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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第二話「山岳地帯と空中散歩」
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301.「教祖、あるいは幼馴染について」

 どくり、と心臓が大きく鼓動した。それは、わたし自身を焦らせるかのように響き続ける。原因は言うまでもなくロジェールの言葉にあった。


『教祖』テレジアが、魔物の不在に影響している。ロジェールが本当に数年前からここに住んでいるとするなら、ニコルの旅に同行する以前から彼女は魔物の動きを掌握(しょうあく)していたことになる。


 ありえない――とも言い切れなかった。『最果て』で味わった経験はあまりに異常だったから。


 たとえば、ハイペリカム。あの場所では村長とラーミアが契約を()わしていた。そしてスパルナという例外によって、魔物の数は極端(きょくたん)(おさ)えられていたのだ。


 あるいは、ビクター。彼は魔物の生態を研究し、朝になっても奴らが消えない環境を整えたり、魔物自体を小瓶に閉じ込める技術まで獲得していたのである。


 テレジアに魔物の動きをコントロール出来るなにか(・・・)があるのかもしれない。杞憂(きゆう)だと思いたいけど……。


「『教祖』に魔物を操る力があるのですか? だとしたら、キュラスの人々が武装する理由が見えてこないですね」


 ヨハンの言う通りだ。そもそもテレジアにそんな能力があるのなら、教徒に戦わせるメリットがない。


 するとロジェールは自信なさげに苦笑いを浮かべた。


「それは……ぼくにも分かりません。この森が安全なのは確かですけど……。あ、そういえば……」


 言葉を切って、ロジェールはなにかを思い出したように宙へ視線を泳がせた。


「そういえば?」


 (うなが)すと、ロジェールは気乗りしない様子でこぼした。「以前までこの森には(ぬし)がいると言われていたんです。それを『教祖』が討伐して以来、この森は平和になったと……」


 それからロジェールは、そのとき組織された『救世隊(きゅうせいたい)』という討伐隊が教団の幹部グループになっていることをぽつぽつと語った。


「『救世隊』ですか。ご大層(たいそう)な名前ですねぇ」とヨハンは平気で口にする。


 するとロジェールは(とが)めるように口を(とが)らせた。「あまりそういうこと(・・・・・・)を言わないでください。ぼくだって信徒なんですから」


 え、と漏れかけた声を(おさ)えつけた。ロジェールが教団の信徒だとすると、今の状況は随分(ずいぶん)とひどい。こんな森の奥にひとりで生活しているのだから、キュラスの宗教とは無縁(むえん)だと思っていたのだが……。


 ヨハンを横目で見ると、彼は平気そうに頭を()いて「これはこれは、失礼しました」なんて呟いている。ついつい偉そうなことを言ってしまった剽軽者(ひょうきんもの)――を(よそお)っているのだ。褒められたことじゃないけど、本当に嘘が上手い。


 ただ、危ない綱渡りはこれで最後にしたいものだ。ロジェールにテレジアの息がかかっているとすれば不審(ふしん)に思われたくない。


「いえ、ぼくも言い過ぎました。教義に理解のない者も、(ひと)しく尊いのですから。悪く思わないでください」


 言って、ロジェールはぺこりと頭を下げる。


 博愛(はくあい)主義だろうか。キュラスの教団が具体的にどんな教義を(かか)げているのかは分からないが、彼の様子を見る限りそう過激なものではないだろう。魔女の言葉にもあったが、来る者拒まず去る者追わずのスタンスも、おだやかな思想を示しているように思える。もちろん、実態は分からないけど。


 ともあれ、ロジェールが信徒だとすると奇妙な点がある。


「……信者なら、どうしてこんな森の奥で暮らしてるの? それも、たったひとりで……」


 すると彼は、さっと(うつむ)いてばつ(・・)の悪そうな表情をした。故郷の話と同じく、あまり触れられたくない話題らしい。けれど、()けてばかりいるのも不自然だ。()れ物に触るような態度の旅人は(かえ)って怪しくも見えるから。


 けど、なんて追及(ついきゅう)すればいいか……。


 言葉に迷っていると、ヨハンがあとを引き取った。


「気が進まないことは話さなくても結構です。しかし先ほども言った通り、私個人は気にしやすいタチでして……ああ、このままじゃ眠れそうにありません」


 そんなヨハンに、シンクレールがぽつりと「嘘つけ」と返す。


「嘘じゃありませんよぉ。ほら、私の目には濃い(くま)があるでしょう? 四六時中(しろくじちゅう)様々な物事を気にしてばかりいるから、こんな哀れな具合になってしまうんでさぁ」


「お前は軽口ばかり得意なんだな」とシンクレールは不快を隠さない。


「このナリで不愛想(ぶあいそう)だったら、それこそ怪物ですからねぇ」


多弁(たべん)な怪物がお前だろ」


 まったく、こんなところで言い争いなんて……。


「お二人とも、(おさ)えてください」とロジェールが焦ったように口走る。


 するとヨハンはすかさずニヤニヤ笑いを浮かべた。「なあに、あなたが話してくだされば丸く収まります。とはいえ、無理をする必要なんてありません。たとえ恩人だとしても言いなりになるべきではありませんから。しかし――あの気球はご立派でしたなぁ。無事でなにより」


 ヨハンの言葉に、ロジェールが顔を引きつらせる。押したり引いたり、(あお)ったり(おど)したり……ヨハンから追及を受けるとこんな具合になるのか……。ダフニーではじめて会ったときも不気味な威圧を感じたが、今のロジェールはそれよりも気の毒な状況だろう。


「ごめんなさいね、本当に。高山蜂(こうざんばち)の巣をご馳走(ちそう)してもらったのに。……でも、気球が立派だったのは本心よ、きっと」


 なだめつつ同調すると、ロジェールは大きなため息を漏らした。震える吐息(といき)が部屋に広がる。それは『参った』とでも言いたげな態度だった。


「……分かりました。全部話しましょう。ただ――」


「ただ?」


 一拍置いて、ロジェールは躊躇(ためら)うように唇を震わせた。


「『教祖』様――いえ、キュラスの人、いや、誰にもこの話をしないでください。それだけは約束してもらわないと……」


 理由は分からなかったが、しっかりと(うなず)いて見せた。秘密ならいくらでも共有してやる。そもそも、わたしたちの存在自体が秘密めいてるのだから。


「ここには私たち以外の誰もいません。遠慮(えんりょ)なく話してください。もちろん、すべての秘密は守りますのでご安心を。誓ってもいい」


 誓う、というヨハンの台詞を耳にして思わず眉間(みけん)(しわ)が寄ってしまった。冗談じゃない。やっぱり彼の性格は壊滅的だ。


 そんなヨハンの言葉に背を押されたのか、ロジェールはゆっくりと、途切れがちに言葉を(つむ)いだ。




 ロジェールはキュラスで生まれたらしい。テレジアとは幼馴染で、よく遊んだりしたんだそうだ。彼が言うには、元々テレジアには人の上に立つ素質(そしつ)があったらしい。誰もが自然と彼女の言葉に吸い込まれてしまう。しかしロジェールは例外で、彼女の影響はそれほど受けなかったそうだ。……ただの強がりかもしれないけど。


 そんな、いわゆる『素質』のあるテレジアが教団を立ち上げたのも至極(しごく)当然のことのように感じたとロジェールは語った。慈愛(じあい)と、人類の救済。彼女は昔からその二本の柱を心に(いだ)いていたらしい。彼女にとってその理想を実現する最適な方法が宗教だったというわけだ。


 テレジアの言葉は人々に受け入れられ、いつしか街が丸ごと教化されてしまったという。それに疑問はあったものの、ロジェールはなんとなく信徒として振舞(ふるま)っていた。だが、それにも終わりが来たのである。




「ついていけなくなった、ってわけじゃないんです。なんだか、遠く離れた彼女を見てると寂しくなって……。それで、森に逃げたわけです。ぼくの気球も、ある意味では逃避かもしれません。あまり彼女のことを考えなくて済むように、夢に逃げたとも言えますから……」


 恋なんだろうか。なんだかはっきりしない。自分の気持ちを語るロジェールの言葉には、どこか素直(すなお)さが失われていた。


 彼の語った内容は、情報としての価値はある。だが、思っていたような内容ではなかった。てっきりテレジアがとんでもなく(にご)った秘密を抱えているのかと想像したのだ。


 ロジェールの口から語られた彼女の姿はどこまでも清潔で、一切揺らぎがない。


 ふとヨハンを見ると、彼は例のごとく薄気味悪い目付きでロジェールを(のぞ)き込んでいた。一切の嘘を見破ろうとする執念に満ちた眼差(まなざ)し。もしかしたら彼には、別の真実が見抜けているのかも――。


 ヨハンの口が薄く開き、目付きが元の通りになった。


「嘘はないようですね。正直に話していただけて嬉しく思いますよ。ありがとうございます」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『スパルナ』→人型魔物。英雄を目指す律儀な青年。一時的にシェリーを保護していた。本名はボリス。詳しくは『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』『178.「白銀の翼」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『ラーミア』→半人半蛇の魔物。知能の高い種。『86.「魔力の奔流」』に登場


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『ダフニー』→クロエが転移させられた町。ネロとハルの住居がある。詳しくは『11.「夕暮れの骸骨」』にて


・『ハイペリカム』→ハルキゲニアの手前に位置する村。『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』の舞台

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