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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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31.「作戦外作戦」

 切り立った崖は事前の情報通り、少しずつその幅を狭めていった。いつしか月光も岩に遮られ、塗り潰したような暗闇が広がっていた。わたしたちは速度を緩め、闇に目を慣れさせつつ進んでいく。じきに『関所』だ。


 魔物の気配は、大き過ぎるノイズのようにわたしの神経を狂わせる。漠然と前方――おそらくは『関所』内の穴ぐら入り口付近――に大量の気配を感じた。そのせいか、一体一体の気配が読めなくなっており、不意に進行方向からグールが出現するという始末である。


 やがて、道幅は大型の馬車一台がやっと通れるくらいまで狭まった。ミイナは押し殺した声で「待て」と告げた。それは盗賊同士で後方のメンバーまで伝達されていく。ひそやかな(こだま)のようだった。


 ミイナの(そば)に寄り、彼女が睨む前方をわたしも見つめてみたが、魔物の気配が強いという以外に読み取れる情報はなかった。しかし、彼女には別のものが見えているらしく、斜め上に腕を真っ直ぐ伸ばし、指でさした。


「二百メートル先、橋に三人。なかほどの位置で団子(だんご)になって弓を撃ってる」


「オーケー。まずはひとりやりまス」


 そして弓を構え、放った。矢はミイナの腕すれすれを駆けていく。やがてくぐもった悲鳴が遠く先で響いた。


 思わずふたりに感心してしまう。ジンの確かな弓の実力と、ミイナの視力。このふたりが魔力を持っていたら、と考えて不意にハルのことを思い出した。彼女は盗賊時代、視覚共有を相棒と繋いでいた、と言った。すると、その相棒とやらはジンのことだろう。ハルが前衛として先んじ、ジンが後方で彼女の目を借りつつ弓を引く。ジンの腕前とハルの機動力があれば、たったふたりで敵の集団を潰すことも難しくなかっただろう。


「ふたりばらけた。ひとりは穴ぐらへ戻る右側の扉に向かってる。あと二秒で穴ぐらに到達」


「承知」と答えて矢を放つ。


「もうひとりは左の扉付近で索敵中」


「承知」


 今はハルの代わりをミイナが勤めている。尋常でない視力と正確な位置把握によって、ほとんど目といって差し支えないサポートをしているのだ。遠方からの不意打ちなら、これほど優秀なコンビはなかなかない。


 合計三人分の悲鳴。これで見える範囲の弓兵は退けられたらしく、ミイナは歩みを進めた。わたしもそれに続く。


 やがて前方に黒く蠢くグールの群が見えた。それらに必死で応戦する人間の姿も。


 間違いなく、タソガレの連中だ。


「最小限の魔物を相手にしろ! 敵はタソガレだ!」


 そして狭い『関所』にひしめく敵の海へと入る。これは確かに無事ではいられないだろう。八方から迫るグールの爪を全てかわして戦うことは困難だ。それでもアカツキ盗賊団のメンバーに躊躇いがないのは、復讐心からだろうか。


 わたしはつとめて冷静に短剣を振るった。そして次々とグールを裂いていく。やっぱり剣はいい。サーベルなら言うことなしだが、グール相手ならなんら問題ない。


 ひとつ気がかりだったのはヨハンのことである。彼の魔力は『関所』からは感じられなかった。逃げたか、死んだか。まず間違いなく前者だろうな。こんなところでみすみすくたばるような奴じゃない。


 崖の左右には入り口らしき穴が開いており、縁には細かい亀裂が入っている。鉄扉(てっぴ)は見えない。おそらく、爆弾か魔術で吹き飛ばしたのだろう。ということはつまり、ヨハンは遺漏(いろう)なく作戦を遂行したことになる。つくづく敵に回したくない男だ。


『関所』の道で戦っているタソガレの連中はせいぜい二十人程度だった。すると、残り半数が穴ぐらの内部にいるのだろうか。表で武器を振るっているメンバーは防衛線を下げないための必然的な戦力なのだろう。


 時折、人間が宙に吹き飛ばされる。ミイナの執行獣 (アメミット)は強烈だからなあ、と思ってしまう。


 ジンは敵集団から一歩引いた場所で矢を放っていた。こうも敵だらけでは、弓使いには苦しい状況だろう。


 ジンのもとへグールがひとかたまりに向かっていった。まずい、と直感してわたしは駆ける。数体は矢で倒せているようだが、限界がある。


「ジン!」


 わたしは速度を上げ、グールの集団を薙ぎ倒しつつ彼の傍まで辿り着いた。


「参ったよ。助かるッス」


 迫り来る爪を盾で弾きつつ斬撃を放ち続ける。これを一晩中、と考えるとゾッとする。わたしとミイナはともかくとして、ジンやアカツキのメンバーはきっと持たない。団長であるミイナが承知したとはいえ、ヨハンの作戦を恨まずにはいられない。この乱戦のなか、魔物はグールのみであることが救いだった。ここに子鬼がいればひとたまりもない。


 しかし、と考える。おそらくヨハンは後方にも(・・・・)魔物を集めていた。そのなかには子鬼が大量に含まれている。嫌な汗が滲んだ。


 不意に、耳元で不快な耳鳴りがした。その直後、今一番聞きたくない奴の声がひっそりと響く。耳元で囁きかけるような具合なので吐き気がするほど不愉快な気分になった。


「あー、あー。聴こえていることを願いますよ。私、ヨハンから指示を与えます。今から五分以内に穴ぐらの上層部、可能なら崖の上まで避難してください。左右で分断されますから、右の入り口を使うか、橋で右に移ってくださいね。別に従わなくても構いませんが、無視したら骨も残らない悲惨なラストが待っていますよ。それでは、グッドラック」


 わたしはジンと目を合わせ、ほとんど同時に頷いた。


 交信魔術の一種だろう。いつの間に術をかけたのかは分からないが、わたしたち全員を対象としたものに違いない。メンバーは続々と穴ぐらを目指しているようだった。わたしはジンに危害が及ばぬよう、襲い来るグールを切り伏せつつふたりで進んだ。


 厄介なことに後方――わたしたちが来た方角から尋常じゃない量の魔物の気配がする。現在『関所』に溢れる数とは比較にならない。まず間違いなく子鬼の大群だろう。


 見取り図で見た穴ぐら内部は、崖の上まで抜け道を造ってあるようだった。そこまで辿り着けば、おそらく一旦は安全になる。ただ、地上で戦うタソガレの連中を食い尽くせば次はわたしたちだ。鋭利な右腕を崖に突き立てて器用に登る子鬼を想像する。元来(がんらい)子鬼は、高低差に深刻な影響など受けないのだ。


 上手くタソガレどもを全滅させることができても、今度はわたしたちが全滅しかねない。わたしは心底ヨハンを憎らしく思った。


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