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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第二話「山岳地帯と空中散歩」
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297.「救出者と遭難者」

 谷底で(ひるがえ)る白。風に吹かれているわけでもなく、動き自体も人為的(じんいてき)である。人らしき影はあるものの、さすがにこの距離と暗さでははっきりしない。


「誰だろう。落ちたのかな」


 ぼそり、と口にしたシンクレールの表情には焦りと不安の両方が浮かんでいた。


「人……かな」


 自信はない。狡猾(こうかつ)な魔物がわたしたちをおびき寄せようとしているようにも思えるけど、魔物の気配は感じなかった。ただ、状況が状況だ。どうして人がこんな森の奥地――しかも谷底にいるというのだろう。山菜(さんさい)やらキノコやらを()りに来たと考えるにしても、街道からは随分(ずいぶん)と離れている。したがって、宿場(しゅくば)からもかなりの距離があるとみていいだろう。ここに人間がいること自体が不自然でしかないのだ。


 じっと谷底を見下ろしていると、ひとつ気付いたことがあった。翻る旗の辺りに、なにやら無機的(むきてき)な茶色が広がっているのである。まるで絨毯(じゅうたん)を雑に()いたように。


「あるいは魔物でしょうか」


 呟いてこちらに視線を向けたヨハンに、首を振って否定した。


「いいえ、気配は感じないわ。ここまで巧妙(こうみょう)に気配を隠せる魔物なんていないし、人か、それ以外のなにかでしょうね」


「それ以外って……ジェニーみたいな人外のことかい?」


 シンクレールの口調は警戒心が表れてはいたが、他種族に対する嫌悪感(けんおかん)のようなものはなかった。ジェニーのおかげで人外(じんがい)への考え方が変わったのかもしれない。まあ、もともとシンクレールがどう思っていたのか知らないけど……。


「そうね。ジェニーくらい素敵な子ならいいけど……」


 他種族のなかには小人(こびと)のように、人間に対する拒否感を持っている存在もいる。むしろ、そのほうがメジャーだろう。人間側で他種族を嫌っているのだから、あちらだって同じように感じているに違いない。ジェニーはあくまでも例外なのだ。


「問題は」と切り出して、ヨハンはわたしとシンクレールを交互に見つめた。「谷底の彼をどうするか。そして私たちもどうやって進むか、です」


 そう。本来ひとつだった問題が谷底の旗を見て二つに増えたのだ。


「……降りましょう。どのみち谷を越える方法も思いつかないし、このくらい崖に起伏(きふく)があればよじ登ることだって出来そうだし」


「え?」「は?」


 シンクレールとヨハンの声が重なる。そんなに変なことを言ったつもりはないけど……。


「確かに僕は、手足と崖を凍らせて固定すれば登れるけど……」


「凍らせなくても登れそうじゃない?」


 そう答えると、シンクレールは乾いた笑いを返した。「そんなこと出来るのはクロエくらいだよ。君って、ほかの騎士と比べても身体能力が高いから」


 思わず首を(かし)げてしまった。そうなんだろうか。思い当たる(ふし)を探したが、見つかりそうにない。


「まあ、本人は普通に思ってたんでしょうなぁ……」(あき)れ笑いを浮かべてヨハンは続ける。「『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』でもそうでしたね。底の見えない穴を降りるとき、壁伝いに行けそうとか言ってましたし……」


 そうだっけか。


 そういえば『岩蜘蛛の巣』でアラクネの餌場(えさば)から降りるとき実際に使ったのは――。


「じゃあ、登るときはロープでも作って()らしてあげるわ。この森ならいくらでも材料がありそうだし」


「降りるのはどうするんです?」


 分かってるくせに。


「『岩蜘蛛の巣』のことを言い出したんだから、想像はついてるんじゃないの?」


 すると、ヨハンは苦笑を浮かべた。やっぱり勘付(かんづ)いていたか。


 きょとんとこちらに目を向けるシンクレールに、微笑(ほほえ)みかけた。




 絶望的な風切り(おん)が耳を過ぎていく。視界は谷底を(とら)え、地面がみるみるうちに接近していた。


 わたしたちは三人ひと(かたまり)になって落下しているのである。シンクレールの表情は笑えるくらい引きつっていたが、問題ない。


 地面に激突する寸前で、ゼリーのように柔らかな感触に包まれる。瞬間的に速度がゆるみ、着地の際にはほとんど衝撃なんてなかった。


 羽根布団(クッションコート)。『岩蜘蛛の巣』でヨハンが見せた防御魔術である。本来は敵の攻撃をゆるめるために使うのだが、こうして着地の衝撃を(やわ)らげる用途(ようと)にも使えるのだ。


 シンクレールは目を見開いて短い呼吸を繰り返している。まったくヨハンを信じていなかったのだろう。


「ありがとう。……さて、無事谷底に着いたけど」


 周囲を見回すと白い布が見えた。木の枝にシャツをくくりつけたものである。これを旗代わりにして助けを呼んでいたのか。


 肝心(かんじん)の本人はというと、旗を片手に尻もちをついて目を丸くしている。口は半開き。


 驚くのも無理はない。魔術師を見慣れていなければ、三人組が仲良く身投げした状況である。予期(よき)されるのは惨劇(さんげき)だ。けれど、三人は当たり前のように無事立って言葉を()わしているときた。


 まあ、異様(いよう)な光景だろう。魔術を抜きにすれば。


「驚かせてしまったみたいですねぇ」とヨハンが頭を()く。


 谷底にいたのは妙な眼鏡――レンズの部分が出っ張っており、望遠鏡を極小にしたような眼鏡――をかけた痩身(そうしん)の男だった。(まゆ)あたりの長さの髪はくしゃくしゃした癖毛(くせげ)で、年齢は三十手前だろうか。古ぼけたジャケットを着ていたがシャツは旗に使ったらしく、素肌(すはだ)が見えてしまっている。


 見る限り他種族ではなく、人間のようだ。


「ええと……大丈夫? 谷底で旗を振ってるように見えたから助けに来たんだけど……」


 慎重(しんちょう)に話しかけると、彼は呼吸を忘れていたかのように(あえ)いだ。


 ふと彼の後ろに広がる暗がりへ目を向けると、妙なものが見えた。巨大な茶色の布が、崖から伸びた枝に引っかかってまるでテントのように広がっている。地面には、人が三人ほどすっぽり入れてしまう(かご)と、筒状(つつじょう)の機械。あとは工具らしき物が乱雑(らんざつ)に転がっていた。なんだろう、これは。


「彼、相当(そうとう)びっくりしてるようだね」


 ようやく落ち着きを取り戻したシンクレールが呟く。


「あなたもびっくりしてたじゃないの」と笑いかけると、彼は苦笑を返した。


 と、不意に「あ」と誰のものとも知れない音が聴こえた。男のほうから、である。彼は口をぽっかりと開いたまま、震える指で妙な眼鏡を(はず)した。


 年齢の割には随分(ずいぶん)とあどけない目付きをしている。


「あ、あなたたちは……ぼくを助けに?」


 男は興奮を(おさ)えきれないといった具合に言う。声も、なんだか若く聴こえた。


「そうよ。助けを呼んでたんじゃないの?」


 すると男の目が(うる)み、あっという()にだらだらと涙が(あふ)れ出した。


「ちょ、ちょっとどうしたの?」


 そう聞いても、男は泣くばかりで言葉を(つむ)げそうにない様子だった。


 うーん、困った。こうも泣かれるとは……。


「思うさま泣かせてやりましょう。それからゆっくり話を聞けばいいです」と呟いて、ヨハンはわたしの耳元に口を寄せて続けた。「くれぐれも気を付けてくださいね。私たちは存在してはいけない(・・・・・・・・・)立場なんですから」


 彼の口調は(おど)すようだった。目付きは真剣で、油断など一切感じさせない雰囲気。さっきまでのへらへらした調子とは百八十度違う。それを見たからなのか、シンクレールもぎこちなく(うなず)いた。


 ヨハンの言ったように、存在を知られてはいけない。わたしとシンクレールはトリクシィに粛清(しゅくせい)されたことになっているし、ヨハンは今も行方(ゆくえ)知れずといったところだろう。


 とはいえ、顔を隠せるようなものは持ち合わせていない。気を付けようにも、どうしろと……。


「正体が割れたら、私が責任をもって消します」


 ヨハンは男に聴こえないよう、ぼそりと呟いた。その表情は不穏(ふおん)な気配がじっとりと張り付いている。


「そんな乱暴な真似(まね)……」


 言いかけて、声がとまった。ヨハンがへらりと相好(そうごう)を崩したのである。


「なに、平和的な方法ですよ。忘却(ぼうきゃく)魔術くらい知ってるでしょう?」


 ああ、なるほど。わたしたちに会ったという記憶だけを消せば問題ない。てっきり物理的に消すのかと……。


「驚かせないで。せっかく助けに来たのに本末転倒(ほんまつてんとう)になるところだったじゃないの」


「私だって物騒(ぶっそう)なやり方は極力(きょくりょく)()けたいんですよ。まあ、必要とあらばどんなことでもやりますけどねぇ」


 違いない。先ほどの目付きと口調には、なにひとつ容赦(ようしゃ)がなかった。きっとどんな残酷なことであろうとも選んでしまえるのだろう、ヨハンは。


「さて」と彼は呟いて、ようやく泣きやんだ男へ手を差し伸べた。「ごきげんよう、遭難者(そうなんしゃ)さん。あなたを助けに来ました」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『羽根布団(クッション・コート)』→対象を包み込み、衝撃を緩和させる魔術。詳しくは『Side Alice.「自由の旅のアリス」』にて


・『忘却(ぼうきゃく)魔術』→記憶を喪失させる魔術。短期的な記憶に限り、消せると言われている。


・『アラクネ』→蜘蛛の大型魔物。上半身が女性、下半身が蜘蛛の姿をしている。人語を解し、自らも言葉を発することが出来る。知恵を持ち、呪術の使用もこなす。暗闇を好む性質から、人前に姿を現さないと言われている。詳しくは『219.「おうち、あるいは食卓、あるいは罠」』にて。


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。実は最果てと王都近辺を繋いでいる。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて

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