるね。少しは遊んだほうがいいよ。ほら、王都には歓楽街もあるし。なに、これからたっぷりと時間は使える。肩肘張らず、安全で無責任な毎日が君に――いや、君たちにお似合いだ』
絶句するしかなかった。そして騎士団の処分は提案ではなく正式に決定されたものであり、ゼールに拒否権などない。
去り際、王子はまるで思い付きのようにゼールの双剣を奪ったのである。これは本来魔具制御局のものであり、王都の財産である。ゆえに返還せよ、と。これもまたゼールに拒否権などなかった。
獅子の掘られた天井を仰いでゼールは拳を握り、ほどき、また握り、を繰り返した。自分は騎士団の長であり、打ちのめされていい立場ではない。しかし、これはあまりにひどい。
一時間。ゼールが騎士団長としての自分を取り戻すために必要と考えたのがそれだけの時間である。しかし、いつまで経っても巨大な喪失感は癒えなかった。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『真偽師』→魔術を用いて虚実を見抜く専門家。王都の自治を担う重要な役職。王への謁見前には必ず真偽師から真偽の判定をもらわねばならない。ある事件により、真偽師の重要度は地に落ちた。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『261.「真偽判定」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢」の使い手。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて
・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』にて
・『近衛兵』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊。
・『魔具制御局』→魔具を統括する機関。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて
・『騎士団長』→名はゼール。王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて




